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対抗戦 002
しおりを挟む「さあ、戦いの火蓋が切って落とされました! 最初に動くのはどちらだー! やはり血気盛んな弟、ウィグ選手か! それとも『業火のエド』が兄の威厳を見せつけるのかー!」
レジーナさんが盛り上げてくれるが、しかし僕から動くことはできない。
ただじっと剣を構え、エドの出方を窺う。
「クククッ……いよいよ始まったな、ウィグ。あの日の屈辱を晴らす時がきて、心の底から嬉しいよ。先に言っておくが、降参なんて野暮な真似はするなよ? 俺が満足するまで倒れることは許さない……ああ、違うな。倒れてもいいが、あの女は死ぬってだけだ」
「……」
「まずは軽く炙ってやろう……もちろん剣で防御はするなよ?」
こちらににじり寄りながら、エドは笑う。
僕らの会話が映像水晶に乗ることはない……存分に八百長ができるという算段だ。
「ただ棒立ちってのもいただけないからなぁ……精々自然に演技して見せろ。【業火の息吹】――《灼熱砲》!」
エドの全身から橙色の炎が噴き出し、火球が放たれた。
「ぐっ……」
剣で防ぐ動作を見せながら、実際には身体に直撃させる……まずい、かなり痛いな、これ。
火炎の熱が痛覚を倍増させ、一撃で意識が飛びそうになる。
「まず動いたのは『業火のエド』だー! ウィグ選手は剣での防御を試みましたが、火球の速度に間に合わなかった様子です! 痛そう!」
「はははっ、あのうさぎ耳の女性も中々よく見ている……これからお前の無様な姿を大衆に向けて伝えていくと思うと、心が躍るよ」
レジーナさんの実況を聞き、さらに口角を上げるエド。
「お次はこれだ! 《灼熱蜘蛛》!」
放たれた炎が網の目状に広がり、僕の身体に纏わりつく。
四肢を押し広げて網に絡められないようにするが、細い糸状の炎が腕を焼き脚を焦がす。
「くぅ……」
「ははははっ! まるで蜘蛛に捕らえられた羽虫だな! だが安心していいぞ、ウィグ。火力は最低まで落としてある……まだまだ楽しませてほしいからな」
確かに、あの人が本気を出していたら既に二回死んでいた……だからと言って、感謝する謂われはないけれど。
僕は無理矢理力を込め、広がった網の目から抜け出す。
「おい、誰が抜け出ていいと言った?」
「……これ以上捕まってたら不自然だからね。指示通り、剣は使ってない」
「ふん、減らない口だ。だったらそのご自慢の剣で俺に斬りかかるがいいさ……ただし、しっかり反撃を受けるんだぞ」
なるほど、次はそういう趣向か。
面白くもないが、とことん付き合うしかない。
「はあああああああ!」
威勢よく剣を振りかぶり、エドに突撃する。
が、もちろん攻撃の意志はない。
さながら、飛んで火にいる夏の虫だろうか。
「おら! 《灼熱棘赫》‼」
火炎が渦を巻き、一直線に伸びてくる。
鋭く尖った炎は岩をも貫く……いわんや人の肉体を、だ。
必然。
僕の左腹部は、いとも簡単にぶち抜かれた。
そりゃもう豆腐でも崩すみたいに。
「――いっ――――っ」
ぬめりとした痛みが患部から伝わり、全身の制御が一瞬、利かなくなる。
結果、僕は無様にもその場に転げてしまった……ああクソ、痛いな。
「かっ――はぁ――」
激痛で呼吸が乱れる。
ともすれば心地よいと錯覚しそうな温みのあるエキタイが地面に染み込み、摩耗する意識をより混濁させる薬となる。
このまま沈めば――
――楽に、
「――――っ!」
ダメだ、溺れるな。
急所を掠めたが、気を強く持てば全然問題ない。
痛みを忘れろ。
痛みに鈍くなれ。
そんなこと、あの四年間でいくらでもやってきただろ――
「――――――ぐっ」
拳を地面に叩きつけ、意識を引っ張り戻す。
……大丈夫、僕はまだ、大丈夫。
「悪いな、少しばかし狙いがズレたみたいだ……詫びと言っちゃなんだが、止血くらいはしておこうか」
「……ぐああああああああああああああああ⁉」
貫かれた腹部に炎を照射される。
人肉の焦げる嫌な臭い……せっかく戻した意識がバチバチと焼き切れ、存在と非存在が混じり合う。
「肉を焼いて止血してやったが、観客から見ればとどめの一撃に見えるだろうな……でも、これで終わりじゃつまらない。早く立ち上がらないと、あの女は死ぬぞ?」
「はあ……はあ……」
深刻な熱傷――問題なし。
途切れる呼吸――オールグリーン。
激痛に伴う意識混濁――むしろ好都合だ。
身体は動く。
立て、ウィグ・レンスリー。
僕が倒れたら、エルネが殺されてしまう。
「おおっとウィグ選手、立ち上がったー! あまりにも一方的な蹂躙に会場もヒヤヒヤですが、まだ心は折れていないようです! さあ、ここから意地を見せることはできるのでしょうか!」
盛り上がりに欠ける展開を憂いてか、レジーナさんが熱を上げて実況する。
その期待には応えられないが、さりとて倒れるわけにもいかない。
「はあ、はあ……ふー……」
心は折れていない、だって?
元より折れる心など持ち合わせていない。
僕の心は、既に粉々に砕かれてバラバラになっているのだから。
でも。
そんな砕けた欠片を、掬ってくれる人たちがいる。
救ってくれる仲間がいる。
好くってくれる友がいる。
それが――どれだけありがたいことか。
とっくの昔に、わかっていた。
ただ認めるのが怖かった。
信じるのが怖かった。
信じられるのが怖かった。
必要とするのが怖かった。
必要とされなくなるのが――怖かった。
「……」
剣を取り、構える。
「いいぞ、ウィグ。俺はまだ満足してないからな……そうだな、次は無様に逃げ回ってもらおうか。うさぎが猛獣から逃げ惑うが如く、憐れに走り回るがいい。呆気なく死なれても困るから剣を使って防いでもいいぞ。ほら、走れ! 《灼熱砲》!」
「くっ……」
ふらつく身体に鞭打ち、言われた通りに走る。
飛んでくる火球を斬り捨てながら、ひたすらに。
「ほらほらほらほら! もっと必死に! もっと意地汚く! 走れ走れ! はははっ!」
「はあっ、はあっ……くっ……」
足がもつれる。
肺が痛み、呼吸が止まる。
「はははははっ! 実に、実に滑稽だよ! 俺はこれが見たかったんだ! 生意気なガキが無様に地を這い、逃げ惑い、ボロボロになっていく様を! なんて惨めなんだ、ウィグ! やっぱりお前はレンスリー家の面汚しだ! 『無才』の出来損ないが! 無能の汚物が! まぐれで俺に一太刀浴びせて強くなったつもりか? 非公認ギルドなどというゴミ溜めでいい気になって、底が浅いんだよ! 少しばかり剣を振れるからって調子に乗ってるんじゃない! お前は! ただの! 弱者で! 無能だ!」
エドの高笑いが響く。
それに呼応するかの如く、会場がうねり出した。
なんだよクソザコじゃねーか! 金返せゴミ! さっさと負けちまえ!
期待して損したぜ! 非公認ギルドが出しゃばるな! 早く降参しろ!
つーか何で剣? 「無才」なんじゃねーの? 嘘だろふざけんなよ!
ほんとみっともない! あれで代表ってマジ? 何がレンスリーだ面汚し!
負けろ! 負けろ! 負けろ! 負けろ!
まーけろ! まーけろ! まーけろ! まーけろ!
マーケロッ‼ マーケロッ‼ マーケロッ‼ マーケロッ‼
遠くなりかける意識の膜に、辛辣な言葉が纏わりつく。
「聞こえるか、愚かな弟よ! 最早この会場でお前の勝利を願う者など誰一人としていない! なんて憐れな男だ! スキルを持って生まれなかった時点でお前の運命は決まっていたのさ! 己の無力さを嫌というほど痛感しろ! 俺に恥をかかせ、『明星の鷹』に歯向かったことを後悔するがいい! はははははっ‼」
飛んできた火球を間一髪で躱し、何とか体勢を立て直す……が、次々に放たれる火球の全てには対応できず、数発もろに食らった。
痛みはとうにマヒしたが、身体が思うように動かない。
自分でも笑えるくらいボロボロで、滑稽極まりない。
「倒れるには早いぞ! もっと楽しませてくれ!」
「っ……」
蹂躙は続く。
歴史ある対抗戦は、弱者をいたぶる殺戮ショーへと変貌した。
救いのない絶望、先の見えない暗雲。
けれど――それでいい。
僕は全然、辛くなんてない。
だって。
僕には、信じられる仲間がいるのだから。
そして僕もまた。
同じように、信じてもらっているはずなのだから。
「……ちょっと火力が足りないんじゃない? 子どもの火遊びは終わりにして、本気できなよ、エド」
精一杯格好をつけて、僕は言う。
大見得を切り、大胆不敵に。
僕は負けない。
エルネを取り戻すまで。
ナイラがエルネを助けるまで。
僕は――絶対に負けない。
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