上 下
16 / 33

五〇番目 002

しおりを挟む


 ニトイくんはまるで遊び疲れた少年のように四肢を投げ出して、少し大きめのソファをベッド代わりにしてお昼寝を始めた。

 私とマナカさんは隠れ家の掃除を一通り終え(前のところより広いが人が住んでいた形跡はない)、一息つくために机を囲ってお茶と洒落こんでいる。


「お疲れ様です、レイさん。わざわざ手伝って頂いてすみませんでした」


「あ、いえ……元々、私がやろうって言い出したので」


「それは尚更ありがとうございます。『カンパニー』のみんなは基本的に掃除が嫌いなので、ニトイを動かしてくれただけでもすごいことですよ」


 そう言って微笑む彼の視線の先では、掃除嫌いのニトイくんがスヤスヤと眠っていた。イチさんとはまた違った、穢れを知らない少年の寝顔である。

 ……いけない、他人様の顔をじろじろと。


「あ、あの、マナカさんは、普段何をやられてるんですか?」


 ニトイくんの顔を見つめていたのを誤魔化すために、わけのわからない質問をしてしまった。いや、社交辞令としては適切なのだけれど、こと彼らに限ってはこれ程馬鹿げた会話はないだろう。


「? 私もみんなと同じように、殺し屋をやっていますよ」


 案の定、彼はきょとんとした顔を浮かべたが、すぐに何事もなかったかのように笑顔で答えてくれた。


「その……モモくんもニトイくんも、どうして殺し屋をやっているのかって訊いたら、やるしかないからって答えてくれたんですけど……マナカさんも、やっぱり同じなんですか?」


「ははっ、彼ららしいですね」


 マナカさんの物腰柔らかな雰囲気に飲まれ、また余計なことを訊いてしまったかもと思ったけれど、彼は気にする風でもなく口を開いた。


「私たちが殺し屋をやっているのは、本当にそれをやるしかないからなんですよ。そういう風に育てられてしまいましたから、今更別の生き方ができないんです」


「……」


「モモから、ナンバーズ計画のことは聞いたんですよね?」


「あ、はい。代わりに殺されちゃいましたけど」


「それも実にモモらしい……彼の中にはさまざまな線引きがありますから、怒らないであげてください」


 嫌味を言っていると思われたのか、頭を下げられてしまった。全然気にしていないのに。


「ナンバーズ計画……魔法を越える力、スキルを開発するための馬鹿げた人体実験というのが大枠ですが、私たちの受けた仕打ちはそれだけではありませんでした。実験と並行して、


「ひ、人殺しの訓練、ですか?」


「ええ。例えスキルが身についたとしても、実践で使えなければ意味がありませんから……私たちは年端の行かぬ子どもの頃から、。時には素手で、時には凶器で、そして時には与えられたスキルで」


 マナカさんは静かに目を閉じ、淡々とそう告げる。その仕草はできるだけ昔を思い出したくないような、せめてもの抵抗に見えた。


「私たちは初めて人を手にかけた時から、殺しを悪とは思えませんでした。こうして外の世界に出て常識を目にした今も、根っこのところに植え付けられた倫理観は変えようがありません」


「……でも、今からでも殺し屋を辞めることはできるんじゃないですか? イチさんもモモくんもニトイくんも、もちろんマナカさんも、こうして普通にお話ができて、私のことを気遣ってくれるのに……」


「優しいんですね、レイさんは」


 そういう彼の声は、今までのそれとは違い――酷く冷たいものだった。


「街ですれ違う赤の他人の殺し方が百通り思い付き、買い物で立ち寄った店にいる人たちを何秒で皆殺しにできるか数えて、今こうして楽しくお喋りしているあなたの心臓をどう抉り出そうか考えている相手に……優しくするものではありませんよ」


「っ……」


「ああ、すみません、怖がらせるつもりはなかったんです。ただ私たちは、そんな普通でないことを当たり前に考えてしまう人種でして……そんな欠陥品たちが、殺し屋以外の職に就けると思いますか?」


 優しく微笑むマナカさんの顔を。
 私は、見ることができない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を言い渡された私は、元婚約者の弟に溺愛されています

天宮有
恋愛
「魔法が使えない無能より貴様の妹ミレナと婚約する」と伯爵令息ラドンに言われ、私ルーナは婚約破棄を言い渡されてしまう。 家族には勘当を言い渡されて国外追放となった私の元に、家を捨てたラドンの弟ニコラスが現れる。 ニコラスは魔法の力が低く、蔑まれている者同士仲がよかった。 一緒に隣国で生活することを決めて、ニコラスは今まで力を隠していたこと、そして私の本来の力について話してくれる。 私の本来の力は凄いけど、それを知ればラドンが酷使するから今まで黙っていてくれた。 ニコラスは私を守る為の準備をしていたようで、婚約破棄は予想外だったから家を捨てたと教えてくれる。 その後――私は本来の力を扱えるようになり、隣国でニコラスと幸せな日々を送る。 無意識に使っていた私の力によって繁栄していたラドン達は、真実を知り破滅することとなっていた。

天の神子

ジャックヲ・タンラン
ファンタジー
ある農村に、雨と共に生きる女がいた。 恵みを求めて害を成す存在、魔物の出現によって世界が混乱を始める中、 彼女は竜人から、『天の神子』の使命を告げられる。 世界に等しく雨の恵みを与えるため、神子は往く。

ナノハの異世界生活

そう
ファンタジー
ナノハは気がつくとゲームアバターで森の中にいた。 そこからナノハの自由気ままな冒険が始まる。

できれば王子を泣かせたい!

真辺わ人
恋愛
泣かせたい 泣かせたい あー泣かせたい! 悪役令嬢で転生者の公爵令嬢が、ツンデレでヘタレな王子様にあれこれイタズラをしかけて泣かせようとするお話です。(第1話) 第1話 王子をいじめて泣かせようとする話です。完結済。 第2話 隣国の王子様登場でなんちゃって三角関係になります。主人公のBL妄想ありなので、苦手な方はご注意を。本編完結。 番外編 侍女視点の番外編。本編とは異なり、少し暗い話になります。同性愛やその他性的な事柄に関する記述あり。完結済。 *転生チートとかはほぼありません。 *ざまぁ要素とかもほぼありません。 *王子視点は今のところありませんが、代わりに王子愛強めの護衛視点の番外編で察して頂けるかも? *他サイトにも掲載しています。

目覚めたら、婚約破棄をされた公爵令嬢になっていた

ねむ太朗
恋愛
刺殺された杏奈は黄泉で目覚め、悪魔に出会った。 悪魔は杏奈を別の世界の少女として、生きさせてくれると言う。 杏奈は悪魔と契約をし、16歳で亡くなった少女ローサフェミリア・オルブライト公爵令嬢として、続きの人生を生きる事となった。 ローサフェミリアの記憶を見てみると、婚約破棄をされて自殺をした事が分かり……

私を手放して良いのですか? 我が魔法がなければ貴方の商売は終わりますよ? ……ま、好きにすれば良いですが。

四季
恋愛
私を手放して良いのですか? 我が魔法がなければ貴方の商売は終わりますよ? ……ま、好きにすれば良いですが。

(完結)やりなおし人生~錬金術師になって生き抜いてみせます~

紗南
恋愛
王立学園の卒業パーティーで婚約者の第2王子から婚約破棄される。 更に冤罪を被らされ四肢裂きの刑になった。 だが、10年前に戻った。 今度は殺されないように生きて行こう。 ご都合主義なのでご了承ください

チートスキルどころか努力で何とかしてくださいと言われました。

さくらポプリ
ファンタジー
草壁桃子は短大生、中学校で教育実習をしていた。教室にいた時に異世界召喚に巻き込まれてしまった。

処理中です...