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「鳥にも言葉が通じると思うかい?」

 問いかけられて顔をあげると、おじいさんがこちらを見ていた。

 驚いた。思わずジッとおじいさんの顔を見つめてしまう。初めて聞いた声。とても低く、それでいて明るくカラッとした、不思議な声だった。ついこちらも明るい気持ちになってしまうような、そんな声。そっか、おじいさんはこんな声をしていたのか。

 そうやって私が見つめているうちに、おじいさんは笑顔になった。しわしわではないけれど、柔らかそうに力の抜けた頬が優しく持ち上がる。

 こんな笑顔はもう長いこと見ていなかった気がする。ただ笑っているのだという笑顔。毒っけも、遠慮も、余計なもののない笑顔。赤ちゃんが見せるような笑顔。まるでずっと前からそこにありました、という植物のような趣で座るおじいさんにふさわしい笑顔だと思う。

 おじいさんがゆっくりと首をかしげた。私もつられて頭をかしげる。なんだろう?

 そうだ、私は問いかけられていたのだ。返事も忘れておじいさんの顔を眺めてしまっていた。ええっと、なんだっけ。ああ、言葉は通じると思うか、だ。そうだなぁ。考え始める私に、おじいさんは「うんうん」と雰囲気で発しながらうなずいた。

「人間の言葉は通じないかも。でも、雰囲気とか、気配とか、人間が出すなにかを鳥が察するような、テレパシーみたいなもので通じてはいるんじゃないかなって思います」

「はっはっはっ、そうかい」

 おじいさんは気持ちよく笑った。

「そう思うかい。
 人間にもできる人がいるのかもしれないな。ボクはね、宇宙人なんだ。だからボクは鳥以外とも言葉なしで通じ合える」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。だから人間とも通じ合えるはずなんだがね、ときどきうまくいかないことがある。さっきみたいなときは相手の気持ちもわからないし、ボクのことをどう伝えたらいいのかもわからなくなる。
 だからすまなかったね。まあ人間同士でおなじ言葉を使っていても気持ちが通じないこともあるし、そんなこともあるだろう、くらいにしか思っていないがね」

 そうなんだ、と思った。へんな会話だった。けれど、そうなんだ、と思った。

 宇宙人。おじいさんが発した唐突なキーワードにもなぜか私は納得していた。

 おじいさんの言葉はスーッと心に染み込んでくるみたいだった。なにを言われたとして正しいことしかないような、それ以上もそれ以下もないのだと思わせるような、不思議な感じがした。もしかしたら、これこそが通じているってことなのかも。そんな気すらする。

 私も名乗るべきかな。大人のたしなみとして、相手のことを聞いたらこちらも話さなければいけない。けれどこの場合、どれくらいのことを話せばいいのだろう。自らが宇宙人だという告白を聞いてしまって、それに見合う情報なんて、あるだろうか。

「話したいことがあるなら話してくれたらいいし、もちろん話さなくっても、どちらでもかまわないよ。自然にいきましょう。一期一会だなんていうけれど、縁というものは自然に任せておくのが一番いい。近づいたり離れたり、なるようになるのだからいっさいをなりゆきに任せてしまえばいい」

 黙っている私に、おじいさんはそんなことを言った。心が見えているのだろうか、と、びっくりする。

「心を見ずともあなたの顔にそう書いてありますぞ。
 言葉を交わしたことはないけれど、ボクはあなたのことを、このあたりに住む人だと知っている。ときどきお会いしているね。最近では、水曜日だったかな、スーパーの野菜売り場で会っている。ほんとうに今は野菜が高くて悲しいですな」

「それも私の顔に書いてありました?」

「どうだろう、そうだったかな。気持ちを感じもしたのだと思いますよ。
 そうそう、銭湯の裏に小さな公園があるのはご存知かな? そこに毎週土曜日の午前中、農家直売青果のトラックが来ているよ。形は曲がってたり、小ぶりだったりって、いろいろあるのだけれど、みずみずしい、味のぎゅっと詰まった美味しい野菜を譲ってくれるよ。お値段も驚くくらいに安いしね」

「そうなんですね、行ってみます。銭湯の裏に公園があることも、トラックのことも、全然知りませんでした」

「こういうのも縁だからね。ボクがお知らせしなくっても、縁があればそのうち出会えていたのかもしれないね」

 そう言ってうなずきながら、おじいさんは微笑んだ。自然で、毒っけも遠慮も、余計なもののまったくない笑顔で。

 いったいこのおじいさんは何者なのだろう?

 そう思ってすぐ、ああ、愚問だったと思い直す。さっき本人から聞いたじゃないか。おじいさんは宇宙人なのだ。おじいさんはまた、「うんうん」と、「ぜんぶわかっているよ」という笑顔でうなずいている。



「せんせーい!」

 遠くから声が聞こえて、おじいさんは手を振った。向こうの道路から、小さな女の子が手を振っていた。すぐそばの母親らしき人物が会釈をしている。おじいさんはそのお母さんに、うなずくような仕草で会釈を返した。

 おじいさんは宇宙人で、先生でもあるのか。私は新たなおじいさんの情報にワクワクしていた。もっとおじいさんのことが知りたい。もっと話してみたい。

 けれど今回は、おじいさんはうなずいてはくれなかった。

「気持ちのいい時間をありがとう」

 そう言って、おじいさんは見た目からは想像できない滑らかさでスッと立ち上がり、歩き出してしまった。

 おじいさんは案外早足だった。アッと思ったときには、もうずいぶんと向こうへ行ってしまっている。

 そういえば、これまで街中で見かけたどのときも、おじいさんはキビキビと行動していたなぁと思い出す。そうだよ、前から知っていた。おじいさんは、おじいさんらしくないおじいさんだったのだ。公園で景色に溶け込むようにして座っているとき以外は。まさか宇宙人だとは見抜けなかったけれど。

 おじいさんのうしろすがたを見送りながら、私はそんなことをつらつらと考えた。そして感じる。たぶん、きっと、またご縁があるはず。そのときにまたお話しできたらいいな、と自然に思う。

 そして私も立ち上がった。私の動きに驚いて、集まっていた鳥たちも次々に、わさわさと飛び立って行った。

 この鳥たちにもまた、縁があれば会えるのだろう。おじいさんに思ったのとおなじように、私はまた自然にそう思っていた。


(了)


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