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神と奴隷と卑怯者 005

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 立花日奈。
 俺と同じく菱岡大学に通う三年生で、オカルトサークルのサークル長。
 そして、『曲がった爪ネイリスト』の被害者候補。


「へー、凛土くん経済学部なんだ。私商学部だから、授業被ってるかもね」


「……そーね」


 俺と立花は場所を移し、近くのファミレスに入店した。昼飯を済ませていないという彼女は、スパゲッティにピザにハンバーグと、中々のフードファイターっぷりを見せる注文をする。
 対して、俺はハンバーガーで多少腹は膨れているし、何より金欠なので、何も頼む気はない。


「凛土くん、食べなくていいの?」


「気にせずどんどん食べてくれ。匂いだけで充分」


「そう。なら遠慮しないけど」


 立花は恐らく、変人だ。

 俺も人のことは言えないが、彼女はまた別ベクトルの変人である。直前まで後を付けてきていた見知らぬ男と、こうしてテーブルを挟んで食事をしているのだから、大分変わっている。

 それ程、カワードについて知りたいということなのかもしれない。あのビルの存在を知る者と、話をしたいという欲求。

 知的好奇心。

 人間を滅ぼすのはいつだって自身の欲なのだが……彼女はまだそれを知らないらしかった。


「で、凛土くんはどうして彼女を探してるの?」


 立花は届いたピザを切り分けつつ、疑問をぶつけてくる。

 さて、どう答えたもんか。
 とある男子学生の奴隷をやっていて、その命令で探しているなんていう荒唐無稽な話、信じてくれるだろうか。

 ……仮に信じてくれたとして、他の弊害が生まれそうだけど。


「俺も、カワードに興味あってさ。俺って言うか、まあ知り合いの方が興味あるんだけど……。ビルのこともそいつから聞いたんだ」


「ふーん。その知り合いって、うちの学生? 是非オカルトサークルに招待したいね」


「うちの一年だけど、あいつはサークルとかには全く興味ないよ。人とつるむってことをしないし」


「でも凛土くんとは仲いいんだ。似た者同士なのかもね」


「勘弁してくれ……」


 あいつと似た者同士とか。
 笑えない冗談だ。


「ちなみに、何ていう子なの? うちのサークル人が少なくてさ、一応アタックしてみたいんだよねー」


 まあ、名前くらいなら教えてもいいか。あいつも実際に大学に籍を置いているわけだし、何かの気まぐれでサークルに入るかもしれない。

 立花に突撃されて困ってしまえというのが本音だが。


「一年の、天津橙理って奴なんだけどさ。まあ、変な奴だから話しかける時は気を付けて……」


 ぼとっと、立花が食べかけのピザを机に落とす(汚い)。
 その顔には、驚愕の二文字が浮かんでいた。


「……今、天津橙理って言った?」


「え、ああ。そうだけど」


 何だ、知ってるのか。
 まあ、あいつの学生生活がどんなものかは知らないけど、碌なことをしていないのは明白だ。すでに悪名が轟いているのかもしれない。


「嘘でしょ、あの天津くんと知り合い⁉ それにカワードについて調べているなんて、これはもう運命だわ!」


 思っていた反応と違いすぎた。

 え、何?

 もしかして、喜んでいらっしゃる?


「天津君と言えば、あの美貌でファンクラブまでできている超有名人! しかもその素性は謎に包まれていて、留学生だとかハーフだとか、謎が謎を呼んでいる。かくいう私もそんなミステリアスな彼のことを調査してみたけど、結果は散々だったの……。そう、彼こそ菱岡大学の生けるオカルト!」


「……」


 ファンクラブなんてあるのか、あいつ。それは知らなかった……今度おちょくってみよう。

 にしても、「生けるオカルト」という表現は言い得て妙だ。と言うか的を射すぎている。


「是非うちのサークルに欲しい人材だわ。カワードに興味があるというのならなおさら! 凛土くん、天津君のこと紹介してくれないかな?」


「……まあ、一応あいつに確認してみるよ」


 絶対にサークルなんかに入らないとは思うが、ダメ元で訊いてみよう。とりあえずは立花に友好的な態度を取っておいた方がいいだろうし、無下に断れない。

 彼女には、確かめなければならないことがある。


「……立花は、どこまで知ってるんだ? 『曲がった爪』のこと」


「んー、そんなに詳しくは。外見が私に似ているってことと、殺人容疑で手配されているってことくらいかな」


 殺人をしていることまでは、知っているらしい。
 その上で、彼女は『曲がった爪』を探しているのか。


「……怖くないのか? 相手はただの殺人犯だぜ」


「うーん……怖いと言えば、少しは怖いのかな。でも、知的好奇心の方が勝っちゃってるのよねぇ。一体どんな力を持っているのか、気になって夜も眠れないわ」


 やはり、立花はわかっていない。
 これが普通の殺人犯だったら、そもそも会いたいとも思わないのに……カワードという題目がつくだけで、それが特別なもののように感じてしまっているようだ。

 あいつらも、元はただの人間で。

 カワードになった後も、人を殺せばただの殺人犯だということに。

 気がついていない。

 奴らは、ただの卑怯者だ。


「凛土くんは、カワードに会ったことある?」


 二皿目のスパゲッティをたいらげ、立花は訊いてきた。同じカワードを追う者同士、それが気になっているというのが本音だろう。

 まあ、いいか。

 特に隠しているわけでもないし、『曲がった爪』の居場所を特定できた彼女なら、少し調べればわかることだ。


「俺は直接見たわけじゃないんだけどな。ちょっとは関わりがあるって感じ……。ほら、先月の頭に菱岡で襲撃事件があったじゃん?」


「あー、かなり被害が出たって噂になってるよね。えっと……『悪夢ブラックカーペット』っていうカワードが犯人なんだよね」


 さすが、よく知っている。あの事件についての内情はかなり規制されているので、オカルトサークルの面目躍如といったところか。

 俺は僅かに残った水を飲み干し、ありのままの事実を話す。


「あの事件に巻き込まれて、俺の両親は殺されたんだ」




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