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凶器の愛 002

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 五年の周期性をもって生まれるカワードは、深刻な被害を生みはするが、しかし四脳会によって大多数が討伐される。例えば2015年に生まれた奴らは、五年後の2020年までに、そのほとんどが葬られるのだ。

 しかし、四脳会でも殺しきれないカワードが、一定数存在する。
 その一つが――『最悪の世代』。

 今からちょうど十年前、2010年に生まれたカワード、その生き残りの総称。

 『凶器の愛トリガーハッピー』、渚美都。
 『巨獣モンスター』、周防すおうごう
 『速すぎる男ストップ』、神保じんぼ京介きょうすけ

 そして、『悪夢ブラックカーペット』、石島いしじま煉瓦れんが

 以上四名が『最悪の世代』と呼ばれ、今なお人類の脅威となり続けているらしい。


「……そしてその中の一人、『凶器の愛』が、今日のターゲットになります」


 俺を助手席に乗せながら車で走ること二十分。江角さんは車を住宅街の路肩に止め、ボーっと前を見ながら話し始める。

 運転しながらの会話はお気に召さなかったようで、何度か話しかけてみたものの華麗にスルーされたドライブだった。悲しい。


「その『凶器の愛』について、わかっていることはあるんですか? 能力の詳細とか」


 三人のカワードを倒してきたとは言え、その全てがギリギリで何なら死んでさえいる俺からしたら、相手の情報はあればあるだけありがたい。


「……彼女の能力は、とても厄介です」


 江角さんは缶コーヒーを片手に一息入れながら(絵になる)、俺の質問を聞いてくれる。しかしその表情は、どこか曇っているようにも見えた。


「彼女には、。武器に愛された存在、それが『凶器の愛』なんです」


「……それは、例えばその人に向かって銃を撃っても、ダメージを与えられないってことですか?」


「そうです。銃であるなら、銃身が壊れていたり、弾丸が横に逸れたりします。さながら、銃の方が彼女を傷つけたくないかの如く」


「……」


 武器に愛された存在、か。
 その能力が本当なら、そいつを無力化するためには己の肉体を使うしかなくなるのだろうか。


「こちらが武器を使えないのに対し、向こうはありとあらゆる武器を操ることができます。彼女もまた


「なんつうか、ザ・卑怯者って感じですね」


 相手は武器を使えるのに、こちらは使えない。それじゃあ蹂躙されるしかない。不平等の見本市、卑怯のバーゲンセール。


「そこで、あなたの出番です、叶さん。カワードの能力による攻撃なら、それは武器じゃありません。彼女にも通用するはずです」


「……」


 確かに俺の右腕、『噛み殺しハウンド』は武器ではない。この腕による攻撃を、『凶器の愛』は無効化できないだろう。

 だが、一つ問題がある。
 大きな問題が。


「期待してもらっているところ悪いんですけど、俺、普通に弱いですよ」


 そう、叶凛土単体の戦績で言えば、俺は三戦二敗。三回戦って二回死んじまっているのである。まあ結果だけ見れば右腕こいつのお陰で勝っているのだが、俺自身は全く活躍した気になれない。


「はあ……」


 案の定、江角さんは微妙な反応をしていた。彼女には俺の能力の詳細を教えていないので(橙理に口止めされている)、無駄に謙遜しているだけにしか映らなかったのかもしれない。


「……車止めてから随分経ちますけど、出さないんですか?」


「ああ、言ってませんでしたっけ。ここが目的地です」


 江角さんは缶コーヒーの一本目を飲み終え、二本目の蓋を開けた……いや、落ちついていらっしゃるけど。

 聞いてねえって。

 ここが目的地って言っても、菱岡市の外れ、住宅街のど真ん中である。こんな場所に、『最悪の世代』の一人がいるってことか?


「今日、『凶器の愛』が日本に戻ってくると連絡がありました。彼女は帰国すると、必ず地元に帰ってくるんです」


「はあ、地元ですか」


 ……って、おい。
 その地元って、もしかして菱岡市ここ


「……」


 俺は江角さんの目線の先に目をやる。ただボーっと前を見ていただけと思っていたのだが……まじか。

 彼女が見ていたのは、二階建ての一軒家。
 中流家庭以上の家族が住んでいるであろう、その家の表札は、「渚」。


「あれが、『凶器の愛』、渚美都の生まれ育った家です。彼女は恐らく、今日ここに現れます」


「……あの、そういう重要なことはもっと早く教えてもらっていいっすか……」


「あ、すみません。気をつけます」


 江角朱里のことを、俺はどうやら誤解していたらしい。第一印象から、彼女は大人のお姉さんで、しっかり者の仕事人間だと思っていたのだが、その評価は改めた方がよさそうだ。

 そもそも、彼女の所属は四脳会特殊対策二課。その実態は、カワードを掃討するいわば戦闘部隊なのだから、案外この人は脳筋なのかもしれない。


「あの、他になんか伝え忘れてることとかありません?」


 情報の聞き漏らしはそのまま命に関わる。俺も人間なんで死にたくありません。


「他……他ですか……」


 江角さんは懐から手帳を取り出して、パラパラとめくりだす。どうやらあそこに情報を書き込んでいるようだ。四脳会、意外とアナログである。


「……一応、彼女はのカワードなので、いきなり襲ってくることはないです。それと外見ですが、変わっていなければ髪は派手な紫でショートカット、身長は私と同じくらいですね」


「なんか……以前に会ったことがあるみたいな口ぶりですね」


 特に他意はなく発言したのだが、ぴくっと江角さんの眉毛が動く。
 そして深い溜息をついた。


「あの……」


「……前にも一度、彼女を討伐するチャンスがあったんです。その時は、私を含め五名のメンバーで行動していました。綿密に計画を練り、万全の準備を整え、作戦は成功するはずでした」


 江角さんは目を閉じたまま語る。
 過去の光景を鮮明に思い出すために。
 その悲痛を忘れないために。


「『凶器の愛』はそんな私たちを嘲笑うかの如く、とても見事な手際でメンバーを殺していきました。気づけば、生きているのは私だけ」


「……」


 数々のカワードを葬ってきた四脳会のメンバーですら、全く歯が立たなかったってことか。それも、入念に準備をした、五対一の状況で。


「私もここで死ぬんだろうと、そう思いましたが……。彼女の気まぐれで、何故かこうして生き恥を晒しているというわけです」


 江角さんは、初めて俺に笑顔を見せる。
 その笑顔は、死んでいった仲間たちへの罪悪感からか――少し、歪んでしまっていた。


「……そのべらぼうに強い相手に、今度は二人で挑むんですか。俺に期待しすぎてません?」


「もちろん、期待していますよ」


 ノータイムで返事をされた。

 まあ、弱音ばかり吐いていても状況は変わらないし、前向きに信頼されている方が精神的には楽か。
 それに元々、俺に選択肢などないのだ。

 相手がどんなに凶悪で強力だとしても。
 俺は、目の前のカワードを食べるだけ。
 それだけだ。


 コンコン。


 不意に、車の窓を叩く音が車内に響く。
 路駐を咎める警官かと思いながら、叩かれた運転席側の窓を見る。江角さんも同様に、首を横に向ける。


「……っ!」


 窓の向こうには、紫の髪をした女。
 彼女はジェスチャーで窓を開けるよう要求し、江角さんはそれに従った。
 外の新鮮な空気と一緒に、女の声が車内に届く。



「よー、朱里ちゃん、久しぶり。元気してた?」



 そんな、久方ぶりの旧友との再会を楽しむような口ぶりで。

 『凶器の愛』――渚美都は、唐突に現れたのだった。



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