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 伊集院美月の異母兄である林雅司はT大2年で、法学部に進路が決定していた。在学中の司法試験の合格を目指し勉強を始めていた。集中するためにT大の図書館で勉強していた。
 一休みにスマホを確認したところ、着信があった。
「お父さん?」
 珍しく伊集院徹からであった。図書館から出て電話を掛ける。
「どうしたの?」
「雅司か、頼みがあって。お父さんと2週間ほどパリに行ってもらえないか?」
「旅行?」
「旅行ではなく頼みがあるんだ。旅費だけでなくバイト代も出す。2週間位、大学休めるか?」
「……大丈夫だけど、いつ?」
「明日の便が取れたから早速。パスポートあるよな」
「去年、短期留学するのに取ってる」
「詳しい事情は飛行機内で説明させてくれ。私も明日パリに行くのに今日は徹夜で仕事を片付けなければならない。明日迎えに行くから荷造りして家で待ってて」
 電話が切れる。唐突だが、パリに行けるのは魅力だ。普段、冷静な父の慌てぶりにも興味がある。時間割を確認し友人に代返を頼んだ。

 徹は疲れ切った顔で翌朝帰ってきてシャワーを浴び、服を着替えて荷詰めをし雅司に声をかけ成田に向かった。飛行機に乗るまで徹は電話をしたりメールを打ったりと仕事を片付けるのが忙しそうなので、雅司は話をするのをあきらめ司法試験の勉強をして時間を潰した。
 飛行機に乗りドリンクが来た。これから事情を説明するから、とアルコールではなくジュースを頼んだ。ぐぐっと一気に飲み、徹はふうっと息を吐いた。
「雅司、ごめん。急にパリ行きなんか頼んで」
「いいよ。何があったの?」
「実は……」と徹が語り出した。

 昨日、パリに留学中の伊集院美月からのSOSが来た。美月は留学生用の寮に入ったそうだが、寮の近所のレストランで下働きをしている少年が運命の番だった。
 リュカという名前の14歳オメガ男性。
 リュカのアルファの父親は三ツ星レストランのシェフだった。一人前になり独立したが、理想を追いすぎて採算の合わない経営をしてしまい、借金を負って倒産。借金を返そうと無理に働いて過労で倒れてしまう。オメガの母親が一人息子のリュカをかかえて途方にくれていたところ父親と同じ三ツ星レストランで修行していた元後輩のアントン、アルファ男性が助けてくれた。
 借金を肩代わりし、父親を入院させ、母子を自分の経営しているレストランで働かせてくれた。三ツ星レストランのつらい修行中、リュカの父親はアントンに親切にしてくれた恩があるのと、オメガの母親は美人でアントンは憧れていたらしい。アントンは星に拘らず、地元に密着した親しみやすいレストランを経営しており、安くて美味しいと繁盛していた。母親はウェイトレスをし、リュカは厨房で雑用をした。
 入院させてもらったが父親の病状は進行しており治療の効果なく亡くなってしまった。母親もそれを追うようにみるみるうちに衰弱して亡くなり、リュカは天涯孤独になってしまった。その頃、リュカは母親そっくりに美少年に成長しオメガと判明していた。オメガの孤児がたどる未来は暗かった。母親は亡くなる前にアントンに将来リュカと結婚してやって欲しいとお願いした。
 憧れの女性の死ぬ前のお願いにアントンは否とは言えなかった。その頃にはリュカにも情が移っていたのでそのまま許婚として養育した。天才シェフの父の血を引いたリュカは料理に興味を持ち、学校から帰ると店の手伝いをした。閉店後はアントンから料理を習った。
 父親とアントンが修行した三ツ星レストランはオメガは番持ちしか修行できない決まりであった。アントンは才能あるリュカに高いレベルの経験をさせたいと思っていたので、ヒートを迎えたらすぐ番になり三ツ星レストランで修行できるよう手配する予定であった。その後、結婚して2人で今のレストランを経営していこうと計画していた。
 アントンは優しく紳士でヒートを迎えていないリュカに性的な接触はしなかった。三ツ星レストラン修行に向けて自分の料理の技術を惜しみなくリュカに叩き込んでくれた。リュカにとってアントンは父や兄のような信頼し尊敬できる大切な人であった。恋愛感情は無かったが、アントンと番になって結婚する将来設計に異存はなかった。
 そんな時、美月と出会ってしまった。2人とも運命の番だとすぐ分かった。
 美月はリュカに話しかけたが、リュカはアントンと番になる約束なので美月とは付き合えないと断った。美月はあきらめず、レストランに通いつめてチャンスがあればリュカに話しかけた。リュカも美月に魅かれる気持ちがあるので、話す位ならと自分に言い訳をしながら美月が来るのを心待ちにするようになった。
 一昨日、美月はリュカからフェロモンが少し出ているのに気付いた。他人は気付かないが、運命の番のみ気付くごく微量のフェロモン。リュカ自身も風邪気味かな? としか認識していなかった。
 初めてのヒートを迎えたらアントンと番になると知っていた美月は、リュカを連れ出しホテルに連れ込み自分の番にしてしまったらしい。
「え!? 咬んじゃったの?」
 雅司は驚く。
「うん。番になってしまったって美月から電話が来たんだ」
「さっき、リュカは14歳って言ってたよね」
「抑制剤飲んでないヒートを起こしたオメガと性交しても、誘ったオメガの責任でアルファは罪には問われないので美月は法的に問題ない。美月はリュカを日本に連れ帰って将来は結婚したいので、どうしたら良いか分からなくなり助けて欲しいと頼んできた。美月は自分が突発的な行動をしてしまったと反省はしているが、運命の番を他のアルファに取られるわけにはいかなかったので仕方なかったと考えている。静には相談できない。運命の番に出会った自分なら理解してもらえると思ったらしい」
「信頼してもらって良かったじゃん」
 雅司は言う。徹が静や美月に負い目をずっと感じていたのを雅司は気付いていた。
「とりあえず2人にはそのまま同じホテルに滞在してるように指示したんだ。まずアントンに会って事情を説明して金銭的に解決を図ろうと考えている。美月は3月まで留学だけど途中で止めてもいいって泣いてるんだ。リュカを今後どうするかも考えなければならない。アントンの所にはもういられないだろうから」
 徹は雅司を見る。
「短期で色々しなくちゃいけなくて一緒に来てもらいたかったんだ。雅司は俺の自慢の頼りになる息子だから」
 雅司は徹に急にそう言われて照れた。
「ま、美月も異母妹だからな」
 雅司は照れ隠しにそう呟いた。
 CAが機内食を配り始める。
「お父さん、飲まず食わずでしかも寝てないんだろ。パリに着いたら忙しそうだから、これ食べて、着くまで寝て体力を回復しよう」
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