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 奥多摩のデートの後から拓哉は家に帰らずに事務所でずっと仕事をしていた。全く眠くならないので徹夜で食事も取らずエナジードリンクを飲み、コンピューターに向かい続けた。
(俺には仕事があるから、それでいい)
 怜太君と葵さんは美男美女で可愛いカップルだ。祝福できるようになったら、また会おう。今はそんな気分になれないから仕事をしていよう。

 監査法人の仕事を終えた優斗が事務所に入ってくる。
「東、大丈夫か? ずっと缶詰で仕事してるって聞いたぞ」
「今は仕事が恋人だから」
 拓哉はちらりと優斗を見て、またコンピューターに向かった。
「少し休憩しろよ……あれ? 電話来てるぞ」
 拓哉はサイレントモードにしたスマホをずっと充電器に繋いだままにしていた。
 ピカピカ光っている。
 スマホに反応しない拓哉の代わりに優斗が覗き込む。
「怜太……君みたいだぞ。出なくていいのか?」
 その名前を聞いた途端、拓哉は椅子から立ち上がり、スマホに飛びついた。
「もしもし……分かった……今行く。待ってて……」
 拓哉はスマホを切っておろおろする。
「怜太君が『来て』って……」
 優斗は拓哉の背中を安心させるようにトンと叩く。
「それは行かなきゃ。なんかあったの?」
 優斗は拓哉に質問しながら、自分のスマホでタクシーを呼ぶ。
「怜太君に運命の番が現れて……俺はもういらないのかな、と思って」
 優斗は拓哉の鞄にスマホを入れ、拓哉に持たせる。拓哉の腕を引き、事務所を出て鍵をかけ、エレベーターで1階に降りる。
「それで仕事に逃避してたんだ」
「うん。でも怜太君、声が暗かった。何故だろう?」
「分からないけど、東にSOS来たんだろう? 助けないと。俺もついていってやるから」
 タクシーが来たので優斗は拓哉を乗せ、自分も乗り込み、レストランはやしの住所を告げた。

 タクシーがレストランはやしに着いた。優斗はタクシーを待たせ、拓哉を降ろした。
 レストランはやしはCLOSEDになっている。呼び鈴を鳴らすとさやかが出てきた。拓哉と優斗を見るとドアを開けた。
「東さん、来たよ」
 怜太が自分の肩を自分で抱いて、椅子に座っていた。さやかの声を聞き、怜太は顔を上げる。
「東さん」
 怜太は駆け寄り、拓哉の顔を見つめる。怜太の両眼は赤くなっており、腫れていた。
「どうしたの?」
 拓哉の声は掠れる。怜太は拓哉のTシャツを両手で掴み、顔を押し当てた。
「お願い、僕をどこかに連れて行って」
 怜太は手も肩も震えていた。拓哉は自分の両手で怜太を軽く支えた。そして、さやかを見る。さやかも困ったような顔をしている。
「俺ん家、来る?」
「行く」
 怜太は断言した。拓哉はさやかを見ると、さやかはこくんと頷いた。
 優斗が拓哉に抱き着いている怜太に「今、タクシー待たせてるから、それに乗ろ」と声を掛ける。怜太は拓哉の顔を見上げ、頷いた。優斗の誘導でタクシーに乗る。優斗は2人を後部座席に乗せ、自分は助手席に乗り、拓哉のマンションの住所を運転手に告げた。

 拓哉のマンションに着き、2人を降ろした。
「困ったことがあったら連絡しろよ」と優斗は拓哉に囁き、タクシーに乗って去っていった。
 拓哉は怜太の手を引いてマンションに入った。
 もしかしたら怜太を招待できるかも、と邪な事を考えていた時に部屋は掃除していた。部屋の鍵を開け、怜太を中に入れ鍵を閉めた。靴を脱ぎ、部屋に入る。
「どうぞ」と怜太にスリッパを出す。
 怜太は玄関に立ち尽くし「僕……ごめんなさい……」と小声で言う。
「どうして謝るの? 俺は怜太君にうちに来てもらえて嬉しいけど」と怜太に笑いかける。
 怜太は、ほっとしたような顔をして靴を脱ぎ、スリッパを履いた。居間の電気を付け、ソファーに怜太を座らせる。怜太の顔が青ざめているのでミルクを温め、はちみつを垂らした。
「どうぞ」とホットミルクを出すと、怜太がぺこりとお辞儀をし、一口飲んだ。そして、テーブルにミルクを置く。怜太は拓哉に真剣な顔で言った。
「僕とお付き合いしてください」
 拓哉は戸惑う。
「俺は嬉しいけど、葵さんは? 運命の番なんでしょ」
「葵さんは総理大臣目指してて政界に力を持つアルファと結婚したいそうです。番のオメガを持つのは男女やバース平等な社会にしたいという信条から外れるので、できないそうです」
「それは、それは……。恋愛より仕事が好きなアルファらしい考えだね」
「僕は運命の番が現れれば自然に幸せになると思ってて、運命の番に拒絶されるなんて考えたことなかったんです。それに葵さん、綺麗な人だけど年下の女性で、自分としてはさやちゃんのような妹に見えて、運命の番というからには性の相性が良くて、子供もアルファがたくさん生まれるんでしょうけど、なんか違うというか。僕、勝手に運命の番は東さんみたいな年上のアルファ男性と思ってて。自分の希望と体が別なの辛くて。東さんと付き合って、番にしてもらって葵さんのフェロモン感じなくして欲しいです」
「番?!」
 拓哉は赤くなる。
「僕なんかじゃダメですか?」
「いや……番だけでなく結婚もしたいけど……」
 拓哉は慌てて言う。怜太は拓哉ににじり寄り、拓哉の唇に自分の唇をぶつけた。
(キス?!)
 拙いが、間違いなく怜太がしてくれたのはキスだった。拓哉は完全にパニックになりながらも自分が汚れているのを思い出した。
「怜太君、俺、昨日奥多摩から帰って怜太君が運命の番に出会ったの見て失恋したと思って、ずっと顔も洗わず風呂にも入らないで仕事してたの。この続き、俺、シャワーしてからでいい?」
 怜太はきょとんとしてから赤くなり、下を向いて「はい」と言う。
「僕もシャワー使いたいです」
「分かった。ちょっと待ってて。速攻、浴びてくるから。家に帰らないで、ここで待っててね」
 拓哉はジャケットをソファーに置き、慌ててシャワーを浴びにいった。
(歯も磨いてないし、髪も脂ぎってるし……)
 ばたばたとなんとか洗い上げ、清潔な部屋着に着替えて居間に戻った。
 怜太はソファーで拓哉のジャケットを被って横になっていた。ジャケットをめくるとすーすー寝息を立てていた。自分のジャケットにくるまっている怜太を見て愛しさで胸が苦しくなった。起こさないようにそっと洗面所に戻り、髪を乾かし、また居間に戻った。床に座り、ソファーにもたれ、眠っている怜太を眺めた。
 そばにいると花のようないい香がしてくる。
 拓哉も寝ていなかったので睡魔に襲われうつらうつらしてしまった。
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