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6.落花流水の情
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デーティアはフンと鼻をならした。
「だからあたしには色恋なんかわからないって言っただろ」
ニヤっと笑って付け加える。
「あと、あんたにかけた魔法だけど、斑な効果にした分長持ちするよ。半年くらい」
ジルリアはうなだれた。
これから半年もの間、時々ゆらめく見たくもない他人の本音を見てしまうのか。
大伯母上は怒ると恐ろしい。本当はすぐにとけるだろうにあと半年、自分を苛むつもりだ。
ジルリアはデーティアを怒らせたことを、心底後悔して慄いた。
******
ジルリアがどう言ったのか、または言わなかったのか、デーティアには詳細はわからないし興味もなかったが、ジルリアはジャンヌとの婚約を発表した。
正式に婚約者になった後のお茶会やお披露目のパーティーでも、フェリシアとアニータのちょっとした粗相は繰り返された。
ジャンヌは鷹揚にそして巧みに躱してなかったことにした。
「うまいもんだね」
デーティアは感心したが、ジルリアの我慢の限界は近かった。今まで知らず自覚なく見えない振りをしていた事が、今は嫌というほど見えて来て癇に障って仕方ないらしい。
「次にジャンヌに何かしたら黙っていない」
いきり立つジルリアにデーティアは言った。
「あんたが何か言えた義理はないよ。今までずっとジャンヌはやられてきたし、それを自分でいなしてこられたんだから」
フィリパは涼しい顔でジルリアを諫めた。
「あれくらいのことは日常茶飯事です。いちいち目くじらを立てていたら、貴族社会は謀反人だらけになります」
「母上!」
ジルリアは顔色を変えてフィリパに問う。
「まさか母上もあのような目に遭ってきたのですか?」
「ぼんくら!!」
デーティアが罵る。
「あんなの目じゃないよ!王太子妃同然の扱いになった後に、どんな目に遭ったか知っているだろうに!」
「そうではなく、宮廷に帰ってもあのような目に遭ったのですか?」
「遭いましたよ。今でもよくあります」
さらっとフィリパは答える。
「あれくらいはなかったことにするか、うまく利用できなくてはこの国の第一の女性として失格です。その点、ジャンヌは小さい頃から上手にやってのけていました」
「小さい頃から…」
愕然とするジルリア。
「ジルリア、わたくしには頼るべきものは国王陛下の後ろ盾と、前王太子妃としての地位しかありませんでした。でもジャンヌにはあなたがいます」
「はい、母上」
「ジャンヌを見守り、労わってください」
「胆に銘じます」
フィリパは優しく微笑んでジルリアの頬を撫でた。
「結婚したらジャンヌを第一に考えるのですよ」
「はい」
「困ったときは国王陛下も母もいます。デーティア伯母上も…」
「おっと、ダメだよ。面倒事はもうお断り」
デーティアはフィリパに被せて言った。
「あたしは公にはただの魔女さ。王家とは関係ない」
ひらひらと右手を振る。
「大伯母上は曽祖父様を恨んでおいでですか?」
ジルリアがデーティアに問う。
「恨みねえ…」
デーティアは少し考えた。
「恨みに思うほど情がないんだよ。全然覚えてないしね。まあ、ろくでなしだったとは思うけどね」
「だから大伯母上は…その…色々諦められたのですか?」
「諦めたってなにを?」
口ごもるジルリアにデーティアが真顔で問う。
「ですから、誰かと結婚したり子供を産んだりすることです」
デーティアは笑った。
「諦めたつもりはないよ」
「は?」
驚くジルリア。
「捨てたんだよ。自分から」
面白そうに眼を瞬かせてデーティアは続ける。
「親が身を誤った子供はね、責任をとらなきゃね」
ツンとして言う。
「と言うのは建前で、面倒事は嫌いなんだよ」
「伯母上にとっては、子供を持つことが面倒事なのですか?」
「子供は可愛いよ。あんたも可愛かった。今じゃあまり可愛くないけどね」
デーティアは笑った。
「だからさ、あたしが子供を産んだらその子はどうなるんだい?半端者の子供はどうなる?」
ジリリアは「私が守ります」と言ったがデーティアは打ち消すように手を振った。
「あんたね、自分の数倍生きる子供をどう守るんだい?自分より長命な王族なんて邪魔になるよ。あんたが邪魔にしなくてもそのうち誰かが二心を持つ」
ジルリアははっとした。
「ないとは言い切れないだろ?」
デーティアは笑って言う。
「そんな面倒事は御免だからね」
デーティアは釘をさすついでに忠告した。
「赤い髪の子供が生まれたら気をお付け。きっとろくでなしの血が出るからね」
そう言って笑った。
******
「王太子様の結婚式はそりゃあ見事だったよ」
ハンナが話す。
「滅多に見られないことだからね。あたしも六十になったんだから、ちょっとは楽しい思いをしたくてね。マークに連れて行ってもらったんだよ。王都はすごいね」
ハンナははち切れんばかりに元気だが、先年夫を亡くして一時期気落ちしていた。
今は王都で王族の結婚式の記念のお祭りを見たことと、帰ってきたら息子のマークの嫁のサリーが妊娠していたこを知って、すっかり元気になった。
実はデーティアは王家の縁者として儀式やパーティーに出席させられていたのだが。
ああ、つまらなかったね。疲れたし。
ハンナと同じ側で見たかったよ。
そう思った。
しかしジルリアは一ヶ月とは言え育て、その後も成長を見守った子供だ。喜ばしかったには違いない。
ちょっとは父親に感謝しなくちゃいけないかな。
デーティアは考えた。
一度も会いに来なかった父親だが、逆にあんな堅苦しい王家に引っ張りこまなかったのは分別だったのかね、と。
どの道、あと百年もすれば忘れ去られていくだろう。
あたしももう面倒事はこりごりだよ。
デーティアはハンナの話を聞きながら思った。
「だからあたしには色恋なんかわからないって言っただろ」
ニヤっと笑って付け加える。
「あと、あんたにかけた魔法だけど、斑な効果にした分長持ちするよ。半年くらい」
ジルリアはうなだれた。
これから半年もの間、時々ゆらめく見たくもない他人の本音を見てしまうのか。
大伯母上は怒ると恐ろしい。本当はすぐにとけるだろうにあと半年、自分を苛むつもりだ。
ジルリアはデーティアを怒らせたことを、心底後悔して慄いた。
******
ジルリアがどう言ったのか、または言わなかったのか、デーティアには詳細はわからないし興味もなかったが、ジルリアはジャンヌとの婚約を発表した。
正式に婚約者になった後のお茶会やお披露目のパーティーでも、フェリシアとアニータのちょっとした粗相は繰り返された。
ジャンヌは鷹揚にそして巧みに躱してなかったことにした。
「うまいもんだね」
デーティアは感心したが、ジルリアの我慢の限界は近かった。今まで知らず自覚なく見えない振りをしていた事が、今は嫌というほど見えて来て癇に障って仕方ないらしい。
「次にジャンヌに何かしたら黙っていない」
いきり立つジルリアにデーティアは言った。
「あんたが何か言えた義理はないよ。今までずっとジャンヌはやられてきたし、それを自分でいなしてこられたんだから」
フィリパは涼しい顔でジルリアを諫めた。
「あれくらいのことは日常茶飯事です。いちいち目くじらを立てていたら、貴族社会は謀反人だらけになります」
「母上!」
ジルリアは顔色を変えてフィリパに問う。
「まさか母上もあのような目に遭ってきたのですか?」
「ぼんくら!!」
デーティアが罵る。
「あんなの目じゃないよ!王太子妃同然の扱いになった後に、どんな目に遭ったか知っているだろうに!」
「そうではなく、宮廷に帰ってもあのような目に遭ったのですか?」
「遭いましたよ。今でもよくあります」
さらっとフィリパは答える。
「あれくらいはなかったことにするか、うまく利用できなくてはこの国の第一の女性として失格です。その点、ジャンヌは小さい頃から上手にやってのけていました」
「小さい頃から…」
愕然とするジルリア。
「ジルリア、わたくしには頼るべきものは国王陛下の後ろ盾と、前王太子妃としての地位しかありませんでした。でもジャンヌにはあなたがいます」
「はい、母上」
「ジャンヌを見守り、労わってください」
「胆に銘じます」
フィリパは優しく微笑んでジルリアの頬を撫でた。
「結婚したらジャンヌを第一に考えるのですよ」
「はい」
「困ったときは国王陛下も母もいます。デーティア伯母上も…」
「おっと、ダメだよ。面倒事はもうお断り」
デーティアはフィリパに被せて言った。
「あたしは公にはただの魔女さ。王家とは関係ない」
ひらひらと右手を振る。
「大伯母上は曽祖父様を恨んでおいでですか?」
ジルリアがデーティアに問う。
「恨みねえ…」
デーティアは少し考えた。
「恨みに思うほど情がないんだよ。全然覚えてないしね。まあ、ろくでなしだったとは思うけどね」
「だから大伯母上は…その…色々諦められたのですか?」
「諦めたってなにを?」
口ごもるジルリアにデーティアが真顔で問う。
「ですから、誰かと結婚したり子供を産んだりすることです」
デーティアは笑った。
「諦めたつもりはないよ」
「は?」
驚くジルリア。
「捨てたんだよ。自分から」
面白そうに眼を瞬かせてデーティアは続ける。
「親が身を誤った子供はね、責任をとらなきゃね」
ツンとして言う。
「と言うのは建前で、面倒事は嫌いなんだよ」
「伯母上にとっては、子供を持つことが面倒事なのですか?」
「子供は可愛いよ。あんたも可愛かった。今じゃあまり可愛くないけどね」
デーティアは笑った。
「だからさ、あたしが子供を産んだらその子はどうなるんだい?半端者の子供はどうなる?」
ジリリアは「私が守ります」と言ったがデーティアは打ち消すように手を振った。
「あんたね、自分の数倍生きる子供をどう守るんだい?自分より長命な王族なんて邪魔になるよ。あんたが邪魔にしなくてもそのうち誰かが二心を持つ」
ジルリアははっとした。
「ないとは言い切れないだろ?」
デーティアは笑って言う。
「そんな面倒事は御免だからね」
デーティアは釘をさすついでに忠告した。
「赤い髪の子供が生まれたら気をお付け。きっとろくでなしの血が出るからね」
そう言って笑った。
******
「王太子様の結婚式はそりゃあ見事だったよ」
ハンナが話す。
「滅多に見られないことだからね。あたしも六十になったんだから、ちょっとは楽しい思いをしたくてね。マークに連れて行ってもらったんだよ。王都はすごいね」
ハンナははち切れんばかりに元気だが、先年夫を亡くして一時期気落ちしていた。
今は王都で王族の結婚式の記念のお祭りを見たことと、帰ってきたら息子のマークの嫁のサリーが妊娠していたこを知って、すっかり元気になった。
実はデーティアは王家の縁者として儀式やパーティーに出席させられていたのだが。
ああ、つまらなかったね。疲れたし。
ハンナと同じ側で見たかったよ。
そう思った。
しかしジルリアは一ヶ月とは言え育て、その後も成長を見守った子供だ。喜ばしかったには違いない。
ちょっとは父親に感謝しなくちゃいけないかな。
デーティアは考えた。
一度も会いに来なかった父親だが、逆にあんな堅苦しい王家に引っ張りこまなかったのは分別だったのかね、と。
どの道、あと百年もすれば忘れ去られていくだろう。
あたしももう面倒事はこりごりだよ。
デーティアはハンナの話を聞きながら思った。
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