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桐生柊里は自宅に戻った。
(……運命の番。沢渡優斗が美月の婚約者でなければ、蓮の相手が見つかったことを喜べたのに……)
伊集院静がうれしそうに話していたのを思い出す。
「あの美月がね、好きな人ができたって頬を染めていうのよ。T大の先輩の沢渡優斗さんっていう人。調べさせたけど好青年で条件もいいの。調査書を後で渡すわね。運命の人だ、なんて言うの。アルファ同士なのにね。とりあえず婚約させて、沢渡さんが卒業して伊集社に入社したら、美月はまだ学生だけど結婚の予定。結婚は美月が卒業してからでいいんじゃない? って言ったら、じゃあ中退するって言いだすの。せっかく入学したのに中途半端になるから、卒業することを条件に学生結婚を許したの。だから柊里も沢渡さんに会ってあげて」
未来の副社長が看板作家を訪問するという形で柊里は沢渡優斗と会った。典型的なアルファのような傲慢さはあまりなく、人あたりの良い人で楽しくお話できた。
美月の相手として、未来の副社長として好ましいと思った。蓮の相手ではない。
スマホが鳴る。静からだ。
「柊里? 夜遅くごめんなさい。沢渡さんから聞いたわ。蓮は大丈夫?」
「抑制剤の点滴が効いて落ち着きました。念のため一泊入院になったので俺だけ帰ってきました」
「沢渡さん、どう?」
「いい人だね。美月にお似合いじゃない?」
そう、と静は安心したように呟く。じゃ、いいのかな?
「沢渡さんからね、柊里に直接電話したいと言われたの。電話番号教えていい? 美月の相手だし」
柊里はある予感がし恐怖を覚えた。でも、この話の流れで拒否できなかった。
「……いいよ」
わかった、教えるね、と静が言い電話を切った。
再びスマホが鳴る。柊里は表示画面を見た。見知らぬ番号。
「はい」
「桐生先生ですか? 私は沢渡優斗です。先ほどはラットになってしまい、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、私の商売柄、熱心なファンがいて、先程のようにヒートを起こしたオメガの方が誘惑しようとしてくる事があるんです。沢渡さんは初めてでびっくりしたでしょう」
「私は北海道のアルファのみの中高一貫からT大に来たので、オメガの方とあまりお会いする機会がなくて」
「オメガは少ないですからね」
「先生の息子さん、蓮君は大丈夫でしたか? 私のラットでヒートを起こしてしまったんでしょう? 私のせいで申し訳ないです」
「それは……沢渡さんの責任ではありません。息子のことは木原さんから聞いたのですか?」
「はい。木原さんは蓮君の才能を絶賛されていました。もう漫画家としてデビューがお決まりなんですってね」
「オメガなので番のいない状況では大学に通ったり、外でお勤めするのは危険なんです。在宅でできる仕事に恵まれて幸せだと思っております」
「番、いないんですか?」
「まだ18歳で高校卒業したばかりなんです。20歳になったら、しかるべきアルファの方とお見合いさせようと考えております」
柊里は強く言い切った。
「私では蓮君の番になれませんか? 私は蓮君の運命の番なんです」
柊里は絶望的な気持ちでその言葉を聞いた。
「運命の番? 沢渡さんはロマンチストですね。私はベータなのでよくわかりません。小説ではよく題材になりますが、現実には信じられないですね」
「私も今までは迷信のように思ってました。でも、蓮君に一目会っただけで気持ちが抑えられないんです。会いたくて堪らないんです。どうか蓮君に会わせてください」
柊里はぞっとした。優斗の情熱を消すようにできるだけ冷たく言う。
「沢渡さんは美月さんとご結婚されるんですよね。蓮は番でお妾さんですか?」
「!!」
優斗は絶句した。美月のことをすっかり忘れていたのだ。優斗が怯んだのに気づき、柊里は高圧的に言う。
「私は蓮を番にしていただくアルファの方とはきちんと結婚してほしいと願っています。大切な息子です。妾にするために育てたわけではありません」
優斗は運命の番に出会えた事にはしゃいで、親の柊里に電話してしまったことを恥ずかしく思った。
「すみません。運命の番に出会えて、つい夢中になってしまいました。美月と話し合ってお付き合い解消してもらえるようお願いしてきます。美月とお別れしたら会わせてもらえますか?」
「たらればの話にお答えできません。美月もいい子です。美月を悲しませるような人間とはお付き合いさせられません」
柊里は電話を切った。
優斗は柊里に切られたスマホをじっと見つめた。穴があったら入りたかった。
(なんて恥知らずなんだろう)
じっと見つめていると再びスマホが鳴る。
(美月だ)
「もしもし」
「優斗? 暗いわね。何かあった?」
「……いや、別に」
「桐生先生に今日お会いしてどうだった? 素敵な人でしょう。書く小説もすごく売れてるらしいわ。ああいう恋愛小説、みんな好きなんでしょうね」
陽気な美月のお喋りを聞き続けていられなかった。
「相談したいことがあるんだ。時間とってもらえない?」と優斗は切り出す。
「明日、4時限びっしりあるけど、終わったら時間とれるわ。6時位。夕食でもご一緒しましょうか?」
「わかった。俺も大学の図書館でレポートしてるから、授業終わったら連絡下さい」
「はい。何食べよかな。楽しみにしてるね。お休みなさい」
美月の朗らかな声を聞いて、優斗の心は暗くなった。
(美月に非はない。全面的に自分が悪い)
蓮の事を思い出す。びっくりした顔で優斗を見ていた。華奢で小柄でサラサラした黒い髪。大きな黒目がちな瞳が真っ直ぐに優斗を見ていた。色白な顔がピンク色に火照っていて、桜色の小さな唇が「ウンメイ?」と言ったように見えた。
優斗も心の中で叫んでいた。
「ウンメイ」と。
(……運命の番。沢渡優斗が美月の婚約者でなければ、蓮の相手が見つかったことを喜べたのに……)
伊集院静がうれしそうに話していたのを思い出す。
「あの美月がね、好きな人ができたって頬を染めていうのよ。T大の先輩の沢渡優斗さんっていう人。調べさせたけど好青年で条件もいいの。調査書を後で渡すわね。運命の人だ、なんて言うの。アルファ同士なのにね。とりあえず婚約させて、沢渡さんが卒業して伊集社に入社したら、美月はまだ学生だけど結婚の予定。結婚は美月が卒業してからでいいんじゃない? って言ったら、じゃあ中退するって言いだすの。せっかく入学したのに中途半端になるから、卒業することを条件に学生結婚を許したの。だから柊里も沢渡さんに会ってあげて」
未来の副社長が看板作家を訪問するという形で柊里は沢渡優斗と会った。典型的なアルファのような傲慢さはあまりなく、人あたりの良い人で楽しくお話できた。
美月の相手として、未来の副社長として好ましいと思った。蓮の相手ではない。
スマホが鳴る。静からだ。
「柊里? 夜遅くごめんなさい。沢渡さんから聞いたわ。蓮は大丈夫?」
「抑制剤の点滴が効いて落ち着きました。念のため一泊入院になったので俺だけ帰ってきました」
「沢渡さん、どう?」
「いい人だね。美月にお似合いじゃない?」
そう、と静は安心したように呟く。じゃ、いいのかな?
「沢渡さんからね、柊里に直接電話したいと言われたの。電話番号教えていい? 美月の相手だし」
柊里はある予感がし恐怖を覚えた。でも、この話の流れで拒否できなかった。
「……いいよ」
わかった、教えるね、と静が言い電話を切った。
再びスマホが鳴る。柊里は表示画面を見た。見知らぬ番号。
「はい」
「桐生先生ですか? 私は沢渡優斗です。先ほどはラットになってしまい、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、私の商売柄、熱心なファンがいて、先程のようにヒートを起こしたオメガの方が誘惑しようとしてくる事があるんです。沢渡さんは初めてでびっくりしたでしょう」
「私は北海道のアルファのみの中高一貫からT大に来たので、オメガの方とあまりお会いする機会がなくて」
「オメガは少ないですからね」
「先生の息子さん、蓮君は大丈夫でしたか? 私のラットでヒートを起こしてしまったんでしょう? 私のせいで申し訳ないです」
「それは……沢渡さんの責任ではありません。息子のことは木原さんから聞いたのですか?」
「はい。木原さんは蓮君の才能を絶賛されていました。もう漫画家としてデビューがお決まりなんですってね」
「オメガなので番のいない状況では大学に通ったり、外でお勤めするのは危険なんです。在宅でできる仕事に恵まれて幸せだと思っております」
「番、いないんですか?」
「まだ18歳で高校卒業したばかりなんです。20歳になったら、しかるべきアルファの方とお見合いさせようと考えております」
柊里は強く言い切った。
「私では蓮君の番になれませんか? 私は蓮君の運命の番なんです」
柊里は絶望的な気持ちでその言葉を聞いた。
「運命の番? 沢渡さんはロマンチストですね。私はベータなのでよくわかりません。小説ではよく題材になりますが、現実には信じられないですね」
「私も今までは迷信のように思ってました。でも、蓮君に一目会っただけで気持ちが抑えられないんです。会いたくて堪らないんです。どうか蓮君に会わせてください」
柊里はぞっとした。優斗の情熱を消すようにできるだけ冷たく言う。
「沢渡さんは美月さんとご結婚されるんですよね。蓮は番でお妾さんですか?」
「!!」
優斗は絶句した。美月のことをすっかり忘れていたのだ。優斗が怯んだのに気づき、柊里は高圧的に言う。
「私は蓮を番にしていただくアルファの方とはきちんと結婚してほしいと願っています。大切な息子です。妾にするために育てたわけではありません」
優斗は運命の番に出会えた事にはしゃいで、親の柊里に電話してしまったことを恥ずかしく思った。
「すみません。運命の番に出会えて、つい夢中になってしまいました。美月と話し合ってお付き合い解消してもらえるようお願いしてきます。美月とお別れしたら会わせてもらえますか?」
「たらればの話にお答えできません。美月もいい子です。美月を悲しませるような人間とはお付き合いさせられません」
柊里は電話を切った。
優斗は柊里に切られたスマホをじっと見つめた。穴があったら入りたかった。
(なんて恥知らずなんだろう)
じっと見つめていると再びスマホが鳴る。
(美月だ)
「もしもし」
「優斗? 暗いわね。何かあった?」
「……いや、別に」
「桐生先生に今日お会いしてどうだった? 素敵な人でしょう。書く小説もすごく売れてるらしいわ。ああいう恋愛小説、みんな好きなんでしょうね」
陽気な美月のお喋りを聞き続けていられなかった。
「相談したいことがあるんだ。時間とってもらえない?」と優斗は切り出す。
「明日、4時限びっしりあるけど、終わったら時間とれるわ。6時位。夕食でもご一緒しましょうか?」
「わかった。俺も大学の図書館でレポートしてるから、授業終わったら連絡下さい」
「はい。何食べよかな。楽しみにしてるね。お休みなさい」
美月の朗らかな声を聞いて、優斗の心は暗くなった。
(美月に非はない。全面的に自分が悪い)
蓮の事を思い出す。びっくりした顔で優斗を見ていた。華奢で小柄でサラサラした黒い髪。大きな黒目がちな瞳が真っ直ぐに優斗を見ていた。色白な顔がピンク色に火照っていて、桜色の小さな唇が「ウンメイ?」と言ったように見えた。
優斗も心の中で叫んでいた。
「ウンメイ」と。
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