上 下
20 / 48

凶器の愛 004

しおりを挟む


 菱岡市の外れの住宅街から、更に車を走らせること三十分。
 渚美都が殺し合いの場として指定したのは、今年に取り壊されるらしい、山の中にある古びた廃校だった。


「ここなら邪魔は入らねえだろ。それにほら、うちの前でおっぱじめたら家に帰りづらくなるじゃん?」


 とのことらしい。

 渚さんは目的地に着くなり車を飛び降り、校庭の真ん中でごろんと寝そべった。いや、ほんとにわけわかんねえ。


「……」


 運転を終えて一息ついた江角さんは、車に寄りかかりながら目を閉じている。


「あの、江角さん……」


「あ、はい。なんでしょう」


 反応は至って普通だが、その冷静さがこの場では逆に不釣り合いだった。なにせ、俺たちはこれから切った張ったの殺し合いをするのだから。


「えっと、作戦とか、そういうのあったりします?」


「ありません。彼女の前ではそんなものは無意味なので、元々立ててもいません」


 ズバッと言い切った。まあ、念入りな準備をして返り討ちにあった過去を持つ彼女からすれば、そう言いたくもなるのだろう。


「『凶器の愛トリガーハッピー』には武器による攻撃は通用しませんが、武器で防御することはできます。私はこれで彼女の攻撃を凌いで、何とか隙を作ります」


 江角さんは腰に備え付けていた警棒を手に持つ。なるほど、それで殴ることはできないが、防御に使うことはできるらしい。それでも、気休めにしか思えないが。


「叶さんは付かず離れずの距離を保ちながら、私が作った隙をついて彼女を仕留めてください」


「……それって、江角さんが囮になるってことですよね」


「はい、そうです。彼女の美学とかいうわけのわからないもののお陰で、私は絶対に殺されないそうなので。本気で殺しにこないなら、いい勝負ができると思います」


 江角さんは俺に心配をかけまいと笑顔になる。

 四人の仲間と共に『凶器の愛』と戦った時、彼女だけは生き延びることができた。渚美都の美学に則れば、「殺し損ねた相手は、今後絶対に殺さない」らしいので、江角さんが殺されることはないのだろう。まあ、あの殺し屋をどこまで信じていいのかは疑問だが。


「っし、じゃーやるかー!」


 そのまま寝ちまうんじゃないかという程静かだった渚さんは、急に大声を出して飛び上がる。
 ……仰向けの状態から、腕を使わずに筋肉のバネだけで跳躍しやがった。どうやら身体能力も常人を遥かに超えているらしい。


「どっからでもかかってこいよ。ただし敵意を向けた瞬間、あたしはあたしの美学に従って、お前らを殺すぜ」


 朱里ちゃんは殺さないんだけど、と彼女は笑う。

 今まで相対してきたカワードとは、明らかに一線を画す余裕と佇まい。殺し屋としての自信か、はたまた異能への信頼か……どちらにせよ、渚美都から溢れる強者感は、攻撃を仕掛けるのを躊躇わせる。


「……叶さん、いきますよ」


 だが、江角さんは。
 彼女に完膚なきまでに叩き潰されたことのある江角さんは、毅然とした態度で前を見据えていた。その足には、一分の震えもない。

 ……戦ったこともない俺が、ビビッてどうする。


「っす……いきましょう」


 『凶器の愛』が美学に則り人を殺すのなら。

 俺は俺の目的のために――妹のために人を殺そう。

 それが、奴隷の役目なのだから。


「『噛み殺しハウンド』!」



 俺は右腕の獣を呼び起こす。
 皮膚は裂け、骨は軋み、肉は溶解し――露になった叶凛土の内側が、獣の産声と共に白く覆われていく。
 意識を持っていかれる激痛に耐え、無限の苦痛を刻まれ。
 右腕は――獣の頭へと変貌する。
 真っ白な異形へと。



「はーん。やっぱり変な奴」


 くくくっと笑う『凶器の愛』は、俺の右腕を見ても少しも動じない。それは隣にいる江角さんも同じだった。


「……!」


 戦闘開始の合図はなかった。いや、それで言うなら、渚美都が車の窓を叩いたあの瞬間から、江角さんは戦闘状態だったのだろう。

 『凶器の愛』との距離約百メートルを一気に詰めるように、江角さんは駆け出す。そのスタートダッシュを見てから、遅れて俺も追随する……って、足はええ。

 普段の物腰柔らかな態度や言葉遣いからは想像もできない速度で、江角朱里は猛進する。
 一瞬出遅れたとはいえ、全く追いつける気配がない。それどころか、彼女との距離は開く一方だ。


「そういう馬鹿正直に突っ込むところ、好きだぜ。美しくはないけどな」


 言って。
 渚美都は、腰から一丁の拳銃を取り出し、江角さんの両膝を撃ち抜く。


「……っ!」


 だが江角さんはその場に倒れこむことなく、すぐにバランスを立て直して走り出す。
 四脳会の特注品であろう防弾性のあるスーツは、中々の性能を持っているようだ……つーか俺にも着させろ。


「ありゃ。便利じゃん、その服」


 対して渚さんも慌てることなく、今度は俺に向けて銃口を構え、ノールックで射撃してきた。


「っぶねえ」


 撃ち出された弾丸を何とか食べ、俺はそのまま距離を詰める。


「へー、ちったぁやるな、変なのくん」


 渚美都は感心しつつも、次なる弾丸を撃ち込もうと右手で銃を構え直すが。


「はっ!」


 そんな彼女の腹部目掛けて、江角さんは飛び蹴りを繰り出した。
 『凶器の愛』には、あらゆる武器が通用しない。俺はまだその現場を目撃していないが、その身に染みているであろう江角さんは、徒手空拳で攻撃を仕掛けるしかない。

 しかし、渚美都は違う。


「相変わらずの健脚だな、朱里ちゃんは」


 彼女はその異能を余すことなく使うことで、美しい殺戮を目指している。素手の相手に武器を使うことを、美しいと自負している。


「おら!」


 飛び蹴りという捨て身の特攻に対し、渚美都はいつの間にか左手に持っていたナイフで応戦した。勢いそのままあの大振りの刃に当たれば、切り裂かれるのは目に見えている。


「くっ」


 だが、その刃先が江角さんの脚に届く前に、彼女は下半身を捻って無理矢理蹴りの軌道を変え、逆の脚で渚美都の脳天に踵落としを繰り出す。


「ちっ!」


 不意を突く攻撃の軌道修正は敵の頭を捉えるかに思えたが、渚さんは右手の拳銃をその場に捨て、手品のように袖口からもう一本のナイフを取り出した。


「っ!」


 江角さんはギリギリで踵落としの角度を変え、刀身の側面を踏み抜く。
 ナイフは右手を離れ、勢いよく弾き飛ばされていった。

 地面に着地すると同時に、江角さんは後方にステップして距離を取る。


「ははっ! 相変わらずやるねぇ!」


 『凶器の愛』は左手のナイフを握り直し、間合いを詰めて猛攻を始める。その見惚れてしまう程華麗な連撃は、確かに彼女が美学だと豪語するだけのことはある。

 しかし、江角さんの体捌きも全く引けを取っていない。彼女は上下左右から襲いくる凶刃を、時にはいなし時には躱し、警棒一本とは思えない防御を見せる。


「……」


 そして俺こと叶凛土はというと、そんな二人の女性の目まぐるしい戦いを、一定の距離を保ちながら傍観することしかできなかった。

 我ながら情けなさが極まっているが、しかしあそこに加わったところで足手まといになるのは明白だ。

 俺はただ、喰らいつく隙を待つしかない。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

HEAD.HUNTER

佐々木鴻
ファンタジー
 科学と魔導と超常能力が混在する世界。巨大な結界に覆われた都市〝ドラゴンズ・ヘッド〟――通称〝結界都市〟。  其処で生きる〝ハンター〟の物語。  残酷な描写やグロいと思われる表現が多々ある様です(私はそうは思わないけど)。 ※英文は訳さなくても問題ありません。むしろ訳さないで下さい。  大したことは言っていません。然も間違っている可能性大です。。。

ライカ

こま
ファンタジー
昔懐かしいRPGをノベライズしたような物語。世界がやばいとなったら動かずにいられない主人公がいるものです。 こんな時には再び降臨して世界を救うとの伝承の天使が一向に現れない!世界を救うなんて力はないけど、何もせずに救いを祈るあんて性に合わないから天使を探すことしました! 困っているひとがいれば助けちゃうのに、他者との間に壁があるライカ。彼女の矛盾も原動力も、世界を襲う災禍に迫るほどに解き明かされていきます。 ゲーム一本遊んだ気になってくれたら本望です! 書いた順でいうと一番古い作品です。拙い面もあるでしょうが生温かく見守ってください。 また、挿話として本編を書いた当時には無かった追加エピソードをだいたい時系列に沿って入れています。挿話は飛ばしても本編に影響はありません。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】先だった妻と再び巡り逢うために、異世界で第二の人生を幸せに過ごしたいと思います

七地潮
ファンタジー
妻に先立たれた 後藤 丈二(56)は、その年代に有りがちな、家事が全く出来ない中年男性。 独り身になって1年ほど経つ頃、不摂生で自分も亡くなってしまう。 が、気付けば『切り番当選者』などと言われ、半ば押しつけられる様に、別の世界で第二の人生を歩む事に。 再び妻に巡り合う為に、家族や仲間を増やしつつ、異世界で旅をしながら幸せを求める…………話のはず。 独自世界のゆるふわ設定です。 誤字脱字は再掲載時にチェックしていますけど、出てくるかもしれません、すみません。 毎日0時にアップしていきます。 タグに情報入れすぎで、逆に検索に引っかからないパターンなのでは?と思いつつ、ガッツリ書き込んでます。 よろしくお願いします。 ※この話は小説家になろうさんでアップした話を掲載しております。 ※なろうさんでは最後までアップしていますけど、こちらではハッピーエンド迄しか掲載しない予定です。

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...