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突然の別れ
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ハルが中学に入学する頃
ハルの2歳上の兄のヨウスケはよく問題を起こすようになった。
ずっと成績優秀だったが、中学3年になるとテストを白紙で出したことを頻繁に母に叱られていた。
家に帰らず、タバコを吸って補導されたり、バイクを盗んで乗り回し警察から連絡が来たりもした。
両親が夜中に慌ただしく出かける音でハルはよく目を覚ました。
家に連れ帰ると父親は頭ごなしにヨウスケを殴るがヨウスケもまた反抗する。
「人殺しよりはマシだ。」
そして父親がまた逆上する。
2人の争う声は一晩中響いていた。
同じ中学校だったため、学校に居ても兄の悪さは嫌でもハルの耳に入ってくる。
ヨウスケのこともあって家に帰ると両親は毎日喧嘩が絶えなかった。
食事中に喧嘩が始まり父親が壁に向けて投げつけた缶ビールがハルに当たり怪我をしたこともあった。
そんな時、祖母は強かった。
両親を家から締め出し、反省するまで決して中に入ることを許さなかった。
祖母はハルと兄弟に
「あんたたちのことはばあちゃんが守るから安心して勉強頑張るんだよ。」
いつもそう言ってくれた。
しかしその言葉はヨウスケには響かなかったようだ。
何とか地元の工業高校に入学したが、相変わらず素行は悪かった。
その悪さは地元では有名でヨウスケの名前を知らない者はいないほどになった。
しかし、ハルの同級生の中にはヨウスケに憧れる子もいた。
ハルは元々、人前では何事にも動じないところがあったため、それが周囲に強い子という印象を与えた。
「流石、ヨウスケくんの妹」
とよく言われた。
あんなに避けられていたハルもそんなひょんなことから人気者となった。
「ヨウスケくんの妹よ。ほらほら早く渡しなよ。」
「あの、これお兄ちゃんに渡しといてくれる?」
と兄へのラブレターを渡され、戸惑ったこともあった。
渡したところでどうせ見ないのだが…
でもいいことばかりではなかった。
ヨウスケに憧れる男の先輩によく話しかけられるようになったハルは、先輩ということもあって愛想良く接した。
それを良く思わない女の先輩によく呼び出された。
「あんた、生意気なんだけど。調子乗ってるの。」
自転車通学だったハルの自転車が壊されたこともあった。
「お前、辛い時は辛いと言えよ。」
壊れた自転車はタカヤが直してくれた。
その日からタカヤがずっと側に居てくれた。
タカヤとは同じ高校に進学した。
高校生になってからもクラスも同じということもあり、学校でも登下校もいつもタカヤと一緒だった。
周囲からは
「付き合ってるの?」
と、よく聞かれるがふたりとも付き合うとか意識したことがなかった。
ずっと一緒だったし、ハルの中では横にタカヤがいることが当たり前になっていた。
タカヤの気持ちは分からなかったが、ハルはタカヤのことは親友であり、人として大好きだった。
ただ、側にいてくれることが幸せだった。
高校2年生になってクラスが分かれると学校ではあまり話さなくなったが、登下校は相変わらず一緒だった。
ある日の放課後、ハルは3年生の先輩に呼び止められた。
タカヤと同じバスケ部のキャプテンの佐久間ユウキだ。
「ハルちゃん、話があるんだけどいいかな?」
ハルはタカヤの顔を見た。
タカヤはハルから目を逸らしユウキの方を見た。
「先、帰るんで、どうぞ。」
タカヤはそのまま走って行ってしまった。
ハルはタカヤのうしろ姿を目で追いながら今までに感じたことのない寂しさを感じた。
胸が締め付けられように痛んだ。
「なんか、悪いことしたかな?もしかしてふたり付き合ってるとか…」
先輩の言葉にハルは慌てて答えた。
「全然、付き合ってませんから。幼馴染なんです。」
ユウキの笑顔は素敵だった。
「良かった…」
ハルはその言葉を聞いて次に何を言われるか想像できた。
タカヤも尊敬しているとてもいい先輩だ。
ハルも何度か話したことはあったが、ユウキのことはよく知らなかった。
「俺ももう3年だし残りの高校生活、後悔したくなくて…もしハルちゃんさえ良かったら付き合って下さい。」
ハルはどう返していいのか分からなかった。
ユウキはイケメン、長身で人気者だ。
そんな素敵な瞬間になぜかタカヤの顔が浮かぶ。
さっきのタカヤの寂しそうな背中が忘れられない。
ハルはこの胸の痛みが何なのか気付いてしまった。
「返事はゆっくり考えて。」
そう言い残してユウキは行ってしまった。
ハルは
「どうしよう。どうしよう。」
そう小さく呟いて自転車を引きながらゆっくり歩いた。
気付いたらタカヤの家の前に立っていた。
「外に出てきて」
ハルはタカヤにメールを送信した。
「どうした?」
タカヤが玄関からゆっくり出てきて低い声で言った。
その言葉が、何だか冷たく感じた。
「どうしよう…あたし…」
タカヤのこと好き
と言いたいのに言葉が出なかった。
ソワソワするハルにタカヤは
「先輩に告白でもされたか?」
と明るく聞いた。
ハルは黙って頷いた。
「あんなイケメンに告られて良かったな。」
ハルはそのことよりもタカヤのことを異性として好きなことに気付いてしまったことを伝えるべきか悩んでいた
その時
「付き合っちゃえば?俺も好きな子いるし…」
その瞬間、ハルは雷を落とされたような衝撃を受けた。
告白もしていないのにフラれてしまった。
ハルはタカヤも自分のことを好きかもしれないと思っていた。
寂しそうに感じたタカヤのうしろ姿は勘違いだったのか…
ハルは恥ずかしくて悲しくて
もうそれ以上タカヤの顔を見ることが出来なかった。
「なんか、ごめんね。先輩のことは考えてみるね。ありがとう。」
そう言い残して今度は自転車を力一杯漕いで帰った。
ハルは家に着くなり階段を駆け上がり
枕に顔をうずめて
「バカバカバカ。タカヤのバカ。好きな子って誰よ。」
と泣いた。
次の朝
ハルは朝早くに家を出て、ひとりで登校した。
タカヤに合わせる顔がなかったからだ。
その日以来、ハルとタカヤは気不味いまま学校でも挨拶すらしなくなった。
一緒に登下校もしなくなった。
ハルはただタカヤと過ごした時間が恋しかった。
1日がとても長く感じられた。
ハルがユウキから告白されて2週間程過ぎた頃
「ハルちゃん、週末空いてる?」
下校中のハルに走り寄ってきてユウキが聞いた。
「はい、特に何もないです。」
少し考えてからハルは答えた。
「良かった。観たい映画があるんだけど、一緒に行こ。」
タカヤと話す時と違ってハルはとても緊張していた。
思わず
「はい。行きます。」
と返した。
もう、タカヤのことは忘れよう。
他に好きな子いるみたいだし、応援してあげよう。
そう思ったら、くよくよ考えてるのがバカらしくなってきた。
「あとさ、返事は急がないと言ったけど、まだ考え中かな?」
ハルはその言葉を聞いて深呼吸して言った。
「私で良ければお願いします。」
先輩はガッツポーズをした。
ハルは静かに微笑んだ。
その時タカヤはその様子を遠くから見ていた。
タカヤはハルに言ってしまった心にもない言葉を後悔していた。
ハル以外に好きな子なんていなかった。
そんな自分に腹を立てて近くの石垣を素手で殴った。
血が流れてもその痛みより心の痛みの方が大きかった。
その週の日曜日
ハルとユウキは駅で待ち合わせをした。
ホームのベンチに腰掛けハルはとても緊張していた。
何事にも、動じなかったハルが嘘みたいに固まっていた。
そんなハルの顔をユウキは覗き込み爽やかな笑顔で見つめる。
電車がホームに入ってくるとユウキはハルの手を握った。
男の人と手を繋ぐのは初めてでますます緊張した。
映画館に着くまでずっと繋いだままだった。
ハルはその日ユウキと何を話したのか、ひとつも思い出せなかった。
家に着くなり
ハルは部屋のベッドに仰向けに寝転んで
「疲れた。」
そう呟いた。
タカヤに会いたい。
会って思い切り笑いたい。
その時はそれがハルの本心だった。
次の日からユウキは毎日昼休みになると
ハルの教室を訪ねてきた。
天気の良い日には中庭でお弁当を一緒に食べた。
ユウキは学校では有名人。
噂はすぐに広まった。
そんなある日
その日も中庭で2人はお弁当を食べた。
食べ終わるとユウキはハルの膝枕で眠る。
ハルがふと校舎の窓に目をやると2階の窓に片肘をついてタカヤがこちらを見ていた。
目が合ったと思った瞬間、ハルはすぐに目を逸らした。
もう一度見返すと、もうそこにタカヤはいなかった。
ハルは辺りを見渡してタカヤを探した。
それに気付いたユウキが
「どうした?」
と起き上がった。
「いや、なんでもないです。」
ハルは慌てて言った。
「ハル」
ユウキは突然ハルを呼び捨てにした。
ハルは背筋を伸ばしてユウキを見た。
「これから、そう呼ぶよ。ハルも俺のこと名前で呼んでよ。先輩じゃなくてユウキ。」
ユウキにそう提案されてハルは
「はい。ユウキさん。」
と呼んでみた。
ユウキは声を出して笑った。
「さん…て。敬語も禁止な。」
「はい。ユウキくん。」
そう言い直したハルの頬をユウキは両手で挟んで笑った。
「変顔もかわいい。」
頬を挟まれたままハルは
「やめてくらはい。」
と言った。
ユウキは大声で笑った。
「敬語やめるまでやめない。」
「やめなはい。」
とハルが言うと。
「おっと、いきなりタメ口すっ飛ばして命令か。」
とユウキはずっと笑っていた。
ハルもユウキと居ても自然と笑えるようになってきた。
夏休みに入る頃になるとユウキは受験勉強の為ハルとはあまり会えなくなった。
それでもユウキは毎日のメールと電話は
欠かさなかった。
ハルは会えなくてもそれだけでとても大事にされてると感じて幸せだった。
いつしかタカヤのこともあまり考えないようになっていた。
そして
ちょうどお盆が過ぎた頃
悲しみは突然やってきた。
早朝に家の電話が鳴った。
その音で目が覚めたハルは2階の子機を取った。
「もしもし」
「楠木タエさんのお宅ですか?」
「はい、そうです。」
「タエさんが、早朝に事故に遭われまして…今、一番近い市内の総合病院に搬送されました。」
それは祖母が事故に遭ったという警察からの電話だった。
家族全員で病院に到着した時にはもう既に息を引きとった後だった。
ハルの祖母はお盆前後になると
みんながまだ寝ている時間の早朝に1人でお寺にお参りに行く。
その帰り道に居眠り運転のトラックに轢かれた。
ハルは大好きな祖母の突然の死がなかなか受け入れられなかった。
何日も何日も泣いたが、涙は枯れなかった。
新学期が始まってからも体調が悪いとよく早退した。
ユウキがメールをしても返信する気力さえ失っていた。
そんなハルに母親は
「あんた、いい加減にしなさい。」
と怒鳴るばかり。
ハルは家にも居場所が無いと感じていた。
家を出てふらりふらりと外を歩いた。
行くあてもなかったが、ふとあのイチョウの木を思い出した。
そこには畑仕事の合間に祖母が持ってきた差し入れをみんなで食べた思い出があった。
行けば祖母に会える気がした。
そしてイチョウの木まで来ると木の幹に抱きついてまた泣いた。
「ばあちゃん、会いたいよ。」
しばらくすると
ハルの背中がじんわりと温かくなった。
ハルの両手を誰かが後ろから握った。
ハルはきっと祖母だ。
祖母が会いに来てくれたんだと思いそのまま目を閉じてその温もりを感じていた。
とても幸せな気分になって心が落ち着いてきた。
「ばあちゃん、ありがとう。」
そう言ってハルはゆっくりと目を開けた。
そして、ハルはそれが祖母でないことにその時初めて気付いた。
慌てて振り返るとそれは
タカヤだった。
ハルの2歳上の兄のヨウスケはよく問題を起こすようになった。
ずっと成績優秀だったが、中学3年になるとテストを白紙で出したことを頻繁に母に叱られていた。
家に帰らず、タバコを吸って補導されたり、バイクを盗んで乗り回し警察から連絡が来たりもした。
両親が夜中に慌ただしく出かける音でハルはよく目を覚ました。
家に連れ帰ると父親は頭ごなしにヨウスケを殴るがヨウスケもまた反抗する。
「人殺しよりはマシだ。」
そして父親がまた逆上する。
2人の争う声は一晩中響いていた。
同じ中学校だったため、学校に居ても兄の悪さは嫌でもハルの耳に入ってくる。
ヨウスケのこともあって家に帰ると両親は毎日喧嘩が絶えなかった。
食事中に喧嘩が始まり父親が壁に向けて投げつけた缶ビールがハルに当たり怪我をしたこともあった。
そんな時、祖母は強かった。
両親を家から締め出し、反省するまで決して中に入ることを許さなかった。
祖母はハルと兄弟に
「あんたたちのことはばあちゃんが守るから安心して勉強頑張るんだよ。」
いつもそう言ってくれた。
しかしその言葉はヨウスケには響かなかったようだ。
何とか地元の工業高校に入学したが、相変わらず素行は悪かった。
その悪さは地元では有名でヨウスケの名前を知らない者はいないほどになった。
しかし、ハルの同級生の中にはヨウスケに憧れる子もいた。
ハルは元々、人前では何事にも動じないところがあったため、それが周囲に強い子という印象を与えた。
「流石、ヨウスケくんの妹」
とよく言われた。
あんなに避けられていたハルもそんなひょんなことから人気者となった。
「ヨウスケくんの妹よ。ほらほら早く渡しなよ。」
「あの、これお兄ちゃんに渡しといてくれる?」
と兄へのラブレターを渡され、戸惑ったこともあった。
渡したところでどうせ見ないのだが…
でもいいことばかりではなかった。
ヨウスケに憧れる男の先輩によく話しかけられるようになったハルは、先輩ということもあって愛想良く接した。
それを良く思わない女の先輩によく呼び出された。
「あんた、生意気なんだけど。調子乗ってるの。」
自転車通学だったハルの自転車が壊されたこともあった。
「お前、辛い時は辛いと言えよ。」
壊れた自転車はタカヤが直してくれた。
その日からタカヤがずっと側に居てくれた。
タカヤとは同じ高校に進学した。
高校生になってからもクラスも同じということもあり、学校でも登下校もいつもタカヤと一緒だった。
周囲からは
「付き合ってるの?」
と、よく聞かれるがふたりとも付き合うとか意識したことがなかった。
ずっと一緒だったし、ハルの中では横にタカヤがいることが当たり前になっていた。
タカヤの気持ちは分からなかったが、ハルはタカヤのことは親友であり、人として大好きだった。
ただ、側にいてくれることが幸せだった。
高校2年生になってクラスが分かれると学校ではあまり話さなくなったが、登下校は相変わらず一緒だった。
ある日の放課後、ハルは3年生の先輩に呼び止められた。
タカヤと同じバスケ部のキャプテンの佐久間ユウキだ。
「ハルちゃん、話があるんだけどいいかな?」
ハルはタカヤの顔を見た。
タカヤはハルから目を逸らしユウキの方を見た。
「先、帰るんで、どうぞ。」
タカヤはそのまま走って行ってしまった。
ハルはタカヤのうしろ姿を目で追いながら今までに感じたことのない寂しさを感じた。
胸が締め付けられように痛んだ。
「なんか、悪いことしたかな?もしかしてふたり付き合ってるとか…」
先輩の言葉にハルは慌てて答えた。
「全然、付き合ってませんから。幼馴染なんです。」
ユウキの笑顔は素敵だった。
「良かった…」
ハルはその言葉を聞いて次に何を言われるか想像できた。
タカヤも尊敬しているとてもいい先輩だ。
ハルも何度か話したことはあったが、ユウキのことはよく知らなかった。
「俺ももう3年だし残りの高校生活、後悔したくなくて…もしハルちゃんさえ良かったら付き合って下さい。」
ハルはどう返していいのか分からなかった。
ユウキはイケメン、長身で人気者だ。
そんな素敵な瞬間になぜかタカヤの顔が浮かぶ。
さっきのタカヤの寂しそうな背中が忘れられない。
ハルはこの胸の痛みが何なのか気付いてしまった。
「返事はゆっくり考えて。」
そう言い残してユウキは行ってしまった。
ハルは
「どうしよう。どうしよう。」
そう小さく呟いて自転車を引きながらゆっくり歩いた。
気付いたらタカヤの家の前に立っていた。
「外に出てきて」
ハルはタカヤにメールを送信した。
「どうした?」
タカヤが玄関からゆっくり出てきて低い声で言った。
その言葉が、何だか冷たく感じた。
「どうしよう…あたし…」
タカヤのこと好き
と言いたいのに言葉が出なかった。
ソワソワするハルにタカヤは
「先輩に告白でもされたか?」
と明るく聞いた。
ハルは黙って頷いた。
「あんなイケメンに告られて良かったな。」
ハルはそのことよりもタカヤのことを異性として好きなことに気付いてしまったことを伝えるべきか悩んでいた
その時
「付き合っちゃえば?俺も好きな子いるし…」
その瞬間、ハルは雷を落とされたような衝撃を受けた。
告白もしていないのにフラれてしまった。
ハルはタカヤも自分のことを好きかもしれないと思っていた。
寂しそうに感じたタカヤのうしろ姿は勘違いだったのか…
ハルは恥ずかしくて悲しくて
もうそれ以上タカヤの顔を見ることが出来なかった。
「なんか、ごめんね。先輩のことは考えてみるね。ありがとう。」
そう言い残して今度は自転車を力一杯漕いで帰った。
ハルは家に着くなり階段を駆け上がり
枕に顔をうずめて
「バカバカバカ。タカヤのバカ。好きな子って誰よ。」
と泣いた。
次の朝
ハルは朝早くに家を出て、ひとりで登校した。
タカヤに合わせる顔がなかったからだ。
その日以来、ハルとタカヤは気不味いまま学校でも挨拶すらしなくなった。
一緒に登下校もしなくなった。
ハルはただタカヤと過ごした時間が恋しかった。
1日がとても長く感じられた。
ハルがユウキから告白されて2週間程過ぎた頃
「ハルちゃん、週末空いてる?」
下校中のハルに走り寄ってきてユウキが聞いた。
「はい、特に何もないです。」
少し考えてからハルは答えた。
「良かった。観たい映画があるんだけど、一緒に行こ。」
タカヤと話す時と違ってハルはとても緊張していた。
思わず
「はい。行きます。」
と返した。
もう、タカヤのことは忘れよう。
他に好きな子いるみたいだし、応援してあげよう。
そう思ったら、くよくよ考えてるのがバカらしくなってきた。
「あとさ、返事は急がないと言ったけど、まだ考え中かな?」
ハルはその言葉を聞いて深呼吸して言った。
「私で良ければお願いします。」
先輩はガッツポーズをした。
ハルは静かに微笑んだ。
その時タカヤはその様子を遠くから見ていた。
タカヤはハルに言ってしまった心にもない言葉を後悔していた。
ハル以外に好きな子なんていなかった。
そんな自分に腹を立てて近くの石垣を素手で殴った。
血が流れてもその痛みより心の痛みの方が大きかった。
その週の日曜日
ハルとユウキは駅で待ち合わせをした。
ホームのベンチに腰掛けハルはとても緊張していた。
何事にも、動じなかったハルが嘘みたいに固まっていた。
そんなハルの顔をユウキは覗き込み爽やかな笑顔で見つめる。
電車がホームに入ってくるとユウキはハルの手を握った。
男の人と手を繋ぐのは初めてでますます緊張した。
映画館に着くまでずっと繋いだままだった。
ハルはその日ユウキと何を話したのか、ひとつも思い出せなかった。
家に着くなり
ハルは部屋のベッドに仰向けに寝転んで
「疲れた。」
そう呟いた。
タカヤに会いたい。
会って思い切り笑いたい。
その時はそれがハルの本心だった。
次の日からユウキは毎日昼休みになると
ハルの教室を訪ねてきた。
天気の良い日には中庭でお弁当を一緒に食べた。
ユウキは学校では有名人。
噂はすぐに広まった。
そんなある日
その日も中庭で2人はお弁当を食べた。
食べ終わるとユウキはハルの膝枕で眠る。
ハルがふと校舎の窓に目をやると2階の窓に片肘をついてタカヤがこちらを見ていた。
目が合ったと思った瞬間、ハルはすぐに目を逸らした。
もう一度見返すと、もうそこにタカヤはいなかった。
ハルは辺りを見渡してタカヤを探した。
それに気付いたユウキが
「どうした?」
と起き上がった。
「いや、なんでもないです。」
ハルは慌てて言った。
「ハル」
ユウキは突然ハルを呼び捨てにした。
ハルは背筋を伸ばしてユウキを見た。
「これから、そう呼ぶよ。ハルも俺のこと名前で呼んでよ。先輩じゃなくてユウキ。」
ユウキにそう提案されてハルは
「はい。ユウキさん。」
と呼んでみた。
ユウキは声を出して笑った。
「さん…て。敬語も禁止な。」
「はい。ユウキくん。」
そう言い直したハルの頬をユウキは両手で挟んで笑った。
「変顔もかわいい。」
頬を挟まれたままハルは
「やめてくらはい。」
と言った。
ユウキは大声で笑った。
「敬語やめるまでやめない。」
「やめなはい。」
とハルが言うと。
「おっと、いきなりタメ口すっ飛ばして命令か。」
とユウキはずっと笑っていた。
ハルもユウキと居ても自然と笑えるようになってきた。
夏休みに入る頃になるとユウキは受験勉強の為ハルとはあまり会えなくなった。
それでもユウキは毎日のメールと電話は
欠かさなかった。
ハルは会えなくてもそれだけでとても大事にされてると感じて幸せだった。
いつしかタカヤのこともあまり考えないようになっていた。
そして
ちょうどお盆が過ぎた頃
悲しみは突然やってきた。
早朝に家の電話が鳴った。
その音で目が覚めたハルは2階の子機を取った。
「もしもし」
「楠木タエさんのお宅ですか?」
「はい、そうです。」
「タエさんが、早朝に事故に遭われまして…今、一番近い市内の総合病院に搬送されました。」
それは祖母が事故に遭ったという警察からの電話だった。
家族全員で病院に到着した時にはもう既に息を引きとった後だった。
ハルの祖母はお盆前後になると
みんながまだ寝ている時間の早朝に1人でお寺にお参りに行く。
その帰り道に居眠り運転のトラックに轢かれた。
ハルは大好きな祖母の突然の死がなかなか受け入れられなかった。
何日も何日も泣いたが、涙は枯れなかった。
新学期が始まってからも体調が悪いとよく早退した。
ユウキがメールをしても返信する気力さえ失っていた。
そんなハルに母親は
「あんた、いい加減にしなさい。」
と怒鳴るばかり。
ハルは家にも居場所が無いと感じていた。
家を出てふらりふらりと外を歩いた。
行くあてもなかったが、ふとあのイチョウの木を思い出した。
そこには畑仕事の合間に祖母が持ってきた差し入れをみんなで食べた思い出があった。
行けば祖母に会える気がした。
そしてイチョウの木まで来ると木の幹に抱きついてまた泣いた。
「ばあちゃん、会いたいよ。」
しばらくすると
ハルの背中がじんわりと温かくなった。
ハルの両手を誰かが後ろから握った。
ハルはきっと祖母だ。
祖母が会いに来てくれたんだと思いそのまま目を閉じてその温もりを感じていた。
とても幸せな気分になって心が落ち着いてきた。
「ばあちゃん、ありがとう。」
そう言ってハルはゆっくりと目を開けた。
そして、ハルはそれが祖母でないことにその時初めて気付いた。
慌てて振り返るとそれは
タカヤだった。
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