如月を待つ

玉星つづみ

文字の大きさ
上 下
5 / 32

2月5日(月)

しおりを挟む
「ただいまー」

「おかえり」

 リビングからの声。如月きさらぎだ。

 カバンを下ろして、ブレザーを脱ぐ。手を洗って、うがいをする。

「なんか疲れてる?」

 私の顔を見るなり、彼はそう言った。
 そんなにわかりやすいだろうか。嫌なことがあったとはいっても、本当に些細なことだし、もう解決した。抱え込むほどのことじゃない。

「もしかして、昨日ドタキャンした子?」

「そんなわけないって」

 昨日遊ぶ約束をしていた友達には、朝一番に謝られた。気にしてないって言ったけど、菓子折りまで貰ってしまった。本当、礼儀正しくて優しい良い子だ。

「何されたの、暴力とか振るわれてないよね!?」

「そんなんじゃなくて、本当にくだらないことなんだけど……」

 如月は、私にしか見えない。話したことを誰かにバラされることもない。だから、如月になら話してもいいと思った。
 如月から一人分空けてソファーに座る。彼は距離を詰めてこようとしてたけど、これ以上近づくなと視線を送ったら、伝わったようだった。

「お兄ちゃんのことで、ちょっと、いろいろあって」

りつくんのこと?」

 お兄ちゃんは、私と同じ高校に通っている。私は一年で、お兄ちゃんは二年生。

「お兄ちゃん、なんでか知らないけどモテるんだよ」

 私の学校はかなり生徒数が多いのに、他学年にもお兄ちゃんの名前は知れ渡っている。実際はそんな言うほどかっこよくもないのに。噂って怖い。

「あー、わかる。かっこいいもん」

「どこが」

「顔」

 まあ、それなりに整っているとは思う。でも私は幼い頃から見ているからか、お兄ちゃんがイケメンだとは思えない。そもそもお兄ちゃんのことが好きじゃないからかもしれない。

「だから、全然知らない同級生から、お兄ちゃんについて聞かれることがあるんだよね」

「うわー。面倒くさそう」

「もう本っ当に面倒くさいよ。あんな奴のどこがいいのかもわかんないし」

 私に何かと文句を言うくせに、本人は片付けできない、ドア開けっぱなし、朝起きれない、食べるのも眠るのも面倒くさがる。生きていて楽しいのか疑問に思っちゃうぐらい、お兄ちゃんは家ではダメ人間だ。
 学校では猫を被っているのだ。この前、学校で会ったときは、めちゃくちゃ明るくてびっくりした。なんか、周りがキラキラしていた。気持ち悪いと思った。

「で、今日もお兄ちゃんのファンだって子と話したんだけど」

 昼休み、友達とお弁当を食べていたときのことだ。何人かに呼び出された。まだ食べ終わってないんだけどな、と思いながらも、緊急の連絡とかだったら困るから、話を聞きに行った。

「家に遊びに行っていいかって聞かれたんだよ? 知りもしない人から突然。あり得なくない? そんなんダメに決まってるじゃん。絶対に来てほしくない」

 数人の真ん中にいた、リーダーっぽい女の子。彼女が、お兄ちゃんのことが好きらしかった。
 私の友達として家に来て、偶然を装いお兄ちゃんに近づこうって魂胆だろう。これまでにも何度かそういうことがあったから、もう慣れている。

「やば。普通に考えて、知らん人の家に上がり込もうとか図々しすぎる」

「それブーメランじゃない? 如月なんて勝手に家入ってきたよね?」

「オレは仕方ないんだってば」

 如月はそっぽを向く。
 今はお兄ちゃんの話をしているから、じとーっと見つめるだけに留めておく。

「それで終わりだったらまだよかったんだけど」

「終わらなかったんだ?」

 うなずく。たぶん、これ言ったら如月も驚くだろうなと思いながら口を開く。

「写真、撮ってこいって言われたんだよね。お兄ちゃんの」

「は?」

「それか、小さい頃の写真ちょうだいって」

「ちょっと意味がわからないんだけども」

 私も、言われたときは意味がわからなくて、如月と同じような反応をした。いくらお兄ちゃんがかっこよくて憧れで大好きだったとしても、妹にそんなことを頼むのは、ない。

「え、今どきの学生ってそんなんなの?」

「私もびっくりしたよ。まさか、そんなヤバい人が同学年にいたなんて」

 お兄ちゃんのことが好きなのは、理解できないけど、否定はしない。けど、さすがに知りもしない人にお兄ちゃんの写真なんてあげられるわけがない。
 あれでも、一応は私の兄だ。写真ちょうだいなんて言ってくるような気持ち悪い人がお兄ちゃんを好いているのは、気分の良いものではない。

「それで、どうしたの?」

「もちろん断ったよ。断ったんだけど……」

 思い出して、また嫌な気分になる。

「その子、泣き出しちゃって」

「うわぁ」

 私もドン引きした。まさかそんな手法を使ってくる高校生がいるなんて。漫画とかアニメの世界だけだと思っていた。

「私が泣かせたみたいに言われてさ。小学生かっての」

うたちゃんが悪者にされたってこと?」

「周りがどういう目で見てたのかは知らないけどね」

 それまでの過程を知らない人は、私が悪い方に見えていたと思う。知っていたとしても、面倒事からは目を逸らすだろう。

「それって結局どうなったの? 大丈夫だった?」

「大丈夫だったよ。最初から見てた友達が庇ってくれたから」

 最初に庇ってくれたのは、昨日遊ぶ約束をしていた子だった。本当、いい友達を持ったと思う。

「もう疲れちゃってさー。お兄ちゃんとのことに私を巻き込まないでほしい」

 お兄ちゃんのせいじゃないから、八つ当たりもできない。それに、あんなのに寄り付かれているお兄ちゃんは、もっと大変なんだろうと思う。

「てか、そもそもお兄ちゃん、彼女いるし」

「え、マジで!?」

 学校では隠しているらしい。まあ、お兄ちゃんにはあんなファンもいるから当然だ。お兄ちゃんの彼女が何かされるなんて、あってはいけない。

「あーもう、常識ないファンの子に、お兄ちゃんのブッサイクな変顔の写真、送りつけてやろうかな」

 ちょうどこの前撮れた写真がある。お兄ちゃんには消せって怒られたけど、念のために残してあった。

「はは、やめたげてね」

 冗談だ。お兄ちゃんのあんな写真が学校中に広まれば、私まで笑われる。何なら、お兄ちゃんはそういうのを簡単にネタにできるだろうけど、私はうまくかわすなんてできないから、私の方のダメージが大きい。

「詩ちゃんはくだらないことって言ったけど、それ、結構しんどいんじゃないの?」

 如月は、私の手を握った。すごく自然だったから、払うに払えない。

「オレが何かしてあげられるってわけじゃないけど、話ぐらいなら聞くから」

 そういえば、こういう悩みは、誰かに愚痴ったり相談したりしたことがほとんどない。友達とはこういう出来事があるたびに「今回もやばかったねー」とは話すけど、それだけ。あんまり愚痴を言うのも気が引けて、ちゃんと相談できたことはない。

「誰かに話すと、結構すっきりするんだね」

「本当? ならよかった」

 私にとっては、新たな発見だった。これからは、如月だけじゃくて、友達にも相談してみようと思う。せっかく、いい友達がいるんだから。

「ただいま」

「あ、お兄ちゃん。おかえりー」

 噂をすればなんとやら。

 いつの間にか、もうそんな時間だ。意外と長く話していたんだなと実感する。後で、愚痴に付き合ってくれた如月にお礼を言っておかないと。

「何? いつも無視するくせに、気持ち悪いんだけど」

「は? じゃあ、ただいまって言わずに入ってくりゃいいじゃん。なんで文句言われないといかんの?」

「文句じゃねーし。感想だし」

「じゃあわざわざ言うなよ」

「二人とも、喧嘩しないのー」

 お兄ちゃんにファンがいるのは、やっぱり信じられない。おかえりって返しただけで文句を言ってくるような奴が好きなんて、理解できない。
 お兄ちゃんのファンに変顔写真を渡してあげようかなと、一瞬だけ本気で考えてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

処理中です...