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移動、コルカ

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「なあ、さっきチラッと名前が出てたけど、聖天使団ってのは何なんだ?」

 エリザの心中をざっくりと聞いた俺は、意識を逸らすために別の話題を振る。
 あなたの役に立ちたいと正面から言われ、よくわからない感情になってしまったからだ。
 わからないものは放置するに限る。
 特に自分事なら。

「……さすがに名前くらいはご存じですよね?」
「俺が無知なことに一々驚いてたら日が暮れるぜ」

 アスモデウスはいろいろなことを教えてくれたが、天使関連の話は積極的にしたがらない人だった。
 曰く、昔を思い出すから不快なのだと。
 聖天使団なんて、名前からしてあの人が避けそうな話題である。

「私も極力驚かないように努力はしますが、何分限度というものもありますから……聖天使団はイーレン王国の中でも別格の立場を持つ組織で、その発言力は王族にも並び立つと言われています。有事の際は王族以上、とも」
「ふーん……貴族とは別物なのか」
「はい。聖天使団を端的に表すなら、と言えるでしょう。天使に選ばれた魔法の才を持つ者たち……彼らは僅か九人からなる組織でありながら、絶対的な権力と実力を持っているのです」
「要は、馬鹿みたいに強い奴らが国の中枢にいるわけだ。この国も案外実力主義で戦好きだな」

 にしても、天使に選ばれた人間か……悪魔に育てられた俺とは真逆の存在である。

「魔法は武器ですからね……力のある者が上に立っていないと、すぐに謀反を起こされてしまいます。王国軍、騎士団、そして聖天使団……この三つの組織のお陰で、イーレン王国の秩序は保たれているというわけです」
「ま、俺たちは秩序を乱している側だけどな」
「それは……次から品行方正にいけばいいのです」

 随分と都合のいい意見だ。
 俺にそのつもりはないけど(おい)。

「それに、闇ギルドに比べたら私たちなんてかわいいものですよ」
「何だその明らかに怪しい言葉。闇?」
「正規の冒険者ではないのにダンジョンに潜る人たちの俗称です。ギルドに対する闇ギルド、ということですね」
「俺もパーティー組まずに無許可でダンジョンに潜ったけど、似たようなもんか」
「いえ、全く違います……闇ギルドと呼ばれる人たちは、王国の体制に反発するテロリストの側面も持ち合わせているのです」
「ふーん……」

 どうやらただ金稼ぎをしたいだけの輩ではないらしい。
 テロリストというからには、何かしらの抗議運動をしているのだろう。
 元気が有り余っているようで何よりだ(他人事)。

「彼らは無許可で魔石を集めるのだけでなく、……王国の繁栄を支えているギルドを潰すことも、彼らの目的だと言われています」
「随分回りくどいな。クーデターを企むなら、聖天なんちゃらって奴らを殺した方が早いだろ」
「先ほども言いましたが、聖天使団は国家最強戦力なのですよ? おいそれと狙うにはハードルが高過ぎます」
「だから冒険者を狙う、か」

 魔石の流通を滞らせるという観点では、ギルドを攻撃する意味はあるのだろう。
 電気から火、水に至るまで、人間の生活基盤を支えているのは魔石だ……それが全て闇ギルドの手に渡るようなことがあれば、王国の衰退は必至である。

「軍や騎士団が討伐に向けて動いているらしいですが、成果は芳しくないようです。狙われた冒険者パーティーが対処できればいいのですけれど、闇ギルドは巧妙に格下の相手を選んで襲撃するので対策が難しいそうです」
「そりゃまた慎重なこって……話を聞いてる分には、テロリストっていうより小悪党って感じだ」
「甘く見てはいけませんよ、ジンさん。実際に被害が拡大している以上、私たちもいつ襲われるかわからないのですから」
「そいつは危ないな。俺は周囲の警戒は得意じゃないからエリザに任せた。不意打ちを食らったら君の責任ってことでよろしく」
「え、あの、それとこれとは話が違うのでは……」

 無茶ぶりをされてオドオドするエリザ。
 からかいがいのある反応である。

「まあ、いつ襲われたって返り討ちにすればいいんだけどさ……より問題なのは、俺たち二人じゃダンジョンに潜れないってことじゃないか?」

 パーティーは最低でも三人必要という規則だったはずだ。
 目下の優先事項は足りないメンバーの補充である。

「その通りです。ですから、コルカに着いたらすぐにメンバーの募集をかけましょう。オズワルドさんが私たちのことをギルドに報告していなければ、すんなり受理される……はずです」
「後半元気ないぞ。ま、気にしてもしかたないことは気にしないでおこうぜ」
「……ですね。前向き、前向き」
「もしパーティーを組めなかったら勝手に潜ればいいさ」
「それは駄目です。アスモデウスさんの遺志を尊重してください」

 間髪入れずに釘を刺された。
 真面目センサーの鋭い奴だ。
 まあ、騎士を輩出する名家のお嬢様だというのだから、その馬鹿真面目さにも幾分か納得の余地はあるが(家出してるけど)。

「ところでジンさん」
「なんだ、改まって」
「アスモデウスさんって、どんな方だったのですか? 悪魔と言われても、正直あまりピンとこないものでして」

 ことのついでといった雰囲気で尋ねてきたが、実際かなり気になっているのだろう。
 目をぱちくりさせ、妙にそわそわしている(わかりやすい奴)。

「……どんなもこんなも、文字通り悪魔だったよ。姿形はほとんど人間の女だったけどな。って言っても、本物の女体を初めて見たのは山を下りてからだけど……人間については本で得た知識しかなかったから」
「本というと、その蔵書はどこで手に入れたのですかね?」
「そこまでは知らない。軽く聞いた話じゃ、人間に興味があってちまちま集めてたらしいぜ」
「知的好奇心が旺盛な方だったのですね……それで、ジンさんはアスモデウスさんに魔術を教えてもらったのですよね? 一体どのように? やはり魔法の鍛錬とは毛色が違うのでしょうか? そもそもどうしてアスモデウスさんは生き延びているのですか? 全ての悪魔はダンジョンに封印されて朽ちたはずですよね? あとそれから……」
「ちょっと待てストップ止まれ殴るぞ」

 早口で質問を繰り返すエリザに、こちらも流れるような脅しを返す。

「いろいろ聞きたいことがあるのはわかったけど、いっぺんに答えたら旅の楽しみがなくなっちまうぜ? ゆっくり喋ろう、お互いに」
「……わかりました。お互いに、ですね」

 エリザは微笑み、気を取り直して前へ進む。
 俺はその隣を、ただ漫然と歩いていた。

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