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16.勝利者

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「ヤカサッ!!ノミホが来たぞ!!
 女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノームがお前と共に戦うために!!」
勢いよく扉を開け、ノミホは叫んだ。
まだ間に合うか、ヤカサよ。
いや、間に合う――そうに決まっている。
いつだって、ヤカサは頼れる男だった。

「クク……遅い登場でしたねェ……もう、勝負は決まってしまいましたよォ!?」
その期待を打ち砕くように、邪悪なる魔術師の低く落ち着いた声が聞こえる。

スタッフルームに突入したノミホは見た。
殴り倒された9つの頭を持つ怪物、
顔面を重点的に殴られた後にロープで縛られ、地に伏す邪悪なる魔術師エメト。
そして、疲労した己の身体を玉座に預けるヤカサ。

「嘘だろ……」
「おお……ノミホ……」
ノミホの姿を認めたヤカサが玉座から手を振る。

「ヤカサ、お前、こういうので普通に勝っちゃう奴なんだ……」
「うん……すげー頑張ったら普通に勝てたわ……」
「あー……そうなんだ」
「うん……」

((うわ~……気まずっ!))
2人の心は1つだった。
最終決戦である、どう考えても1人で勝てるものではない。
ノミホはヤカサの最大の危機を救うことを考えていたし、
ヤカサは自分が斃れた後に、ノミホが敵を討つものだと思っていた。

だが、これが現実である。
こういう最終決戦で、
1人で挑んだ方が相棒の到着を待たずに普通に勝つこともあるのだ。

「……あー、そういえば、
 このゲロトラップダンジョンに、戦略魔導兵器が撃ち込まれて消滅するんだが」
「私の自宅消滅するんですか!?」
「お、おお!そりゃ大変だな!!」
叫び声を上げる邪悪なる魔術師エメトを尻目にヤカサは声を弾ませる。
不謹慎ではあるが、何かしらのビッグイベントがあっても良いだろう。
ノミホはスマートフォンを見て、絶望的な事実を告げる。

「あと8時間残ってる」
「あー……タイムリミット系でこんな余裕あることってあるんだ……」
「うん……」

あらゆる危機感を煽るイベントが、消化不良で終わろうとしていた。
ある意味でそれこそが2人に訪れた最大の危機であった。

「クク……お忘れですか?」
だが、その時、邪悪なる魔術師がうつ伏せで言った。
「なにっ!?」
「テメェ……何を残してやがる!!」
言葉とは裏腹に、2人の表情には喜悦のそれがある。

「貴方のお父さんですよ。
 いや、貴方のお父さんも含めて、
 ゲロトラップダンジョンの地下で奴隷の棒をぐるぐると回している人たち、
 と言うべきですかねェ……」
「奴隷棒回しルームに行くまでにも何らかの罠があるってのかよ!」
「……奴隷棒回しルーム?」
ノミホはヤカサの端的なまとめ方に疑問を覚えたが、
大した問題ではないと思い直す。

「クク……奴隷棒回しルームは私の借金奴隷達が、
 棒をぐるぐる回して気分を悪くして嘔吐するのを直接見学しに行く部屋……
 移動の面を考慮して、特に罠は仕掛けていませんが」
「スタッフルーム行く途中にクソ罠を仕掛けてた奴がほざいてんじゃねぇ!!
 じゃあ、お前が飼いならした魔獣でもうようよいやがんのか!?」
「そういうのって通称、奴隷棒回しルームって言うのか……?」
気づけば、既にノミホが疑問を差し挟む余地は無かった。
物語の落とし所を求めて、会話は燃え上がる。

「いえ、魔獣とかも特にいません……人によく懐く柴犬は1匹いますが」
「地獄の番犬ケルベロスみたいな奴飼えよ!!じゃあ、なんだよ!!」
「いえ、お忘れではないかなぁと思いまして」
「忘れるわけねぇだろ!!物語が盛り上がらなくても親父はちゃんと助けるわ!!」

息を荒げながら、ヤカサは玉座から立ち上がった。
8時間とは言え、時間制限は時間制限、急いだほうがいいだろう。

「待て、ヤカサ……大丈夫か。肩を貸すぞ」
立ち上がったヤカサに駆け寄るノミホ。
「いや、結構思ったよりも大丈夫だった……
 30分バスケの試合をやった後ぐらいの疲れはあるが、怪我はない」
「そんなもんなんだ」
「ああ……そんなもんだった」
「クク……アルコールに弱いと聞いていたので、
 一杯呑ませれば勝利だと思ったら、普通にその一杯にすら届きませんでしたよ」
「お前、結構強かったんだなぁ……」
「ノミホが強すぎるだけだよ」
ヤカサの言葉にノミホが微笑する。

「なんかおかしいか?」
「気づいてたか、ヤカサ?
 ビュッフェの時から力から抜けてると私のことを名前で呼んでる。
 女騎士、じゃなくてノミホって」
「あっ、あぁ……そういや、そうだな」
別に大したことじゃなかったはずなのに、
こうやって面と言われてみると、少しだけ顔が熱くなる。
お前と呼んだ時の方がよっぽど距離感が近いはずだったのに。
ヤカサは少し顔を背けて、最後に付け加えるように女騎士と呼んだ。

「ノミホって呼べ、ヤカサ。
 気づかずに呼ぶんじゃなくて、私の顔を見て、しっかりと、私を意識して、
 私の名前を呼んでみろ」
「なっ……」
恥ずかしいことではない、相手の名前を呼ぶだけだ。
なのに、ヤカサは顔を背けたまま、ノミホの方に頭を動かせない。
怪物に独りで立ち向かうことよりも、よっぽど勇気がいる。

「た、大したことじゃないだろ……」
さっきの言葉にはからかうような余裕すら見えたのに、
いつまでも動かないヤカサを見てか、ノミホの声も震えだす。
顔を背けているヤカサにはわからないが、
もし彼女の顔を見たら、ヤカサと同じ熱を有しているのかもしれない。

「あ、ああ……大したことじゃないな」
ノミホに闇の力に迫られた時の比ではないぐらい、ヤカサはよっぽど緊張していた。
あの時のノミホはただの浮かれた馬鹿で、発したのもノミホの言葉ではなかった。
でも今のノミホは、ノミホ自身の言葉を発していて、
だから、ヤカサもヤカサ自身の言葉で応じなければならない。
意識しなければ、どうということはないというのに。
はっきりと、意識して、目の前の相棒の名前を呼ばなければならない。
いや、呼びたいのだ。

「ノミホ」
「ああ、ヤカサ」
酩酊ではないもので、2人の顔は赤く染まっていて、
散々に見てきた顔が、今は直視できない。
それでも、ヤカサは言った。

「ノミホ、来てくれてありがとう。俺の相棒」
「ヤカサ、待っていてくれてありがとう、私の相棒」

2人は互いの右手を差し出し、強く握り合った。
この手よ離れないでくれと祈りながら、強く、強く。
そして、少し経ってから、ヤカサは手をほどき、今度は左手を差し出した。
ノミホは頷き、ヤカサと手をつなぎ、地下に向かった。

2人は最強で、それからは何も大したことは起こらなかった。
柴犬を撫で、地下に閉じ込められた人たちを解放し、
ゲロトラップダンジョンが全ての命を吐き出すのを待ってから、2人は外に出た。
ヤカサの父親が待っていて、深く頭を下げて、
ノミホはあわあわとしながら、頭を下げ返した。

それから、戦略魔導兵器が始動するまでの間、
2人はジュースを片手に話し続けた。
つまらないことも、他愛ないことも、しょうもないことも、何もかもが楽しい。
ヤカサの父親はビールを片手に静かに2人の話を聞き、時折ヤカサの話をした。

夜の闇が薄らいで、朝日が昇り、ヤカサの父親が帰っても、2人は話し続けた。
微睡みが2人の顔を撫ぜて、少しうとうとし始めた頃、
とうとう、2人は見た。

ゲロトラップダンジョンが戦略魔導兵器が放つ破滅の光で綺麗に消滅していく。
柴犬が吠え、エメトが叫び、嘔吐九頭竜《ハクトゥルー》が驚きの表情を浮かべる。

「綺麗だな……」
「ああ……」

2人はこの光景を永遠に忘れることはないだろう。
強く握ったこの手の感触と共に。
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