26 / 32
提案 001
しおりを挟む聖天使団序列五位、リース。
そう名乗った人物は、人当たりの良い笑顔を浮かべながらこちらを窺う。
「まあまあ、そう硬くならないで……いくら私が偉い人といっても、同じ人間なんだから。いきなり取って食いはしないさ」
彼……いや、彼女か?
中性的な見た目に中性的な声色。長く透き通った白髪と鈍く光る銀の瞳。メルクマールのような白装束。
性別も年齢も読み取れない。
なんなら、生きているのかどうかさえ。
「三人とも、どうかここを自宅だと思ってくつろいでくれ。リラックスして話そうじゃあないか」
「……そうか。なら遠慮なく」
勢いよく椅子を引き、ドカッと座って机に脚を乗せるなどする。
「ちょ、ちょっとジンさん⁉ 失礼ですよ!」
「自宅だと思えって言ったのは向こうだぜ?」
「あれは社交辞令です! ほんとにくつろいでどうするのですか!」
「シャコージレー?」
「こういう時だけ常識の無さを発揮しないでください!」
すみませんすみません、と謝るエリザ。
「ははっ、別に構わないよ。くつろいでくれと言ったのは私だしね。むしろ気持ち良いくらいさ」
「ふーん。だったら私もっ」
俺に続いてライズも勢いよく腰掛け、ダラーッと上体を机に倒す。
「ラ、ライズまで……ああ、眩暈が……」
最後に、エリザが力なく着席した。
「うんうん、愉快な人たちだ……では改めて。私はリース。聖天使団序列五位の、ただの偉い人だよ」
「それ、決め台詞かなんかなのか? 結構くどいぜ」
「単に事実を述べているだけさ。君たちがどんな態度を取ろうとも、私について何を感じようとも、絶対的に揺るがない不変の事実をね。私は偉くて……そして強い」
「……」
ニコニコと笑うリースだが、しかし確かな圧力を感じる。
それは気配に気圧されているというわけではなく。
純粋で混じり気のない、魔力の圧だった。
「私は自分の肩書に誇りを持つタイプでもないし、ましてや聖天使団の威光に頼るタイプでもない。ただ偉いんだよ。それだけわかってくれていればいいさ」
「……変人だな、あんた」
「よく言われるよ……さてさて、じゃあ順番に名前を教えてもらおうかな。まずは君から」
俺の発言を華麗にスルーし、ライズを指差すリース。
「……ライズ・メノア」
「ああ、君がライズくんか。この度はとんだ災難だったね、心底痛み入るばかりだよ」
「……どうも」
ライズは明らかに警戒を強め、ぶっきらぼうに答えた。
警戒が高まっているのはライズだけじゃない……エリザも同様に、拳に力を入れている。
リースから発される魔力が、自然とこの場の空気をヒリつかせていた。
「お隣の青い髪のお嬢さん、お名前は?」
「……エリザ・ノイマットと申します」
「ノイマット? ……もしかして君、騎士団にいるルウェラ・ノイマットの血縁かい?」
「……はい。ルウェラは、私の父です」
「ははっ、やっぱりそうか。そうある名字じゃあないし、何より髪と瞳の色が良く似ているよ。いやー、思いがけず友人の娘に会えるなんて、こりゃラッキーだ」
エリザの親父さんは騎士団に所属しているんだっけか……聖天使団であるリースが知っていても不思議ではない。
とは言うものの、友人だって?
年齢、どうなってんだよ。
「で、君の名前は?」
リースは最後に、俺の胸元を指差す。
「ジン・デウス。よろしくどうぞ」
「ふーん……ジンくんね、覚えた覚えた。聖天使団序列五位の私を前に一切物怖じしないとは、君もかなりの変人みたいだ」
「よく言われるさ」
「それに――少々変わった魔力を纏っているね」
「っ……」
見透かすような銀の瞳。
さすがは聖天使団ってとこか……くそ、一瞬動揺しちまった。
「はははっ。どうやらシスティーを倒したのは君で間違いないようだね、ジンくん。私の読みは大当たりだったようだ。Aランクパーティー程度の実力じゃ、特A級の手配者を止められるはずもない」
特A級というのがどの程度の実力かは知らないが、システィーの爆発魔法は確かに脅威だろう。
並大抵の冒険者では、防御すらままならずに命を落とすレベルだ。
「あの女を放置していたら、いずれ私の仕事が増えただろう。手間を減らしてくれてありがとうと、感謝の意を述べておくよ」
「別に、あんたのためにやったわけじゃないからな。礼を言われても困る」
「まあそう斜に構えるなよ。今の感謝は、君のギルド規定違反を大目に見るっていう意味さ」
「……マジ?」
「大マジ」
なんだ、意外と良いところもあるじゃないか(上から目線)。
人を食ったような言動をする奴だが、性根は腐っていないのかもしれない。
「ただーし。ライズくんの方は別問題」
人差し指を立て、意地悪く笑うリース。
……前言撤回。ふつーに嫌な奴。
「わ、私?」
「もちろん。だって君、軍にジンくんのことを報告しなかったでしょ? 嘘を吐いちゃあいけないよね」
「おい、待てよ。システィーを倒して万々歳っていうなら、ライズを責める必要はないだろ」
「どうして? ジンくんは役に立ったから良いけど、ライズくんは何もしていないんだよ? 何もしていないどころか、パーティーメンバーを危険に晒した時点でリーダー失格。擁護できるところなんてどこにもないじゃないか」
ニヤニヤと癪に障ることを言うリースだが、反論はできない。
あいつの言説には筋が通っているし、我儘を言っているのはこちらの方だ。
けれど、不満は拭えない。
「ライズは、俺が規定違反で罰されないために報告をしなかったんだ。その俺がお咎めなしなら、ライズにだって罪はないだろ」
「なんだ、ジンくんは見かけによらず正義の人なのかい? これはこれは義に厚い若者だことで……私も涙がちょちょぎれるよ」
「正義だなんて、そんな大仰なもんじゃない。ただおかしいって言ってるんだ」
「まあまあ、そう熱くならないでくれよ。君たちをここに呼んだのは、まさにライズくんの問題を解決するためなんだから。みんながみんな幸せになれる、夢のような提案があるんだよ」
「……なんだよ、その提案ってのは」
待ってましたとばかりに、リースは柏手を打つ。
「よくぞ訊いてくれた。実はちょっとした仕事を頼もうと思ってね。それを見事に片付けてくれれば、ライズくんの一件は不問に付そう」
「……どんな仕事なんだ?」
「実に簡単で実に平易な仕事さ……ほんのちょっぴり、死の危険があるだけでね」
10
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
辺境領の底辺領主は知識チートでのんびり開拓します~前世の【全知データベース】で、あらゆる危機を回避して世界を掌握する~
昼から山猫
ファンタジー
異世界に転生したリューイは、前世で培った圧倒的な知識を手にしていた。
辺境の小さな領地を相続した彼は、王都の学士たちも驚く画期的な技術を次々と編み出す。
農業を革命し、魔物への対処法を確立し、そして人々の生活を豊かにするため、彼は動く。
だがその一方、強欲な諸侯や闇に潜む魔族が、リューイの繁栄を脅かそうと企む。
彼は仲間たちと協力しながら、領地を守り、さらには国家の危機にも立ち向かうことに。
ところが、次々に襲い来る困難を解決するたびに、リューイはさらに大きな注目を集めてしまう。
望んでいたのは「のんびりしたスローライフ」のはずが、彼の活躍は留まることを知らない。
リューイは果たして、すべての敵意を退けて平穏を手にできるのか。
暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~
暇人太一
ファンタジー
仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。
ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。
結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。
そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話
天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。
その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。
ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。
10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。
*本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています
*配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします
*主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。
*主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる