上 下
46 / 48
過去の話

46*

しおりを挟む
 フロントから電話があって正仁がやってきた。ホテルマンが出て行って、ドアが閉まるなり正仁は土下座した。
「うちの息子がご迷惑かけてすみません」
 静は慌てて「迷惑なんてかけられてません。むしろ、私の悩みを柊里君に聞いてもらってたんです」と正仁に駆け寄り土下座を止めるよう促した。
「お父さん、僕、静さんの番になって静さんの優秀な遺伝子を持った跡継ぎのアルファを生みたいと思って。いいよね」
 正仁は青ざめて言葉が出ない。
 静は見かねて「ほら、お父さん、困ってるでしょ。柊里君も今日はお父さんと帰りなさい」ととりなした。
「お父さん!!」
 柊里が叫ぶ。正仁は、はっとして、また土下座する。
「うちの柊里で良ければ、どうか番にしてやってください」
 静は途方に暮れてしまった。正仁の土下座を止めさせ、ソファーに座らせる。慌てて来たため正仁は汗だくだったのでミネラルウオーターを注いで渡した。
 今までの事情を静が正仁に説明した。徹に番ができて、番が妊娠していることは正仁も噂で聞いていたようだ。
 正仁は「徹さんの子は優秀とは思いますが、伊集社の跡取りではありません」と言い切った。
「やはり、静さんのお子が継ぐべきです。静さんなら番になりたい素晴らしいオメガの方がたくさんいるでしょうが、うちの柊里も親馬鹿ですが美しく優れたオメガです。私達のようなベータ夫婦に生まれてきたばかりに引きこもりにさせていますが……」
 正仁も泣いていた。
 静は思案した。徹と子作りをする気にはもうなれなかった。番のオメガを探すとしても……柊里よりいいオメガに出会えるだろうか? 柊里に恋愛感情はないが、弟のような家族愛はある。柊里が番持ちになったら引きこもっている必要はなくなる。自分の番であれば、自分の経済力で大学や専門学校など柊里の希望に沿った進学もさせられる。希望するなら伊集社に就職させることもできる。それは柊里にとってもいい話ではないか。
 震える声で静は言う。
「柊里君と桐生部長が良ければ、柊里君に番になって、私の子を生んで欲しいわ」
 柊里は笑顔になる。
「ありがとう、静さん」
 正仁は「静さん……すみません……助かりました……桐生家の……命の恩人です……」と頭を下げながら泣き続けた。

 柊里はそのままホテルに残り、正仁は帰宅した。静は自宅に戻らず、ホテルから出勤した。柊里はホテルで勉強したり、読書したり、下読みのバイトをしたりして過ごした。静が帰ってくると、一緒にルームサービスで食事をとり、文学について語った。仲の良い姉弟のような関係だった。甘い愛の言葉はないが信頼関係はあった。別のベッドで安らかに眠った。

 体が火照って熱くなってきた。
ーーヒートが来そうです
 静にメッセージを送り、シャワーで身を清めた。髪を乾かし、全裸でベッドに入って待った。
 仕事を切り上げ静は早めにホテルに戻ってきた。柊里のフェロモンが充満している部屋の中で、静はラットになった。静の体液が注ぎ込まれると柊里は自分の体が喜んでいるのを実感した。柊里のうなじに静の犬歯が食い込んだ時には、柊里は生まれてきて一番幸せと思った。
 ヒートの期間、柊里のフェロモンが強くなると静は体液を注いでくれた。そうすると柊里の火照りが収まり、柊里はぐっすり眠った。柊里は体の中いっぱいに静の薔薇の香が広がるのを感じ、体が清められているように思った。抑制剤を飲むよりずっと幸せなヒート期間だった。

 ヒートが終了し、うなじの歯形も固定したのを確認して、静は一度柊里を正仁の家に連れ帰った。家には忍が帰ってきていた。忍は静に頭を下げお礼を言った。
「柊里を番にして頂き、ありがとうございました」
 そして柊里を抱き締め「柊里、ごめんね。お母さん、弱くてごめんね」と涙ながらに謝った。
 柊里は「僕こそ、ごめんね」とポツンと言った。
 静は正仁に役所に番届を出したと報告し、自宅に柊里の部屋を用意するので引っ越しの準備して欲しいとお願いした。

 静は自宅に戻り、徹に桐生柊里を番にしたと報告した。徹は再度離婚について話をしたが、柊里はまだ15歳で結婚できない、ひとまわり年下で桐生部長の息子ということもあり、下種な勘ぐりをされる恐れがあるため、番にしたことは柊里が成人するまで公表するつもりはなく、隠れ蓑にするため、まだ離婚には応じられないと冷たく言った。
 柊里を自宅に住まわせると話すと徹も番の所に行くと別居になった。

 柊里は番になった時のヒートの性交で妊娠していた。静は社長業で多忙なため、忍が身の回りの世話を担当した。忍は心の負担がとれたためすっかり元気になり、喜んで柊里の世話をした。
 検診で双子ということがわかった。柊里のほっそりした体に対して、お腹が異様に大きくなった。妊娠28週で流産しそうになり入院した。産婦人科医が静に説明した。
「バース不適合妊娠が疑われます」
「?」
「双子なのですが、2卵性でアルファとオメガでバースが違うようです。それにより不適合があり、流産しそうになったと思われます」
「柊里は……子供は……大丈夫ですか?」
「絶対安静で、できるだけ妊娠を継続しますが、急変はありえます。緊急時はアルファのお子さんの命優先でいいですか?」
「!! いえ、母体優先で」
「……そうですか。わかりました」
 こんな所にもオメガ差別があるんだなと静は痛感した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

上司と雨宿りしたら、蕩けるほど溺愛されました

藍沢真啓/庚あき
BL
恋人から仕事の残業があるとドタキャンをされた槻宮柚希は、帰宅途中、残業中である筈の恋人が、自分とは違う男性と一緒にラブホテルに入っていくのを目撃してしまう。 愛ではなかったものの好意があった恋人からの裏切りに、強がって別れのメッセージを送ったら、なぜか現れたのは会社の上司でもある嵯峨零一。 すったもんだの末、降り出した雨が勢いを増し、雨宿りの為に入ったのは、恋人が他の男とくぐったラブホテル!? 上司はノンケの筈だし、大丈夫…だよね? ヤンデレ執着心強い上司×失恋したばかりの部下 甘イチャラブコメです。 上司と雨宿りしたら恋人になりました、のBLバージョンとなりますが、キャラクターの名前、性格、展開等が違います。 そちらも楽しんでいただければ幸いでございます。 また、Fujossyさんのコンテストの参加作品です。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

ひとまず一回ヤりましょう、公爵様

木野 キノ子
ファンタジー
21世紀日本で、ヘドネという源氏名で娼婦業を営み、46歳で昇天…したと思ったら!! なんと中世風異世界の、借金だらけ名ばかり貴族の貴族令嬢に転生した!! 第二の人生、フィリーという名を付けられた、実年齢16歳、精神年齢還暦越えのおばはん元娼婦は、せっかくなので異世界無双…なんて面倒くさいことはいたしません。 小金持ちのイイ男捕まえて、エッチスローライフを満喫するぞ~…と思っていたら!! なぜか「救国の英雄」と呼ばれる公爵様に見初められ、求婚される…。 ハッキリ言って、イ・ヤ・だ!! なんでかって? だって嫉妬に狂った女どもが、わんさか湧いてくるんだもん!! そんな女の相手なんざ、前世だけで十分だっての。 とは言え、この公爵様…顔と体が私・フィリーの好みとドンピシャ!! 一体どうしたら、いいの~。 一人で勝手にどうでもいい悩みを抱える、フィリーの運命やいかに…。

処理中です...