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それぞれの10年間

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 宝条美樹のブランドMiki Hojoは年2回カタログを出している。カタログ撮影のスタッフは全員オメガで揃えている。そのため、モデルやヘアメイクの由里などもそうだが、ほぼ素人である。
 父の政治家の宝条明宏が『オメガに優しい社会』をマニュフェストの1つに掲げているので、娘の美樹は父の支援を得て採算の取れないオメガのみの会社を経営し続けられている。
 カメラマンの西山淳はオメガ男性である。父は有名なアルファのカメラマンでオメガのモデルとの不倫で生まれた。認知され引き取られたが、正妻とその子達にいじめられ、全寮制の桜華学園に入学し卒業後は1人暮らししている。モデルの母譲りの容姿で父には可愛がられたので、父のスタジオでカメラを学び職業とした。
 美樹とは桜華学園で出会い恋に落ちた。友人のふりをしながら恋人関係を続けている。政治家の娘である美樹には政略結婚の話はいくつもあったが、オメガの自立のための仕事を続けたいという名目で断っている。
 Miki Hojoのカタログ撮影と桜華学園の校内行事や入学、卒業写真撮影が淳のメインの仕事だ。オメガなので軽く見られ、いい仕事は回ってこない。生活費のためスーパーのチラシの撮影をしているが、それすらも父の名前があるから回ってくる仕事だ。
 
 Miki Hojoのカタログ撮影をしていたら、ヘアメイクの由里のそばにダサめの男性? がうろついているのに気づいた。短髪に野球帽をかぶっている。黒ぶちの眼鏡をかけて、ぶかっとしたオーバーオールを着てる。手足は細いがお腹周りは結構太っている。この現場にいるっていうことはオメガなんだろうが。
「あそこの男性、オメガ?」
 美樹に一応確認する。
 美樹はくすっと笑い「淳も分からないか。変装成功ね。あれ、RYOさんよ」と教える。
 しみじみと見直す。確かに、髪は銀色っぽい。短くしてると白髪にも見えてしまうが、伸ばすと銀色になるんだろう。顔は小さい。眼鏡でほぼ隠れている。レンズがブルーなので紫の瞳を分かりにくくしているのだろう。しかし、あの腹は……え……え?!
「まさかRYOさん、妊娠してるの?」
「うん、シングルマザーになる覚悟らしいよ」
 その場では美樹との話はそこで終了した。撮影を終え、美樹の部屋で抱き合った後、寝物語に良一の今までの話を聞いた。
 同じ男性オメガとして良一の妊娠は淳の心に響いた。元々、良一は美しく、被写体としては優れていた。オメガ風俗のキャストで顔出しNGだったのでパーツしか取れず、勿体ないなと思っていた。
 あの美しかった良一が、子供を産むためになりふり構わずダサい恰好までしているのに心を打たれた。
「RYOさん、俺のモデルになってくれないかな」
「芸術家魂、くすぐられるよね、今のRYOさん」
 美樹も良一から放たれる光には気づいていた。元々美しいが、以前は退廃的な美しさだった。今は慈愛に満ちた聖母マリアのような空気をまとっている。

 良一に淳が写真のモデルを依頼した。ロシアの大統領から逃げているため、発表は難しいが撮影のみならと良一は承諾した。なかなか現金を稼げないので、モデル料も魅力的だった。

 夜遅く、満月で月明りが差し込む中、淳は良一を撮影した。
 最初は用意した薄手の服をまとっての撮影だったが、2人の撮影のボルテージが上がり、良一は全裸になった。
(マグダラのマリア)
 イエスキリストの娼婦の恋人。
 淳の中にインスピレーションが湧き夢中で撮影する。良一も写真に撮られながら、無駄な物がそぎ取られているように感じていた。
「RYOさん、すごい、いい」
 淳は興奮でカラカラに渇いた口からかすれ声を出した。
「RYOさん、俺に後ろ向きであぐらをかいて座って。そう膝をぴんと張って。真後ろでなくて少し角度をつけるね。お腹が見えるように」
 淳の中では今でも発表可能な写真を撮る欲が出てきた。顔を隠すためには後ろ向き。妊娠しているところは見せたいので、少し角度をつけて膨れたお腹をチラ見せ。上半身は……。良一にポーズをつけた。良一の背中は肩甲骨と脊椎が白い肌に綺麗に浮き出て芸術的だ。首もほっそりしていて綺麗なうなじは傷1つない。このうなじを噛みたいアルファはたくさんいるだろうと思った。うなじと背中のラインが綺麗に出るように、良一の顔が写らないように調整した。両腕を自然に降ろしたところ、良一は無意識に守るように両手をお腹に持って行った。
「!! そのまま」
 淳は取りつかれたようにシャッターを切った。

 妊娠中の良一の体を気遣い、1時間したら美樹が部屋に入ることになっていた。夢中になってしまったら淳に時間の概念が無くなるためである。
 やはり夢中で写真を撮っている淳に遠慮しながら静かにドアを開けた。
 美樹も神々しい良一の姿に見惚れた。しかし、良一の体が優先だ。
「時間よ」
 美樹の声で魔法が解けたように淳と良一の体の力が抜ける。美樹は良一のそばに毛布を持って駆け寄った。良一を毛布でくるむ。
「RYOさん、体、大丈夫?」
 良一は少し火照ったような顔をして笑う。
「最近、人目を避けるようにして生きてきたから、こんな強い視線を浴びるの久しぶりで気持ちよかった」

 淳は興奮をそのままに写真を現像した。自信作が撮れたので良一に見せた。
「自分じゃないみたい」
 天女のような自分に良一は照れた。淳は美樹と良一に後ろ向きで撮った写真をコンクールに出していいか確認をとった。
 最後に撮った後ろ向きにあぐらで座っている良一の写真だった。この写真は淳がコンクールに出したかったので良一とわからないように後ろ向きで敢えて撮っている。オメガの魅力であるうなじから背中にかけてのラインと、膨れたお腹をかばう両腕のラインが素晴らしかった。髪も五分刈りであり、顔は全く見えていない。RYOと判別する要素はなかった。
 美樹も良一も了承し、雑誌社が主催する若手のカメラマン向けのコンテストに応募した。
 見事、優秀賞を受賞した。副賞として受賞作品は雑誌の表紙を飾り、1年間の雑誌専属カメラマンになる権利を得た。
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