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Killer Queen
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乾杯はいつだって楽しい。かけ声があがったら応じずにはいられない。
盛大にジョッキをぶつけ合い、グッといって、ぷはっと吐いて、ミナミデは訊く。
「で? なんの祝いよ?」
誘われて出てきたのはいいが、会の趣旨も聞いていなかった。
「羽賀のヤツがまたクビだってよ」
「なんだ、がっちゃん、またか! そりゃ飲むしかないな」
どんなご時世になろうともクビ切りはある。多少なりともこちらにも非があると思えば、それを騒ぎ立てたりはできない。ただ受け入れて、バカ騒ぎをして飲むだけだ。
ミナミデの知る限り、ここに集まっている人間はバンドマン、芸人に劇団員、ダンサーといった連中ばかりだけれど、ミナミデが知らないだけで、みんな別の顔も持っている。コンビニやコールセンター、清掃事務所にパン工場、バイトや派遣や、みんなそれぞれの都合に合わせ生計を立てるための仕事も持っている。
夢だけでは食っていけない。それが現実で、ミナミデももちろん例外ではない。バンドマンに居酒屋店員、二つの顔を持っている。
「いつまでくだらない夢を追いかけているんだ」
よく言われている。若いと言われる時期を過ぎても労働への比重を高めた生活をしていないミナミデは、たびたび冷たい目で見られることがあるけれど、それでも夢を胸に生きている。
ミナミデも、今ここに集まるみんなも、なによりも優先したいものを胸の内に持っているから、そうやって生きているし、それゆえに夢の代償として、しばしばクビを切られることもある。
まあ、がっちゃんの場合は、ただ単にキレやすく、ルーズなのが原因だろうけれど。先輩や社員とケンカして辞めたり辞めさせられたり。それでも夢を追うもの同士、今夜ここに集まったみんなは、がっちゃんの味方だった。
当然だけれど、がっつり働く勤め人は敵だとか言うつもりはない。社会的立場に起因する仲間意識の違いはあれど、職業や役職名で人に優越を付けるタイプは、ここではむしろ少ない。できることなら安定した会社勤めをしたいと思うヤツだって案外多いと思う。ただそういう働き方では支障があるからできずに、あるいは避けて、いるだけだ。
ときどき、今日とは正反対に就職祝いの宴が開かれることがある。本当にときどきだけれど、夢も仕事も、両方で一旗揚げようと精力的に動くヤツが出てくることがある。そういうときもみんな今日みたいに集まって応援するし、場合によっては手伝いを申し出ることもある。刺激を受けて、「自分も!」と奮起するヤツもでる。
けれど世の中、なかなかうまいようにはいかないものだ。勢いよく走り始めたはずの友が疲れて立ちつくす姿に出くわしてしまうことがある。夢か仕事、どちらかを手放す場面を目撃してしまうことがある。そのたびに、夢と仕事、その両方を叶えるためには、気力だけではどうしても越えられない壁があることを思い知らされる。
絶対的な時間の長さと使い方の自由度は、たいていの場合、思い通りにならない。
ツアーだ、公演だ、遠征だと、夢を追う人間は、しばしば連続した休みや時短勤務を迫られる。そこに融通を付けやすい環境を選ぶとなると正社員での就職は不可能に近い。パートや派遣、バイトでも難しく、必ず許されるとは限らない。そんなことがそれはそれは大きな壁として、みんなの前に立ちふさがる。
ミナミデも若いころ、仕事探しで苦労した。
「土日も働けますか?」
「急なお休みをするような事情をお持ちではないですか?」
面接でこんなことを訊かれると、それまでどんなに雰囲気よく採用に向けて話が進んでいたとしても、途端に雲行きは怪しくなった。
土日祝日、早朝深夜、いつだって働くことはできる。ただし、バンドの予定が入らなければ、だ。いくらオブラートに包もうが、そう答えて採用されるのは難しかった。だからって申告せずに働き始め、「ライブがあるから休ませてくれ」と繰り返せば、「もう来なくていいよ」、あるいは、「ミナミデくん、悪いけど来月いっぱいで……」、途中退場を言い渡されてしまう。
今でこそ折り合いのつくよい職場で世話になっているけれど、これまでに何度面接に落ち、何回転職してきたことか。まあ、中にはただうまくいかなくて辞めただけのところもあるけれど。
なによりも優先したいものがある。そうやって生きることは、素晴らしくも厳しくもある。こういう夜は、そういうあれこれが一時に思い出されて、目頭が熱くなった。ミナミデも、おなじ思いをしてきた仲間たちも。
上機嫌を通り越したがっちゃんが、
「俺だってがんばっているんだよ」
涙ながらに弱音を吐いた。わかってる。がっちゃんの気持ちは、みんながわかっている。
そんながっちゃんに付き合って、みんなも、ミナミデも、夜が明けるまでとことん飲み続けた。
「わが家で飲んでるから来いよ」
がっちゃんからの電話に、ミナミデは二つ返事で出かけていく。たいていの場合、飲み会の誘いは嬉しく、呼び出されたら駆けつけずにはいられない。
わが家はミナミデが仲よくしているバンド連中のなじみの居酒屋だ。ガラガラと引き戸を開ければいつでも、知っている顔が一つや二つは見える。一人で出掛けて行っても仲間内の誰かと合流することができてしまう、そういう店だった。
カウンターの中で忙しそうに料理を盛りつけるママに軽く手をあげ、奥の座敷へと進む。
「ミナミデ!」
すぐに声がかかり、席に着く。がっちゃんは左手で手刀を作ると頭を下げてきた。
「わりぃ、聞こえなかった。なに?」
耳に押し当てたスマホに向けて、がっちゃんが大きな声を出す。他にも誰かを呼び出そうとしているのかもしれない。がっちゃんはそのまま席を立っていった。
入れ替わりにやって来たママがミナミデの前に生ビールのジョッキを置く。
「オレまだ頼んでねぇよ?」
「がっちゃんが」
ママが出入り口のほうへと親指を傾けた。
中座してただ電話をしているだけの男じゃない。がっちゃんは本当にイイヤツだ。早く新しい仕事が見つかればいいと、ミナミデは心から思う。
「じゃあ乾杯しますよー、オツカレサマデシタ!」
すぐ隣であがるかけ声に、
「オツカレー」
ミナミデも便乗してジョッキを掲げ、ぐびっと飲んだ。
そんなミナミデに、すぐそばに座る男が笑顔を見せる。
「なんの打ち上げ?」
自然な流れでミナミデは話しかけた。
「俺らサークルで映画撮ってるんスけど、今日撮影が終了したんで、その打ち上げっス」
「まじか! どんな映画よ?」
「一応、SFになるんですかねぇ。人間の調査をするために社会に潜入している宇宙人が巻き起こす、どたばたコメディってとこです」
「宇宙人! いいじゃん、それ人気出ちゃうんじゃないの? 映画かぁ、オレも出してほしかったな!」
「演技やってるんスか?」
「いや、やってないけど」
きょとんとした顔を見せる男に、ミナミデは笑って話を続ける。
「映画、いつ公開すんの? どっかで観れる?」
「来月、文化祭があるんでそこで」
「学祭かぁ。いいよなー。よーし、決めた。オレ観に行くよ! 学祭なら豚汁の屋台とかでるよな? ライブとかもあるのか?」
「あります、あります」
「ちょっとミナミデさん、前途ある若者に絡まないでくださいよ」
戻ってきたがっちゃんが口をはさむ。
「絡んでなんかねぇよ。な?」
酒がまわりはじめたのか、隣の男の顔が今度は赤くなっている。
「ミナミデさん! てゆうか、やっぱロッキンのミナミデさんだったんスね! 似てるなって思ってたんですよ!」
さっきよりも声のトーンが一段高くなっていた。
「なんだ、オレのこと知ってんの? 誰かの知り合い?」
ミナミデも楽しくなってきた。ぐいっとジョッキを傾けて訊く。
「いやいやいや、全然そんなのじゃなくて、たまたま何度かライブを観たことがあるだけなんすけど」
「まじか! 観てくれたことあんのか。ありがとなー。それいつのことよ?」
映画の話が音楽の話にかわる。
「そのライブならたしか俺も出てたよな?」
隣の男が告げた半年ほど前のライブ企画の名前に、がっちゃんも反応した。
「えっ? まさかとは思ってたんスけど、もしかしてハロの羽賀さんですか?」
「あ、ハロのこと知ってる?」
自分たちのバンドの名前をあげられて、がっちゃんが胸をはる。
「そのとおり、俺が羽賀だ」
「なんだ、じゃあ、がっちゃん方面の知り合いだったんだ?」
思わぬ展開にミナミデが問い、
「いやいやいや、あっちに座ってる、えっと今ちょうど箸をとったロンゲ、わかりますか? アイツがハロのファンで……。おい! 鈴木! ハロの羽賀さんだぞ!」
あらたな若者が呼ばれて来た。
話しは勢いよく転がって広がり続ける。もうどこからどこまでが誰の連れなのか、座敷から境界線が消えた。
「いつか俺たちの映画を撮らせてやる」
すっかり上機嫌になったがっちゃんが、ライブに通い続けてくれているロンゲの男とがっつり肩を組み、生涯ロック宣言をするまで付き合って、この日のミナミデも、とことんまで酒を飲んだ。
「おお、起きたか? 10分で来れるな?」
ぼんやり取った電話の向こうから太い腕が飛び出してきて、ミナミデは胸ぐらをつかまれたような気がした。
ビックリして起きあがり、ウエッとなって、ミナミデは言う。
「すんません、すぐ行きます」
二日酔いはいつだって恐ろしい。言い訳はおろか口答えも許されない。
ガンガンする頭を抑えながら、なんとか服を着た。また、やってしまった。よろよろ玄関ドアを開け、まぶしい太陽に再び気持ち悪さを感じる。
朝からいい天気だったのだろう。陽射しを浴び続けたコンクリートが、もわっとした熱気とイヤな臭いを立ち上らせている。息をするだけで気分が悪い。
「ちくしょう」
悪態をつきながら、なんとか歩き始める。それでもちっともスッキリしない。昨夜の自分への悪態だからどうしようもなかった。
ガンガンと割れそうに痛む頭に、耳障りな音楽が響く。尻ポケットに入れたスマホが大音量でメロディを奏でていた。立ち止まりスマホを手にして、ミナミデがつぶやく。
「ちくしょう、もう二度と飲まねえ」
画面には「店」と表示されていた。黒い背景の向こう側に太い腕を組んだ店長の気配を感じる。
オレ様としたことが。
電話には応答せず、ミナミデは荒れ狂う頭痛と吐き気に耐えながら、再びのっそりと歩き出した。つらく長くなるであろう一日の始まりだった。
後悔してもまたすぐに乾杯の魔力に呑まれてしまう。それはわかっているのだけれど、どうしようもないことだった。
ミナミデの毎日は、こうして今日も紡がれていく。
盛大にジョッキをぶつけ合い、グッといって、ぷはっと吐いて、ミナミデは訊く。
「で? なんの祝いよ?」
誘われて出てきたのはいいが、会の趣旨も聞いていなかった。
「羽賀のヤツがまたクビだってよ」
「なんだ、がっちゃん、またか! そりゃ飲むしかないな」
どんなご時世になろうともクビ切りはある。多少なりともこちらにも非があると思えば、それを騒ぎ立てたりはできない。ただ受け入れて、バカ騒ぎをして飲むだけだ。
ミナミデの知る限り、ここに集まっている人間はバンドマン、芸人に劇団員、ダンサーといった連中ばかりだけれど、ミナミデが知らないだけで、みんな別の顔も持っている。コンビニやコールセンター、清掃事務所にパン工場、バイトや派遣や、みんなそれぞれの都合に合わせ生計を立てるための仕事も持っている。
夢だけでは食っていけない。それが現実で、ミナミデももちろん例外ではない。バンドマンに居酒屋店員、二つの顔を持っている。
「いつまでくだらない夢を追いかけているんだ」
よく言われている。若いと言われる時期を過ぎても労働への比重を高めた生活をしていないミナミデは、たびたび冷たい目で見られることがあるけれど、それでも夢を胸に生きている。
ミナミデも、今ここに集まるみんなも、なによりも優先したいものを胸の内に持っているから、そうやって生きているし、それゆえに夢の代償として、しばしばクビを切られることもある。
まあ、がっちゃんの場合は、ただ単にキレやすく、ルーズなのが原因だろうけれど。先輩や社員とケンカして辞めたり辞めさせられたり。それでも夢を追うもの同士、今夜ここに集まったみんなは、がっちゃんの味方だった。
当然だけれど、がっつり働く勤め人は敵だとか言うつもりはない。社会的立場に起因する仲間意識の違いはあれど、職業や役職名で人に優越を付けるタイプは、ここではむしろ少ない。できることなら安定した会社勤めをしたいと思うヤツだって案外多いと思う。ただそういう働き方では支障があるからできずに、あるいは避けて、いるだけだ。
ときどき、今日とは正反対に就職祝いの宴が開かれることがある。本当にときどきだけれど、夢も仕事も、両方で一旗揚げようと精力的に動くヤツが出てくることがある。そういうときもみんな今日みたいに集まって応援するし、場合によっては手伝いを申し出ることもある。刺激を受けて、「自分も!」と奮起するヤツもでる。
けれど世の中、なかなかうまいようにはいかないものだ。勢いよく走り始めたはずの友が疲れて立ちつくす姿に出くわしてしまうことがある。夢か仕事、どちらかを手放す場面を目撃してしまうことがある。そのたびに、夢と仕事、その両方を叶えるためには、気力だけではどうしても越えられない壁があることを思い知らされる。
絶対的な時間の長さと使い方の自由度は、たいていの場合、思い通りにならない。
ツアーだ、公演だ、遠征だと、夢を追う人間は、しばしば連続した休みや時短勤務を迫られる。そこに融通を付けやすい環境を選ぶとなると正社員での就職は不可能に近い。パートや派遣、バイトでも難しく、必ず許されるとは限らない。そんなことがそれはそれは大きな壁として、みんなの前に立ちふさがる。
ミナミデも若いころ、仕事探しで苦労した。
「土日も働けますか?」
「急なお休みをするような事情をお持ちではないですか?」
面接でこんなことを訊かれると、それまでどんなに雰囲気よく採用に向けて話が進んでいたとしても、途端に雲行きは怪しくなった。
土日祝日、早朝深夜、いつだって働くことはできる。ただし、バンドの予定が入らなければ、だ。いくらオブラートに包もうが、そう答えて採用されるのは難しかった。だからって申告せずに働き始め、「ライブがあるから休ませてくれ」と繰り返せば、「もう来なくていいよ」、あるいは、「ミナミデくん、悪いけど来月いっぱいで……」、途中退場を言い渡されてしまう。
今でこそ折り合いのつくよい職場で世話になっているけれど、これまでに何度面接に落ち、何回転職してきたことか。まあ、中にはただうまくいかなくて辞めただけのところもあるけれど。
なによりも優先したいものがある。そうやって生きることは、素晴らしくも厳しくもある。こういう夜は、そういうあれこれが一時に思い出されて、目頭が熱くなった。ミナミデも、おなじ思いをしてきた仲間たちも。
上機嫌を通り越したがっちゃんが、
「俺だってがんばっているんだよ」
涙ながらに弱音を吐いた。わかってる。がっちゃんの気持ちは、みんながわかっている。
そんながっちゃんに付き合って、みんなも、ミナミデも、夜が明けるまでとことん飲み続けた。
「わが家で飲んでるから来いよ」
がっちゃんからの電話に、ミナミデは二つ返事で出かけていく。たいていの場合、飲み会の誘いは嬉しく、呼び出されたら駆けつけずにはいられない。
わが家はミナミデが仲よくしているバンド連中のなじみの居酒屋だ。ガラガラと引き戸を開ければいつでも、知っている顔が一つや二つは見える。一人で出掛けて行っても仲間内の誰かと合流することができてしまう、そういう店だった。
カウンターの中で忙しそうに料理を盛りつけるママに軽く手をあげ、奥の座敷へと進む。
「ミナミデ!」
すぐに声がかかり、席に着く。がっちゃんは左手で手刀を作ると頭を下げてきた。
「わりぃ、聞こえなかった。なに?」
耳に押し当てたスマホに向けて、がっちゃんが大きな声を出す。他にも誰かを呼び出そうとしているのかもしれない。がっちゃんはそのまま席を立っていった。
入れ替わりにやって来たママがミナミデの前に生ビールのジョッキを置く。
「オレまだ頼んでねぇよ?」
「がっちゃんが」
ママが出入り口のほうへと親指を傾けた。
中座してただ電話をしているだけの男じゃない。がっちゃんは本当にイイヤツだ。早く新しい仕事が見つかればいいと、ミナミデは心から思う。
「じゃあ乾杯しますよー、オツカレサマデシタ!」
すぐ隣であがるかけ声に、
「オツカレー」
ミナミデも便乗してジョッキを掲げ、ぐびっと飲んだ。
そんなミナミデに、すぐそばに座る男が笑顔を見せる。
「なんの打ち上げ?」
自然な流れでミナミデは話しかけた。
「俺らサークルで映画撮ってるんスけど、今日撮影が終了したんで、その打ち上げっス」
「まじか! どんな映画よ?」
「一応、SFになるんですかねぇ。人間の調査をするために社会に潜入している宇宙人が巻き起こす、どたばたコメディってとこです」
「宇宙人! いいじゃん、それ人気出ちゃうんじゃないの? 映画かぁ、オレも出してほしかったな!」
「演技やってるんスか?」
「いや、やってないけど」
きょとんとした顔を見せる男に、ミナミデは笑って話を続ける。
「映画、いつ公開すんの? どっかで観れる?」
「来月、文化祭があるんでそこで」
「学祭かぁ。いいよなー。よーし、決めた。オレ観に行くよ! 学祭なら豚汁の屋台とかでるよな? ライブとかもあるのか?」
「あります、あります」
「ちょっとミナミデさん、前途ある若者に絡まないでくださいよ」
戻ってきたがっちゃんが口をはさむ。
「絡んでなんかねぇよ。な?」
酒がまわりはじめたのか、隣の男の顔が今度は赤くなっている。
「ミナミデさん! てゆうか、やっぱロッキンのミナミデさんだったんスね! 似てるなって思ってたんですよ!」
さっきよりも声のトーンが一段高くなっていた。
「なんだ、オレのこと知ってんの? 誰かの知り合い?」
ミナミデも楽しくなってきた。ぐいっとジョッキを傾けて訊く。
「いやいやいや、全然そんなのじゃなくて、たまたま何度かライブを観たことがあるだけなんすけど」
「まじか! 観てくれたことあんのか。ありがとなー。それいつのことよ?」
映画の話が音楽の話にかわる。
「そのライブならたしか俺も出てたよな?」
隣の男が告げた半年ほど前のライブ企画の名前に、がっちゃんも反応した。
「えっ? まさかとは思ってたんスけど、もしかしてハロの羽賀さんですか?」
「あ、ハロのこと知ってる?」
自分たちのバンドの名前をあげられて、がっちゃんが胸をはる。
「そのとおり、俺が羽賀だ」
「なんだ、じゃあ、がっちゃん方面の知り合いだったんだ?」
思わぬ展開にミナミデが問い、
「いやいやいや、あっちに座ってる、えっと今ちょうど箸をとったロンゲ、わかりますか? アイツがハロのファンで……。おい! 鈴木! ハロの羽賀さんだぞ!」
あらたな若者が呼ばれて来た。
話しは勢いよく転がって広がり続ける。もうどこからどこまでが誰の連れなのか、座敷から境界線が消えた。
「いつか俺たちの映画を撮らせてやる」
すっかり上機嫌になったがっちゃんが、ライブに通い続けてくれているロンゲの男とがっつり肩を組み、生涯ロック宣言をするまで付き合って、この日のミナミデも、とことんまで酒を飲んだ。
「おお、起きたか? 10分で来れるな?」
ぼんやり取った電話の向こうから太い腕が飛び出してきて、ミナミデは胸ぐらをつかまれたような気がした。
ビックリして起きあがり、ウエッとなって、ミナミデは言う。
「すんません、すぐ行きます」
二日酔いはいつだって恐ろしい。言い訳はおろか口答えも許されない。
ガンガンする頭を抑えながら、なんとか服を着た。また、やってしまった。よろよろ玄関ドアを開け、まぶしい太陽に再び気持ち悪さを感じる。
朝からいい天気だったのだろう。陽射しを浴び続けたコンクリートが、もわっとした熱気とイヤな臭いを立ち上らせている。息をするだけで気分が悪い。
「ちくしょう」
悪態をつきながら、なんとか歩き始める。それでもちっともスッキリしない。昨夜の自分への悪態だからどうしようもなかった。
ガンガンと割れそうに痛む頭に、耳障りな音楽が響く。尻ポケットに入れたスマホが大音量でメロディを奏でていた。立ち止まりスマホを手にして、ミナミデがつぶやく。
「ちくしょう、もう二度と飲まねえ」
画面には「店」と表示されていた。黒い背景の向こう側に太い腕を組んだ店長の気配を感じる。
オレ様としたことが。
電話には応答せず、ミナミデは荒れ狂う頭痛と吐き気に耐えながら、再びのっそりと歩き出した。つらく長くなるであろう一日の始まりだった。
後悔してもまたすぐに乾杯の魔力に呑まれてしまう。それはわかっているのだけれど、どうしようもないことだった。
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