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ゼロ
しおりを挟む勝負は一瞬で決着した。
ほんの数分前までごくありふれた普通の森林だったこの場所は、今や見る影もない程無残な姿になっている。地は割れ、木々は薙ぎ倒され、滅茶苦茶という言葉を風景に落とし込んだような、そんな有様だ。
そして。
その無茶苦茶の中で――ニトイくんとマナカさんが、力なく倒れている。
「まあ、こんなもんか」
この惨状を引き起こした張本人は、右手をひらひらさせながら事も無げに呟いた。
「……どうして」
「あ?」
「どうして、こんな酷いことができるんですか……」
絞るような声でそう言ったのは、他でもない私だった……無意識に、意図せず、勝手に、そう言っていた。
とんだダブルスタンダードだと自分でもわかっている。
私は昨日、元婚約者を殺すよう殺し屋に依頼したばかりだ。そんな奴が、ヤジさんの行いに口を出していいはずがない。
誰かを殺すことを積極的に望んだ人間が、誰かを傷つける行為を否定していい道理なんてない。
「はっ。頭お花畑かお前は。俺もこいつらも殺し屋だぜ? 危険と隣り合わせどころか、危険と仲良しこよし手を繋いでる連中だぜ? いつ死んだっておかしくないし、いつ殺し合ったって不思議はねえのさ」
「……」
彼の言う通り、ニトイくんもマナカさんも殺し屋で、私の知らないところで何人もの人間を殺してきたのだろう。そんな彼らがああして地に臥せっているのは、健全に生きる人たちからすれば喜ばしいことかもしれない。
けれど私は――不健全で不死身な人間なのだ。
指先一つ動かさない彼らを見て、喜ぶことなんてできない。
「なんでこいつらとつるんでたかは知らねえが、お前を守ってくれる奴らはいなくなった。大人しく俺についてきな。いくら不死身だからって、痛めつけられたくはねえだろ」
ヤジさんは私を諭すように言うが、しかし。
何かが引っ掛かった。
確かお父さんは、私のことを娘とも不死身とも告げずに拉致を依頼していたはずだ。純粋な人攫いとして、裏社会の人間を雇っていたはずだ。
なのに――この人は、私が不死身だと知っている。
「おら、ボーっと突っ立ってねえでこっちに来い。騒がずついてくるなら、手荒な真似はしないで――」
そこまで言葉が出たところで。
ヤジさんと私の間に――何かが落下してくる。
「レイちゃん、大丈夫?」
その土埃を舞い上げて高速で落下してきた何かは、全身を白い衣装で包み、眩い銀髪と輝く銀の瞳を携えた、蛇のようにすらっと長い手足を持つ――美青年だった。
「イ、イチさん……」
「……」
空から降ってきた殺し屋――イチさんは、倒れている仲間二人に目をやる。
そして、ヤジさんの方へ向き直った。
「よお、イチ。お前もその女と知り合いだったのか」
「……」
「なんだ、無視かよ。そういや、お前ともしばらくガチでやり合ってなかったな。ここで決着でも付けとくか? そこのダウナー二人組は弱過ぎて話にならなかったからよ、お前ならもう少し戦えんだろ」
彼は余裕の笑みで挑発をする。
その煽りに対し、イチさんは静かに首を振った。
「決着をつけるってことはどっちかが死ぬってことでしょ? 俺はヤジのことも好きだから、決着はつけない」
「はっ、相変わらずぬりぃこと言ってんな、お前」
「でもね」
イチさんが。
倒れた私に手を差し伸べてくれた時も、塀の上で動けない私を担ぎ上げてくれた時も、今朝襲ってきた刺客を縛り上げた時も――頑なに左手しか使っていなかったイチさんが。
右手を――前に突き出した。
「俺は、ニトイとマナカのことも好きだ。そして何より――レイちゃんが好きだ。みんなを傷つけることを、俺は許さない」
彼は、先程私が苦しんだ矛盾した気持ちを堂々と表明する。
殺し屋として人を殺している彼は、誰かを傷つけることを否定する。
「一つ、勘違いしてるみたいだから教えておいてあげるよ、ヤジ」
「……勘違いだと?」
「俺はね、一回も君とガチでやり合ったことなんてないよ」
言って。
イチさんは、突き出した右手をヤジさんに向ける。
そして。
彼の持つスキルを――発動した。
「【ゼロ】」
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