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アスティア国

2 辺境伯アイザック

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 見渡す限り白い雪で覆われた地を1人の青年が黒色の馬に乗って帰ってきた。

「おかえりなさい」

 黒い髪をすっきりと一つにまとめた女性が青年を出迎える。
 家は小さいが、石造りで強固に作られていた。中は地熱を生かした床暖房が入っており温かい。

 青年はほっと一息をつき、外套を脱ぎ始めた。動物の毛皮でできた外套は温かく、雪を通さない様にしっかりと作られているものだ。女性は外套を受け取り、湿気をとるために壁にかけた。
 温かいお茶にミルクと砂糖をたっぷり入れたものを勧める。温かい飲み物は冷え切った体を温めてくれた。

 アスティア国の元王太子妃ヒルダと王子アイザックは、今は城を遠く離れた北の辺境の地に住んでいた。本来であれば王太子になるはずだったアイザックだが、今は王位継承権を持たない伯爵となっていた。

 農作物も思うように育たない貧しい土地であったが、ヒルダとアイザックは一生懸命働いた。土地の人々は貧しいが善良な人々で、今度の伯爵はお飾りではなく、同じ土地に住んで一緒に働いてくれることがわかると、喜んで一生懸命働いてくれた。

「乳製品工場は順調に稼働していたよ」

 冷涼な気候のこの土地で酪農を始め、今は乳製品を都市部に販売し始めている。品質の良い乳製品は、高値で売れ、利益をもたらした。大量生産を見込み、乳製品の工場を建築した。アイザックはその工場の視察に行ってきたのだ。チーズとバターを一塊、持ってきたので、ヒルダはパンをスライスし皿にのせる。パンと共に味を見て夕食とした。

 ヒルダは目の前の立派に成長した息子をしみじみと眺めた。アスティア国の王家特有の金髪と青い瞳を持った息子。青い瞳は知的に輝いている。こちらに来てから、民衆と共に肉体労働も厭わず行っていたため、身長がすらりと高くなり、肩幅もしっかりし、四肢の筋肉もしっかりとついてきた。
 美男子であった元夫のサリエル5世とそっくりの美しさである。サリエル5世は優男であったが、息子のアイザックは色恋沙汰に無頓着であった。とはいえ、今年20歳の成人を迎える。そろそろ、結婚相手も探さねばならない。
 本当はしかるべき身元の貴族の女性と結婚させたいのだが、この辺境の土地に来てくれる人はいないだろう。地元の娘は教養の面で相応しくないように思う。アイザックが好きな女性がいるのであれば承諾しないわけにはいかないが、そのような話をしないのをいいことに先延ばしにしている現状である。

「最近、ドロティア国の軍備に動きがあるらしい」

 北の端なのでドロティア国との国境がある。作った乳製品などドロティア国にも売りに行っている。その商人と雑談したところ、ドロティア国に不穏な動きがあるということだった。

「ドロティア国の新国王が魔術を使うという噂が流れているそうだ。新国王に歯向かう人間は不審な死をとげているらしい」

 闇魔術? とヒルダは考える。邪教に自分の魂を売り、得られるという闇魔術の力。ドロティア国の新国王はその力欲しさに自分の魂を売ったのかもしれない。そうなるとアスティア国は危険だ。

「とりあえず、しばらくはドロティア国にあまり行かないように商人達には申し渡した。アスティア国の城下町への販売をメインにする」

 アスティア国城下町では質の良い高級品が良く売れる。ドロティア国では質がほどほどで安い物が良く売れたので、バランスが取れていた。これからは安い商品をどうするか考えなければならない。

 食べ終わった食器を片付けながらヒルダはドロティア国の新国王に思いを馳せていた。

 闇魔術……自分の魂を代償に得られる強い力。服従と殺戮の力。

 対抗するには聖魔術だ。聖魔術は北の山脈の頂上にあるチカット国の巫女一族がその力を持つ。一番の力の持ち主が女王となり国を治めている。神殿は神聖なので女性のみしか入ることができないと聞く。ヒルダはヤマタイ国の巫女であったが、ヤマタイ国はそこまで巫女や女性の地位は高くなかった。

 それはアスティア国も同じだ。

 ヒルダは元夫のサリエル5世を思い出す。サリエル5世は女好きであったが、女性に知性は求めていなかった。早めにチカット国と友好を結び、ドロティア国の闇魔術に対抗する体制をとったらいいと助言したいが、きっと聞き入れてくれないだろう。アスティア国の武力とチカット国の聖魔術の力両方で対抗するといいのだが、とヒルダはやきもきした。 
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