上 下
42 / 48

悪夢 007

しおりを挟む


 『悪夢ブラックカーペット』の作り出した悪夢。
 そこに引きずりこまれた人間は、耐えがたい苦痛によって精神を破壊され。

 同時に――現実の肉体も消滅する。

 どんな相手も気づかぬ間に眠りに落とし、肉体ではなく内面に攻撃を仕掛けるなんて……ほとんど最強に近い能力だ。さすが、『凶器の愛トリガーハッピー』や『巨獣モンスター』と並んで、『最悪の世代』と称されているだけのことはある。

 そしてこの能力は、俺にとって天敵と言ってもいい。

 叶凛土が死後生き返るには、右腕に宿る『飼い犬ハンター』が。精神の死と同じタイミングで肉体が消滅してしまう『悪夢』の能力は、俺が生き返る唯一の手段を消してしまうものなのだ。

 だから――一つ。

 俺が自分の肉体を残した状態で、この悪夢から抜け出す方法は、一つしかない。
 それは考えてみれば単純なことで、思いつきさえしてしまえば拍子抜けする程あっさりとした回答だった。だが同時に、神様の奴隷である俺にしかできないウルトラCでもあるのだが。

 『悪夢』の攻撃によって精神が死ぬことで、肉体が消滅してしまうのなら。
 、叶凛土の死体は消えることなく、『飼い犬』はその死骸を貪ることができる。

 そしてその手段とは。

 俺が俺自身を――殺すことだ。



【右腕の獣が鼻を鳴らす。どうやらこいつは、人間の頭部がお気に入りのようだ。なら、さっさと「食事」を始めよう。ありったけの苦しみを、果ての見えない絶望を、決して消えない不幸を――存分に、味わい尽くそう】



 ゴリッ



「なっ、何をしている!」


 石島煉瓦は事ここに至って初めて、そんな驚きの声を上げる。

 はっきりとは聞こえなかったが――憎い相手に一杯食わせてやれたのなら上等だろう。


「――――」


 俺は捨て台詞でも吐こうと思ったのだが、すでに意識は獣の口腔内へと吸い込まれ、言葉を発することはできなかった。まあそもそも、顔面の右半分を喰わせてしまった時点で、会話なんてできるはずもないのだが。


「……気でも触れたか、叶凛土くん。どうやら、神様の寵愛を受けたという君を買いかぶっていたようだ」


 そんな感じのことを言いながら落胆している『悪夢』だった。それもそうだろう。あいつから見れば、俺は悪夢に耐え切れずに気が狂った精神異常者。自分の能力で自らの頭を食いちぎるなんて、最高に滑稽だ。

 だが――これでいい。
 叶凛土が『悪夢』を殺し、尚且つ生き返るためには……奴の能力でこの身が壊れてしまう前に、自ら命を絶つしかなかったのだから。

 自殺。

 それが俺に与えられた唯一の選択肢だったのである……我ながら、拍子抜けする程簡単な方法だ。

 しかし、それ故に。
 簡単すぎるが故に、通常の思考回路ならば思いつかなかったかもしれない。

 『悪夢』に対する怒りが。

 右腕の獣に自分の頭部を喰わせるなんていう、考えただけでもゾッとする蛮行を可能にしたのだ。


「っ―― ―― ―――」


 さっきまでの悪夢とは比べ物にならない痛みが、無くなった右顔面から流れ込んでくる。いつもは肉体というクッション越しに喰われていたが、今は叶凛土の魂を直接喰わせたからな……やべー、もっと他の死に方がよかったと後悔しかない。


「……神様の寵愛を受けた者の末路は、所詮こんなものということか。有益ではあるがくだらないものを見せてもらったよ」


 気が狂った末に自殺したと思ってやがる石島は、そんな風に憐れんでくる……まあいいさ。精々憐憫でも悲哀でも余裕でも油断でも、好きに感じているといい。もう少ししたら、お前もこいつに喰われるんだからな。


「――――――――………………」


 ブツブツと、意識が細切れになる間隔が早くなる。うん、どうやらそろそろ死ぬらしい。
 このまま俺の魂が死んだら――現実世界の俺の右腕から、獣が解き放たれる。

 そして石島は思うだろう――ああ、なんて卑怯なんだと。

 だからやっぱり、叶凛土は卑怯者なのだ。右腕に獣を宿した俺は、自分が死んだにも関らず、復讐を成立させる。

 卑怯者――カワード。
 俺も随分と、立派な悪者に成長してしまったようだ。


「          」


 頭が真っ白になる。最後に一欠けらだけ残っていた魂の残滓も消え去り、俺は見事、自殺に成功したらしい。

 あとはあの性悪な獣に任せよう。頼りにしてるぜ、右腕ちゃん。

 ……そう言えば、『悪夢』に言い残してしまったことがあった。もう二度と出会うことはないので気にしても仕方ないとはいえ。

 折角なので、生き返る前に訂正させてもらうことにしよう。

 奴は俺のことを、「神様の寵愛を受けた者」なんて大仰に評していたが――事実は全く異なる。とんだ風評被害だ、虫唾が走る。

 俺はあの白無垢な程真っ白で、悪魔より悪魔染みている――天津橙理の。

 神様の、奴隷だ。


―――――――――――――――――


「叶凛土、か」


 俺は目の前で力なく倒れている青年を一瞥する。その右腕は人間のそれから変貌を遂げ、白い獣の頭部になっていた。獣は気味悪く浅い呼吸を刻んでいるが、直にその命も潰えるのだろう。


「……白い。嫌になる」


 あれは何年前だったか。『悪夢』の力に目覚めてから暫らく経ち、俺の名前――石島煉瓦の名が『最悪の世代』に加えられた頃だったように思う。

 俺は一人の――神様に出会った。

 人は俺を不気味だの不吉だのと称すが、あの真っ白い神様を知っている身からすれば、彼の方がよっぽど黒々しい。

 叶凛土くんがあの白い神と関係があるのか、はたまた全く別の神様から力を得たのかは知らないが……とにかく、俺は勝った。

 悪夢は神に勝ると、証明した。
 それだけも、この町に赴いた甲斐があったというものである……八月に来た際には、結局神様の「か」の字も見ることができなかったからな。


「さて……」


 だがしかし、まだやり残したことがある。俺の悪夢からどういうわけか抜け出し、頭部だけになりながらも生きながらえている娘……その魂に後始末を点けなければならない。兄は神から寵愛を受け、妹はしぶとくも死に切っていないとは……何とも不可思議な兄妹だ。


「……」


 俺は地下病棟を後にするため、階段に向かう。外には四脳会の連中がうろついているだろうし、面倒なことになる前にさっさとお暇しよう。また何人か人死にが出るだろうが、ここまで派手に暴れてしまっては奴らとの戦争は避けては通れない確定事項だ。だったらいっそのこと開き直って、全員殺してしまうのも――



ゴリッ



 俺は膝から崩れ落ちる。気が抜けたとか力が入らないとか――そんな心の持ちようの話ではなく、物理的に。

 左脚の膝から下が――無くなっていた。


「――――――――」


 俺の背後に。

 白い獣が、大口を開け佇んでいた。

 口元には、真っ赤な液体。

 虚ろに落ち窪んだその両眼は、痛みに歪む俺の顔を映しているのだろうか。


「――――――――」


 獣は声にならない叫びを上げる。それは動けなくなった獲物を前にした高揚感からか、それともただの生理的反応か。

 とにかく、確かなことは。
 神様に喧嘩を売った者は――往々にして天罰を受けるということだけだった。


「卑怯者が……」


 俺の今際の際セリフは。
 獣の口腔内へと、吸い込まれていく。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

HEAD.HUNTER

佐々木鴻
ファンタジー
 科学と魔導と超常能力が混在する世界。巨大な結界に覆われた都市〝ドラゴンズ・ヘッド〟――通称〝結界都市〟。  其処で生きる〝ハンター〟の物語。  残酷な描写やグロいと思われる表現が多々ある様です(私はそうは思わないけど)。 ※英文は訳さなくても問題ありません。むしろ訳さないで下さい。  大したことは言っていません。然も間違っている可能性大です。。。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。

高井うしお
ファンタジー
戦う以外は不器用な主人公、過去を捨てスローライフを目指す! 組織が壊滅した元暗殺者「名無し」は生き残りの男の遺言で辺境の村を目指すことに。 そこに居たのはちょっとボケている老人ヨハンとその孫娘クロエ。クロエから父親だと誤解された名無しは「田舎でのんびり」暮らして行く事になる。が、日々平穏とは行かないようで……。 書き溜め10万字ありますのでそれが追いつくまでは毎日投稿です。 それが尽きても定期更新で完結させます。 ‪︎‬ ‪︎■お気に入り登録、感想など本当に嬉しいですありがとうございます

ライカ

こま
ファンタジー
昔懐かしいRPGをノベライズしたような物語。世界がやばいとなったら動かずにいられない主人公がいるものです。 こんな時には再び降臨して世界を救うとの伝承の天使が一向に現れない!世界を救うなんて力はないけど、何もせずに救いを祈るあんて性に合わないから天使を探すことしました! 困っているひとがいれば助けちゃうのに、他者との間に壁があるライカ。彼女の矛盾も原動力も、世界を襲う災禍に迫るほどに解き明かされていきます。 ゲーム一本遊んだ気になってくれたら本望です! 書いた順でいうと一番古い作品です。拙い面もあるでしょうが生温かく見守ってください。 また、挿話として本編を書いた当時には無かった追加エピソードをだいたい時系列に沿って入れています。挿話は飛ばしても本編に影響はありません。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...