14 / 33
二一番目 002
しおりを挟むイチさんの顔と体をした彼はニトイと名乗った……その名は、私の待ち人と同じ名前である。
「写真で見るよりずっと可愛いね。テンション上がっちゃうな~」
「あの、あなたがニトイさんなんですか?」
「そうだよ。まあ今は、ほとんどイチになってるけどね」
イチさんになっている? それって一体……。
「レイのことも騙せなかったし、もういいかな」
彼は事も無げにそう言うと、両手を広げて大きく息をすう。
直後――ニトイさんの身体が青白く発光し、光の向こうの身体がみるみるうちに縮んでいった。
「うん、やっぱりこれがいいや。改めてよろしくね、レイ」
ニコッと笑う彼の顔と体は、さっきまでとはまるで別人。
モモくんと同じくらい小さな背格好で、髪と瞳は鮮やかなグリーンに染まっている。イタズラっ子のような笑顔の端からは八重歯が覗き、短パンからは肉付きの少ない脚がスラっと伸びていた。
……完全に少年だ。それも、美がつくタイプの。
「ビックリした? ねえねえ、ビックリした?」
「あ、うん、かなり……」
「僕、人が驚く顔を見ると興奮するんだ。レイの表情、中々楽しめたよ」
ニトイくんはからかうように言いながら、私を先導して歩き出した。どうやら後ろについてこいということらしい。
「ちょっと人目を引いちゃったから、裏道通って行こうか」
彼に促されるまま、私は狭い路地に入っていく。
こんな場所を通るのは生まれて初めてだ……周囲の汚さよりも、好奇心の方が勝っている。
「聞いたよ、レイ。君、不死身なんだって? それじゃあイチとモモが失敗するのも無理ないよね~」
「……あの、ニトイくんも二人と同じように、殺し屋なの?」
「あれ、聞いてなかった? 僕も『カンパニー』の一員だよ」
「それは聞いてたんだけど……その、あんまり信じられなくて」
我ながら偏見がすごいが、どうにもこの少年が人殺しには見えないのだ。モモくんもそうだけど、やっぱり外見が幼く見えるとどうしても認識が追いつかなくなる。
「はっはー、僕がこの格好をしてるからでしょ。でもね、レイ。一応僕は君より二つ年上なんだよ。イチと同い年さ」
「え、そうなの⁉」
「だからって、別に敬称付けたり敬語使ったりしなくていいからね……僕らはそういうの、気にしてないから」
「私もその方が楽かな……」
見た目が見た目だし、どうしても気を抜くとタメ口になってしまう……向こうがそれでいいと言ってくれるのは、正直ありがたい。
「ちなみに、イチには敬語を使ってるの? さっきイチさんって言ってたけど」
「あ、うん……イチさんは背も高いし、見るからに年上だったから」
「ふーん……イチは基本、敬語使われるの嫌がるんだけどな……マナカと同じってことかな」
ニトイくんはあまり興味がなさそうに呟く。マナカというのは、またぞろ彼らの仲間の名前だろうか。
「……新しい隠れ家まではどれくらいかかるの?」
「んー、このペースで歩くと二時間かなぁ……路地を抜けたら早足にした方がいいね」
さっきから何の気なしに雑談をしているけれど、彼は私のことを味方だと思ってくれているのだろうか。余所者の、しかも昨日まで彼らのターゲットだった私のことを、信用してくれているのだろうか。
「ねえ、レイ」
「……なに、ニトイくん」
「君、イチとキスしたんだって?」
危うくずっこけそうになった。
こんな狭いところで転んだら立ち上がるのに苦労してしまう……で、何だって?
「私が、イチさんとキス?」
「あれ、してないの? 定期連絡の時にイチが嬉しそうに話してたけど」
「いやその、キスはした、かな?」
「何で疑問形? 寝てるところに無理矢理だったの?」
「普通に起きてる時に、だけど……」
あれは何と言うか、あまりにも突然の出来事過ぎて脳が処理できず、ただ唇と唇が触れたという事実として消化してしまったのだ。
そこまでガッツリしたわけでもないし……軽くチュッくらいの、子ども同士でもやるような可愛らしいものだったし。
あれをちゃんとした接吻と捉えるのはイチさんに対しても失礼なんじゃないかと思って、考えないようにしていたのである。
「イチがあんなに嬉しそうなのは久しぶりだったから、僕まで嬉しくなっちゃってさ~。だから、イチが舞い上がった相手と会えるのが楽しみだったんだよ」
「舞い上がったなんて……イチさんあんなにかっこいいし、女の子と遊び放題でしょ?」
「イチはそういうことに興味なかったよ……いや、違うか。興味を持つような子がいなかったって方が正しいかな」
だとすれば、彼は私に少なからず惹かれてくれたということなのだろうか……いやいや、ないない。
美が服を着て歩いているような人だ、私なんかに興味を持つはずないじゃないか。
強いて言えば――不死身。
殺しても死なないこの身体になら、殺し屋として惹かれるものがあるのだろうか。
「まあ僕には色恋なんてどうでもいいから、実際のところよくわかんないんだけどねー」
「ニトイくんも、あんまり女の子と遊んだりしないの?」
「僕もそれなりにやることはやるよ。ただし、女も、男も」
言って。
彼の身体が青白く光り――その向こうには私。
レイ・スカーレットが、立っていた。
「気分で女の子になれるから、どっちも使い分けてるんだ。そうやっていろいろ変わっていくうちに、本当の自分がわからなくなった……だから僕には、男も女も関係ない」
そう言って笑っているのは、私と瓜二つの顔だった。
「僕たち殺し屋には、裏の世界で名乗るための通り名がある。『変化』……それが、僕のもう一つの名前だよ」
唇に人差し指を当て、ナイショのポーズを取る私。
……変化の名は、伊達ではないようである。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~
村雨 妖
恋愛
森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。
ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。
半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜
矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】
公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。
この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。
小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。
だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。
どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。
それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――?
*異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。
*「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる