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ご自由にお持ちくださいと書かれた段ボールをのぞき込んだ
しおりを挟む「この中のもの、ご自由にお持ちください」
大きな家の門先や、店舗のシャッターの前や、公園前のベンチで見かける段ボール。
へぇ、ちょっと高級そうな食器だなぁ。
レコードだ、どんなジャンルのだろう。
遠目にもわかる範囲で中身を確認し、気になることはあるけれど、近づいたり、なにかをいただいて帰ってきたことはなかった。
古着も古本も中古レコードもかつては大好きだったけれど、いつのまにか、よっぽどでなければ手を出さなくなっているのに関係しているかもしれない。
リサイクルのぬいぐるみや人形が得意ではないということが、年々なんとなく、ほかの物にも広がってきている気がする。
年を重ね自分のだいじなものが増えて、それぞれに抱く想いが強くなって、それゆえ、人の手を離れてやってくるものに対して、ほかの人の想いが入っているようで重さのようなものを感じる。
まっさらなものにはないなにかを感じて、良い悪いのまえに手を伸ばしにくいなにかができている。
けれど先日、そんななにかを超えて、段ボールをのぞき込み、手に取り、いただいてきたものがある。
脚付きの中皿である。
思うところあって食器の断捨離を進め中、最低限に近いくらいにしようと企んでいるところであるにもかかわらず、食器をいただいてきてしまった。脚付きだからほかのお皿よりも収納場所をとる。それもわかっていて。
段ボールは少し前に閉店してしまった、有名な和食店の前に置かれていた。私の行動圏内では最も有名なお店だったかもしれない。そこで使われていたのであろう、重箱や食器類の入った段ボールがシャッターの閉まった軒先に並べられていた。
いつものように通り過ぎることなく、私の足は止まっていた。特段予定があったわけではないけれど、ブラブラ歩いていたわけでもなく、まあまあの速足で歩いていたにもかかわらず、足が止まった。だからたぶん、お皿に呼ばれたのだと思う。きっちり詰めるにはちょっとかさばる脚付きの中皿が私の視線の先にあった。
お皿を見て思い出した。
タイミングよく、行列のない時間にあたり、ここで一度だけ、ランチタイムの食事をした。それはそのときに、お刺身が盛り付けられていたお皿だった。「まいど」と言って笑ってくれる大将の顔が頭に浮かぶ。
食事をしたのは一度きりだったけれど、大将には顔を覚えてもらっていた。この店は週に一度、店頭販売をしていた。軒先に大きなフライヤーを設置して、大将自らが揚げ物をしている。私はここのメンチカツが大好物だった。
「ちょっと待てる? すぐ揚げるよ」
大将はそんなことを言って、何度も揚げたてをくれた。
そういうことが断片的な映像のようにババーッと頭に浮かび、いつのまにか私はお皿を選んでいた。
ほんの少し前にお目にかかっていたのに、ご病気だなんてまったく気が付かなかった。もう一年近く、あのメンチカツを食べていない。サクサクなのにジューシーで、ぶ厚くって、幸せな美味しさだった。もっともっと食べていたかった。
そうして今、うちには脚付きの中皿がある。ほかの食器と並べても、収納場所を多くとってはいるけれど、変わったところもなければ、重い雰囲気も発してはいない。去年くらいから、ちょうど脚付きのお皿を探していたのよね。だいじにだいじに、いっぱい使おうと思う。
世界はやっぱり、いろんなことでつながっているんだね。
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