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二一番目 002

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 イチさんの顔と体をした彼はニトイと名乗った……その名は、私の待ち人と同じ名前である。


「写真で見るよりずっと可愛いね。テンション上がっちゃうな~」


「あの、あなたがニトイさんなんですか?」


「そうだよ。まあ今は、ほとんどイチになってるけどね」


 イチさんになっている? それって一体……。


「レイのことも騙せなかったし、もういいかな」


 彼は事も無げにそう言うと、両手を広げて大きく息をすう。

 直後――ニトイさんの身体が青白く発光し、光の向こうの身体がみるみるうちに


「うん、やっぱりこれがいいや。改めてよろしくね、レイ」


 ニコッと笑う彼の顔と体は、さっきまでとはまるで別人。

 モモくんと同じくらい小さな背格好で、髪と瞳は鮮やかなグリーンに染まっている。イタズラっ子のような笑顔の端からは八重歯が覗き、短パンからは肉付きの少ない脚がスラっと伸びていた。

 ……完全に少年だ。それも、美がつくタイプの。


「ビックリした? ねえねえ、ビックリした?」


「あ、うん、かなり……」


「僕、人が驚く顔を見ると興奮するんだ。レイの表情、中々楽しめたよ」


 ニトイくんはからかうように言いながら、私を先導して歩き出した。どうやら後ろについてこいということらしい。


「ちょっと人目を引いちゃったから、裏道通って行こうか」


 彼に促されるまま、私は狭い路地に入っていく。

 こんな場所を通るのは生まれて初めてだ……周囲の汚さよりも、好奇心の方が勝っている。


「聞いたよ、レイ。君、不死身なんだって? それじゃあイチとモモが失敗するのも無理ないよね~」


「……あの、ニトイくんも二人と同じように、殺し屋なの?」


「あれ、聞いてなかった? 僕も『カンパニー』の一員だよ」


「それは聞いてたんだけど……その、あんまり信じられなくて」


 我ながら偏見がすごいが、どうにもこの少年が人殺しには見えないのだ。モモくんもそうだけど、やっぱり外見が幼く見えるとどうしても認識が追いつかなくなる。


「はっはー、僕がこの格好をしてるからでしょ。でもね、レイ。一応僕は君より二つ年上なんだよ。イチと同い年さ」


「え、そうなの⁉」


「だからって、別に敬称付けたり敬語使ったりしなくていいからね……僕らはそういうの、気にしてないから」


「私もその方が楽かな……」


 見た目が見た目だし、どうしても気を抜くとタメ口になってしまう……向こうがそれでいいと言ってくれるのは、正直ありがたい。


「ちなみに、イチには敬語を使ってるの? さっきイチさんって言ってたけど」


「あ、うん……イチさんは背も高いし、見るからに年上だったから」


「ふーん……イチは基本、敬語使われるの嫌がるんだけどな……と同じってことかな」


 ニトイくんはあまり興味がなさそうに呟く。マナカというのは、またぞろ彼らの仲間の名前だろうか。


「……新しい隠れ家まではどれくらいかかるの?」


「んー、このペースで歩くと二時間かなぁ……路地を抜けたら早足にした方がいいね」


 さっきから何の気なしに雑談をしているけれど、彼は私のことを味方だと思ってくれているのだろうか。余所者の、しかも昨日まで彼らのターゲットだった私のことを、信用してくれているのだろうか。


「ねえ、レイ」


「……なに、ニトイくん」


「君、イチとキスしたんだって?」


 危うくずっこけそうになった。

 こんな狭いところで転んだら立ち上がるのに苦労してしまう……で、何だって?


「私が、イチさんとキス?」


「あれ、してないの? 定期連絡の時にイチが嬉しそうに話してたけど」


「いやその、キスはした、かな?」


「何で疑問形? 寝てるところに無理矢理だったの?」


「普通に起きてる時に、だけど……」


 あれは何と言うか、あまりにも突然の出来事過ぎて脳が処理できず、ただ唇と唇が触れたという事実として消化してしまったのだ。

 そこまでガッツリしたわけでもないし……軽くチュッくらいの、子ども同士でもやるような可愛らしいものだったし。

 あれをちゃんとした接吻と捉えるのはイチさんに対しても失礼なんじゃないかと思って、考えないようにしていたのである。


「イチがあんなに嬉しそうなのは久しぶりだったから、僕まで嬉しくなっちゃってさ~。だから、イチが舞い上がった相手と会えるのが楽しみだったんだよ」


「舞い上がったなんて……イチさんあんなにかっこいいし、女の子と遊び放題でしょ?」


「イチはそういうことに興味なかったよ……いや、違うか。興味を持つような子がいなかったって方が正しいかな」


 だとすれば、彼は私に少なからず惹かれてくれたということなのだろうか……いやいや、ないない。

 美が服を着て歩いているような人だ、私なんかに興味を持つはずないじゃないか。

 強いて言えば――不死身。

 殺しても死なないこの身体になら、殺し屋として惹かれるものがあるのだろうか。


「まあ僕には色恋なんてどうでもいいから、実際のところよくわかんないんだけどねー」


「ニトイくんも、あんまり女の子と遊んだりしないの?」


「僕もそれなりにやることはやるよ。ただし、女も、男も」


 言って。

 彼の身体が青白く光り――その向こうには私。

 レイ・スカーレットが、立っていた。


「気分で女の子になれるから、どっちも使い分けてるんだ。そうやって、本当の自分がわからなくなった……だから僕には、男も女も関係ない」


 そう言って笑っているのは、私と瓜二つの顔だった。


「僕たち殺し屋には、裏の世界で名乗るための通り名がある。『変化』……それが、僕のもう一つの名前だよ」


 唇に人差し指を当て、ナイショのポーズを取る私。

 ……変化の名は、伊達ではないようである。

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