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五〇番目 002
しおりを挟むニトイくんはまるで遊び疲れた少年のように四肢を投げ出して、少し大きめのソファをベッド代わりにしてお昼寝を始めた。
私とマナカさんは隠れ家の掃除を一通り終え(前のところより広いが人が住んでいた形跡はない)、一息つくために机を囲ってお茶と洒落こんでいる。
「お疲れ様です、レイさん。わざわざ手伝って頂いてすみませんでした」
「あ、いえ……元々、私がやろうって言い出したので」
「それは尚更ありがとうございます。『カンパニー』のみんなは基本的に掃除が嫌いなので、ニトイを動かしてくれただけでもすごいことですよ」
そう言って微笑む彼の視線の先では、掃除嫌いのニトイくんがスヤスヤと眠っていた。イチさんとはまた違った、穢れを知らない少年の寝顔である。
……いけない、他人様の顔をじろじろと。
「あ、あの、マナカさんは、普段何をやられてるんですか?」
ニトイくんの顔を見つめていたのを誤魔化すために、わけのわからない質問をしてしまった。いや、社交辞令としては適切なのだけれど、こと彼らに限ってはこれ程馬鹿げた会話はないだろう。
「? 私もみんなと同じように、殺し屋をやっていますよ」
案の定、彼はきょとんとした顔を浮かべたが、すぐに何事もなかったかのように笑顔で答えてくれた。
「その……モモくんもニトイくんも、どうして殺し屋をやっているのかって訊いたら、やるしかないからって答えてくれたんですけど……マナカさんも、やっぱり同じなんですか?」
「ははっ、彼ららしいですね」
マナカさんの物腰柔らかな雰囲気に飲まれ、また余計なことを訊いてしまったかもと思ったけれど、彼は気にする風でもなく口を開いた。
「私たちが殺し屋をやっているのは、本当にそれをやるしかないからなんですよ。そういう風に育てられてしまいましたから、今更別の生き方ができないんです」
「……」
「モモから、ナンバーズ計画のことは聞いたんですよね?」
「あ、はい。代わりに殺されちゃいましたけど」
「それも実にモモらしい……彼の中にはさまざまな線引きがありますから、怒らないであげてください」
嫌味を言っていると思われたのか、頭を下げられてしまった。全然気にしていないのに。
「ナンバーズ計画……魔法を越える力、スキルを開発するための馬鹿げた人体実験というのが大枠ですが、私たちの受けた仕打ちはそれだけではありませんでした。実験と並行して、人殺しの訓練を受けさせられていたんです」
「ひ、人殺しの訓練、ですか?」
「ええ。例えスキルが身についたとしても、実践で使えなければ意味がありませんから……私たちは年端の行かぬ子どもの頃から、誰とも知らぬ他人を殺してきました。時には素手で、時には凶器で、そして時には与えられたスキルで」
マナカさんは静かに目を閉じ、淡々とそう告げる。その仕草はできるだけ昔を思い出したくないような、せめてもの抵抗に見えた。
「私たちは初めて人を手にかけた時から、殺しを悪とは思えませんでした。こうして外の世界に出て常識を目にした今も、根っこのところに植え付けられた倫理観は変えようがありません」
「……でも、今からでも殺し屋を辞めることはできるんじゃないですか? イチさんもモモくんもニトイくんも、もちろんマナカさんも、こうして普通にお話ができて、私のことを気遣ってくれるのに……」
「優しいんですね、レイさんは」
そういう彼の声は、今までのそれとは違い――酷く冷たいものだった。
「街ですれ違う赤の他人の殺し方が百通り思い付き、買い物で立ち寄った店にいる人たちを何秒で皆殺しにできるか数えて、今こうして楽しくお喋りしているあなたの心臓をどう抉り出そうか考えている相手に……優しくするものではありませんよ」
「っ……」
「ああ、すみません、怖がらせるつもりはなかったんです。ただ私たちは、そんな普通でないことを当たり前に考えてしまう人種でして……そんな欠陥品たちが、殺し屋以外の職に就けると思いますか?」
優しく微笑むマナカさんの顔を。
私は、見ることができない。
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