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最終話
しおりを挟む「レンさん……」
そんな風に名前を呼ばれ、もやがかかった視界がクリアになる……どうやら死んではいないらしい。いや、もしかするとまた転生をしてしまったのかもしれない。
「大丈夫ですか、レンさん」
しかしその考えは杞憂だった。
この優しい声は確かに、アンナちゃんのものだ……ということは、僕はまだ生きている。
「うん、多分大丈夫かな」
僕は四肢を投げ出して仰向けにぶっ倒れていた身体を起こす。
ドラゴンに向かって特攻してからの記憶がない。オートモード中は意識が途切れるので、当然と言えば当然か。
「あれ、レンさんがやったんですよ」
彼女が指さす先には。
首から上をバッサリと切り落とされて息絶えた――ドラゴンの死体があった。
「……」
自分がしでかしたこととはいえ、しかしにわかには信じられない……僕は本当に、包丁一本であの魔物を倒したのか?
スキル、【料理】。
その力を使えば、食材を美味しく調理するための下ごしらえを自動で行ってくれる――今回で言えば、ドラゴンを締めたのだ。
「……」
青い文字列は、絶命したドラゴンの最善の調理方法を提示してくる。どうやらどの食べ方も複雑な味付けが要求されるようで、この場で即作れるものはなさそうだ。
「……」
僕はゆっくりとドラゴンに近づき、右手の包丁で腹部付近の肉を剥ぎ取る。
それを包丁に刺したまま――まだ消えない奴の吐いた炎で、その肉を焼き始めた。
バチバチと弾ける油の音が心地よく、豪快に焼ける肉の匂いが香ばしい……牛肉に近い印象を受ける肉質で、野性味あふれる赤身部分と霜降りを彷彿とさせるサシが食欲をそそる。
「レ、レンさん?」
突然の奇行に心配の眼差しを向けるアンナちゃんに、僕は微笑んだ。
「せっかく倒したんだから、記念に料理してみようかなって……お腹が膨れれば、少しは気分もマシになるかもしれないし」
憂鬱を晴らす特効薬は、何と言っても美味しい食事だ。
……まあ、絶賛最高の調理法を無視しているので、できあがる料理の味は未知数だけれど。
それでも、僕はこの魔物を食さなければいけないと――そう思ったのだ。
「……よし」
程なくして、ドラゴンの肉が焼き上がる。赤身の残るレア目な焼き加減にすることで、肉本来の旨味を存分に引き出す算段だ。
辺りに肉肉しいジューシーな匂いが広がると、アンナちゃんのお腹の音が聞こえる。
「……ごめんなさい、つい」
「……じゃあ、食べてみようか」
頬を赤らめる彼女に肉を差し出そうとしたが、やはり味気なさは否めない……でも、周りは瓦礫ばかりで調味料もないし……。
「あ、あの、これ。さっき写真と一緒に鞄に入れてたんです」
そう言って彼女が取り出したのは、バリーさんが愛用している塩と胡椒の入ったミルだった。
「ナイス過ぎるよ、アンナちゃん」
僕はミルを受け取り、ガリガリと肉の上にまぶしていく。
うん、これでしっかり味は付いた……何だろう、あともう一つ、足りない気がする。
スキルを無視して自分の感覚で料理をするのは初めての経験だ……そんな僕が物足りなさを感じるなんて、おこがましいことかもしれないけれど。
それでも、確かに感じるのだ。
「……あっ」
僕は、アンナちゃんが握ったままの、一輪の花に気がつく。
彼女の髪と同じ、淡いオレンジ色をした「アンナ」の花は、爽やかでフルーティーな香りがして――
そして、肉料理との相性がいいという。
「アンナちゃん……その花、料理に使ってもいいかな?」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、僕の意図を察し、優しく微笑み頷いてくれた。
僕は焼いたドラゴンの肉の上に――そっと、アンナの花を置く。
その、あまりにも無骨でお世辞にも美味しそうとは言えない、けれど初めて僕が自分の意志で作り上げた料理に、名前を付けるとするなら。
「ドラゴンのステーキ、アンナを添えて」……うん、こっぱずかしい。
ただまあ、幸せそうにステーキを頬張る彼女を見て。
料理を作るのも案外悪くないなと、そう思ったのだった。
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