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男の願い

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「んーっ、美味美味!」

 ライズおすすめの焼き鳥屋で数本の串を購入し、頬張りながらゆっくりと歩く。
 冷静になると、おすすめの焼き鳥屋なるものが存在する奇妙な事実に震えそうなので、ここは一つ甘辛いタレに舌鼓を打つことにしよう。

「……ん」

 確かに美味い。
 極寒の僻地で育った俺ではあるが、食にはうるさいのだ。
 娯楽という娯楽は食事しかなかったので、無駄に舌が肥えたのかもしれない。
 そんなジン・デウスの味蕾センサーが言っている……この焼き鳥は絶品だと。
 年頃の女子を魅了するのも無理からぬといったところか。

「ねっ、美味美味でしょ?」
「その語感だと味が微妙みたいに聞こえるけどな……まあ、結構な御手前で」
「美味美味?」
「……びみびみ」
「イエス! ビミビミ!」

 前を行くライズは謎の言葉がお気に入りのようで、ルンルン気分でスキップをする。

「ご馳走様。良い腹ごなしになったよ」
「お腹が減ってたら戦はできないからねっ。腹ごなし大事っ」
「俺たちはこれから戦いに行くのか?」
「別にそういうわけじゃないけど……もー、一々揚げ足取るんだから」

 不満顔のライズ。

「そうやって細かいことばっかり言ってると女の子に嫌われちゃうよ? ジンさん、ただでさえ友達が少なそうだし、言動には気をつけないと」
「勝手に俺を孤独者扱いしないでくれ」
「じゃあ友達、たくさんいるの?」
「……いないけど」
「ほらね、やっぱり」
「君、無邪気に微笑めば何でも許されると思ってる?」

 自分の交友関係の無さを気にしているわけではないけれど、得意満面になられたらムカつくらしい。
 俺も大概器が小さいようだ。

「戦いに行くんじゃないなら、俺たちはどこに向かってるんだ? そろそろ教えてくれてもいいだろ」
「んー、もうちょっとで着くからさ」
「……」

 嫌にはぐらかされる。
 もしかしたら恩返し云々は全て嘘で、これから俺はボコボコにリンチされるのかもしれない……なんて、さすがに人を疑い過ぎだろうか。

「……なあ、ライズ。一応言っておくけど、暴力よりもストレス解消に向いてる趣味はあると思うんだ」
「? うん、そうだね」

 今のキョトン顔を見るに、さっきの考えは杞憂のようである(そりゃそうだ)。

「……」
「……」

 何度目かの沈黙。
 そして数分後。

「ここは……」

 ライズが足を止めたのは、見知った医療施設の前だった。
 と言うか、まさに彼女と仲間たちを運び入れた場所である。

「えっと……じゃあ、行こっか」

 何かを躊躇ったように唇を噛んでから、ライズは施設に入っていく。
 その足取りは少し重く、鈍いように見えた。
 数回角を曲がり、とある病室に辿り着く。

「……入るよ」

 ガラッと開いた扉の向こうには、大き目のベッドが一つ。
 その上に、全身を包帯でグルグル巻きにされた人間が横たわっていた。
 目と口周りだけは辛うじて外界に触れているが、痛々しさの緩和には寄与しない。

「……ライズか。それに、ジン」
「……名前、覚えてたんだな。トースト」

 包帯にくるまれているのは、もちろん彼だった。
 闇ギルドの一員システィーとの戦いで、瀕死の重傷を負ったライズの仲間。
 トーストが盾になっていたお陰で、ライズの傷は浅く済んだのである。

「何とか生きてるみたいで安心したよ。ミイラ男になってるけど」
「どれだけ無様な格好でも、命があるだけマシだ……贅沢は言わんさ」

 恐らくニヒルに笑っているのだろうが、上手く読み取ることができない。

「……あんたが俺をここに呼んだってことでいいんだよな?」
「ああ、そうだ。まともに礼の一つも言えていなかったからな」
「おいおい、あんたもか? ライズと二人して俺を善人に仕立て上げないでくれ」
「まあそう言うな、ジン。お前がいなければ俺たちは全員殺されていたんだ。感謝してもし切れん。ありがとう」
「全身包帯男に礼を言われてもな。命は救ったけど、あんたを助けられたわけじゃないし」

 全てが丸く収まった大団円ではない。
 治癒魔法を施された上でこれほどの重傷となると、トーストの冒険者生命は完全に絶たれたと見るのが妥当だろう。
 俺は、彼を助けられなかった。
 それだけが事実なのだ。

「確かに、俺はもうダメだ。相当なリハビリをこなしても、まともに歩けるかすらわからんらしい……だがな、ジン。お前は約束通り。それだけで、充分だ」
「……随分大切なんだな、仲間ってやつが」
「ライズは仲間であると同時に、デリオラさんの娘だからな……あの人が全力で愛した娘を守るのが、俺の役目だった」

 トーストは遠くを見つめるように、俺から視線を外す。

「もう十数年も前になるか……モンスターの群れに襲われていたルーキーの俺を助けてくれたのが、デリオラさんだったんだ。以来、俺はあの人に人生を捧げると誓った。本当は弟子になりたかったんだが、才能が無くてな……それでも、デリオラさんのために生きられればそれでよかった」
「……」
「そして彼の死後、俺の人生の目的は。デリオラさんの娘であり弟子でもある彼女が、立派な冒険者になるまで見届けること……それこそ、トースト・フルバックの命題だった」

 だが、とトーストは続ける。

「こんな身体になった以上、ライズの傍にいることはできない。俺の役目は終わってしまった」
「役目が、終わった」
「ああ。だからこれから言うことは、単なる泣き言だ。人生の目的を失った男が、それでも諦められずに唱える嘆願だ」

 言って。
 トーストは、真っすぐに俺を見る。
 首の一つも満足に動かせない状態でなお、真っすぐに。

「どうか、ライズと仲間になってくれないか」

 己の役目を失った男は、簡潔にそう述べた。

「お前は、俺が知る中でも飛びぬけて非凡な力を持っている男だ。そんなお前と一緒にいれば、ライズは素晴らしい冒険者になれる」
「……そりゃまた、随分と勝手なお願いだな」
「命の恩人に無理を言っている自覚はある。だが、どうか一度考えてみてくれないか?」
「考えろったって、本人の意思もわからないし……」

 言いながら、壁の隅にいるライズを窺う。
 一連のやり取りを黙って聞いていた彼女は、大きく深呼吸をし、目を開いた。

「私は、ジンさんと一緒に冒険がしたい。あなたの力を間近で感じたい。ジンさんとなら、私、もっと強くなれる気がするんだ」

 深紅の瞳を爛々と輝かせるライズ。
 全く……冒険者になる女ってのは、どいつもこいつも、目力が強い奴ばかりだ。

「……だ、そうだ。俺の頼みと本人の意思……他に確かめておきたいことはあるか?」
「……別にないよ。一応、俺もパーティー組んでるからこの場では決められないんだけど、それでもいい?」
「もちろんだ……まあここは一つ、死に損ないの顔に免じて前向きに検討してみてくれ」

 表情はわからないけれど。
 きっとトーストは、笑っているのだろう。

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