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神と奴隷と卑怯者 004
しおりを挟むしかしまあ、いきなり「あなた、今日襲われるらしいですよ」と声をかけたところで、俺が国家権力のお縄につくのがオチだ。それだけは避けなければならない。
だからやれることと言ったら、ストーカーよろしく目の前の女性の後をつけることだけなのだが。
「……」
被害者候補の女の子……A子ちゃんとでもしよう。A子ちゃんをよく見ると、俺と同い年くらいで、別段変わったところもない普通の人だ。
あの雑居ビルのテナントのうち、彼女の用がありそうなのはカラオケくらいだった……他は名前も知らない会社のオフィスや、消費者金融とかだったし。
一人でカラオケに行って、例のカワードに目を付けられたと考えるのが妥当か。
「……」
A子ちゃんと俺は繁華街を抜け、住宅街の中を歩いている。尾行なんて生まれてこの方やったことがないので心臓バクバクだが、多分ばれていない。意外と探偵の素質があるのかもしれなかった。
まあ、こんな真っ昼間に尾行するアホもそうそういないだろうし、A子ちゃんも警戒していないのだろう。警戒と言えば、橙理によると彼女が襲われるのは夜らしいので、今から気を張り過ぎても意味は薄いのだろうが。
「ふう……」
俺は彼女と距離を取りつつ、携帯を弄る。
別に人助けをしたいわけではない……むしろ、俺はカワードをおびき寄せる囮としてA子ちゃんを利用しているのだ。
もちろん、被害がない方がいいに決まっているが。
しかし他人の幸せのために動けるほど、俺は人間ができていない。
結果論として人助けになるかもしれないが、それは正直どうでもいいのだ。俺が重要視しているのは、ただ一つ。
妹の――叶凛音のことだけ……。
「あの、さっきから私のことつけてます? 警察呼びますよ?」
「……」
ばれた。
どうやら、女子のレーダーと言うのは昼夜問わず敏感らしい……気づけば、電柱の陰に隠れていた俺の眼前に、A子ちゃんがいた。
手には携帯を持ち、いつでも通報できる姿勢である。
「いや、あの……」
どうするか。
正直に話してもドン引かれるだけだし、さりとて他に上手い言い訳も思いつかない。警察に通報されるのを避けるだけなら、今この場からダッシュで逃げ出すのが吉か。
「えっと……おんなじ大学に通っている子に似てて、つい後ろ姿を追いかけてしまったというか……。その子はえらく親切にしてくれて、行き倒れそうだった俺に食べ物を恵んでくれたんだ」
一応ダメ元で言い訳を試みる。我ながら何の誤魔化しにもなっていない。
「私、不審者に餌付けする趣味はないので、人違いです」
A子ちゃんに警戒を緩める気配はない。
むしろ強まった感がある。
「一応、菱岡大学ってところに通ってるんだけど……人違いだったかな、ごめん」
怪しい者でないことを示すために、大学生だという身分を明かす。ただ学生証なんて持ち歩いていないので、証明するものは何もないが。
「……私も、菱岡ですけど。でも、あなたと会ったことなんてやっぱりありません。新手のナンパですか? だったら間に合っているので、失礼します」
ナンパが間に合っているというのは中々どうして結構な自信だ。まあ、この至近距離まで近づいて顔を見れば、橙理程ではないにしろ整った目鼻立ちをしている。つーか同じ大学だった、偶然ってステキ。
「……」
少しして、気づく。
俺の右腕が、僅かながら反応していることに。
お互いの顔がはっきり認識できる距離になって、ようやくわかる程度に微量だが。
この子から――卑怯者の匂いがする。
「あの……つかぬことを伺うけど、今から一時間以内に二十代くらいで黒髪ロングヘアの女性と会ったりした? 特に門倉の繁華街にある四階建ての雑居ビルとかで」
俺からの具体的すぎる気持ちの悪い質問を聞き、A子ちゃんはブルっと身震いする。
大分怖がらせてしまったらしい……そりゃ、見ず知らずの男からこんな意味不明なことを訊かれれば、誰だって怖いか。申し訳なさがMax。
「……あなたも、もしかして彼女を探しているんですか?」
「……へ?」
危害を加えるつもりはないことをわかってもらいたいななんて思案していたら、思わぬ返答に間抜けな声が出てしまった。
改めて観察すると、A子ちゃんは恐怖に身震いしているのではなく、その目はらんらんと輝いているように見える。
「彼女っていうと……えっと」
最悪の可能性が頭に浮かぶ。そしてこういう場合の最悪は、往々にして当たってしまうものだ。
「もちろん、今菱岡市を震撼させているカワード、『曲がった爪』ですよ」
「……」
予想的中。A子ちゃんは恐らく、カワードに興味津々でたまらないタイプの人間だ。酔狂なことに、そうした層は一定数いるらしい。
普通の人間とは違う異能の者……確かに、それだけ聞くとその存在に近づきたくなる気持ちもわからないでもないが、あいつらはやべーのだ。興味本位で手を出していい相手ではない。
実際に見たことがあれば、二度と関わりたくないと思うのが正常なのだが。
「えっと……まあ、そんな感じかな。……あのビルのこと、誰から聞いたんだ?」
例の雑居ビルに『曲がった爪』が潜伏しているらしいという情報は、世間に大っぴらに知られてはいないはずだ。何せ橙理からの情報である。出所を聞くのも憚られるくらいだ。
「私は菱岡大学オカルトサークルの代表ですから。そういう情報はいち早くキャッチできるんです」
「……」
これまた一定数存在する、カワードをオカルト的な何かに結び付けるタイプの人間だった。まあ神様が関わってもいるので、あながち間違いとは言えないけど。
だが、現実の犯罪として被害が起きている以上、事をオカルトと片付けては危険だ。それもこれも、四脳会の連中が報道規制を敷いて詳しい内実を教えないからなのだろうが。
「その彼女を見つけて、あんたはどうするつもりなんだ?」
「どうするかはその時にならないとわかりませんけど……ただ、私はこの目で見てみたいんです。カワードと呼ばれる人たちが、一体どんな神秘的な力を持っているのか、確かめずにはいられません!」
語気が強くなる。どうやらうちの大学のオカルトサークル長は、カワードにかなりのお熱らしい。
「あなたも、そうじゃないんですか? あのビルについて知っているということは、かなり彼女について調べているってことですよね?」
「まあ、そうなんだけどさ」
仲間を見つけたみたいな純粋な目で見ないでほしい。俺は間違ってもあんな奴らに興味本位で会いたくないし、まして命令がなければ一生関わりたくもないんだから。
「では私たちは同士ということですね! 改めて、私は菱岡大学三年の立花日奈です。よろしく!」
「……三年の叶凛土です……よろしく……」
こうして。
俺は今日殺されるかもしれない女の子と、なし崩し的に知り合いになったのだった。
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