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 春休みに優斗は蓮と柊里を連れ北海道に帰省した。
 優斗の家にはオメガを見たことのない島中の人が入れ替わり立ち替わり来て芸能人のような扱いだった。
 弟の秀斗は蓮を見て「オメガの人って綺麗なんだなー。兄貴が男と付き合ってるって聞いてどうしちゃったんだと思ってたけど蓮さんなら納得」と理解してくれた。
 柊里は秀斗に何か感じたようで、海で仕事をしているところを見せて欲しいとお願いしていた。創作意欲が湧いたようだ。
 魚介類が新鮮なのであまり手を加えなくても素材だけで美味しい。優斗の母が作ってくれた浜料理を堪能した。
 優斗の母は明るく竹を割ったようにさっぱりした人で蓮を歓迎してくれた。蓮も一緒に台所でお手伝いした。蓮が魚までさばけるのを見て、今時の若い人には珍しいと感心して褒めてくれた。桜華学園の厳しかった家庭科の先生に感謝だ。美味しい浜料理のお返しに蓮が魚介類たっぷりのパエリアを作った。みんな美味しいとたくさん食べてくれた。
 柊里は創作スイッチが入ったらしい。優斗の父と秀斗に頼んで船に乗せてもらい、2人の漁業の仕事を見せてもらった。優斗には通った小学校や遊んだ公園や秘密基地を案内してもらった。ぼんやりしながら柊里はあちこち歩いていた。海辺で貝殻や小石を拾い、外では草花を摘んだ。柊里には小説の登場人物が島の中で生きているのが見えているのだろう。
 優斗と蓮はそこから北海道旅行して東京に帰る予定だった。柊里は新しい小説の構想ができたようで、2人とは別行動で先に東京に帰ることになった。
 帰り際に柊里は優斗の両親と秀斗にお願いした。次回作、秀斗を主役のモデルにして、舞台を利尻にしたいと。モデルと言っても秀斗のイメージを頂くだけで、沢渡家や秀斗のプライバシーを載せる作品ではなく完全に創作なのでご迷惑をおかけすることはないと説明した。
 優斗の両親と秀斗は流行作家の小説のモデルになれるとむしろ喜んでくれた。

 東京に帰ってから柊里は黙々と執筆活動を行った。優斗と蓮が北海道旅行から帰ってきた時も、挨拶だけしてすぐ部屋に引っ込んでしまった。少し痩せたように見えたので食事を忘れないように蓮は心掛けた。
 一方、蓮は『あな名』BLバージョンのネームを本格的に作り始めた。『運命に逆らって』のコミカライズの売れ行きがいいので次のコミカライズも発売できると真希から喜びの連絡が来たのだ。
 また『運命に逆らって』のコミカライズのバージョンでアニメ映画化も実現しそうだった。予定通り関西アニメーションで。蓮には嬉しいこと続きだった。

 優斗は4年生になったので卒論の準備あり、EASTのインターンもし、公認会計士の試験勉強もあるという多忙な毎日だったが、蓮と堂々と付き合えるのでとても元気だった。
 美月の運命の番が来年3月に16歳になるので4月に結婚するという情報を得た。蓮達はその後の6月に結婚する予定になった。

 柊里は秀斗と利尻の海をモデルにして『海にさよなら』を書き下ろした。
 ベータの少年と幼馴染の少女の初恋。お似合いの2人と周りは温かく見守るが、少女がオメガと判明する。少年の兄がアルファで都会の学校に行っていたが、婚約者として呼び戻される。2人は本能で惹かれ合い、番になり結婚する。そして2人で都会に行ってしまう。1人無視され、取り残されてしまったベータ少年の切なさ。少年に島の自然だけは変わらなかった。周囲の大人は少女がオメガだからアルファと番った方が幸せと判断。また兄と少女も惹かれ合い番になり幸せになる。ベータの少年は1人感情を持てあまし、島の中を彷徨う。行き所のない感情を全て吸収してくれる海。
 今までは恋愛小説ばかりだったが、今作は純文学であった。主人公の内面の葛藤に焦点が当てられ、救いどころのない鬱々とした表現が続いている。今までの柊里の読んだ後、幸せな気持ちになれる小説とは一線を画していた。しかし、真希は真の柊里がここにいると感じていた。ライトなファンには受け入れられないかもしれない。でも、自分のようなディープなファンには真の桐生柊里に触れることのできる作品として喜ばれるだろう。今回に関しては、もう少しハッピーな展開にしては、と修正を望む役員もいたが、原文のまま発表することを真希は主張した。
 静社長は、修正した方が販売数を伸ばせるのは確かだけれど、この純文学路線で賞を取らせ、箔を付けるのも長い目で見ると商売になると、役員の顔も立てつつ真希の意見を通してくれた。

 この作品で柊里は直木賞を受賞した。 
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