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第13話
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寝るためにベッドへ横になったというのに、もう一時間以上経とうとしていた。灯りも付けっぱなしのまま、ぼんやりと天井を見つめ続ける。
ちらりと横目にデスクを見た。そこには紙切れが二枚置かれている。
『坂本君、来月の十六日って何か予定ある?』
閉店後のことだ。久瀬が不意に尋ねてきた。
毎年八月の十四日から十六日までの三日間、隠れ家は夏期休業となる。せっかくの連休だが、まだ何も予定を決めていなかった。すると相手はバックヤードへ引っ込み、チケットを二枚手にして戻って来た。
『これ、良かったらどう?』
差し出したのは花火大会のチケットだった。この辺りで最も名の知れたもので、毎年何十万もの人が集まる夏の一大イベントだ。
おまけに「特別観覧エリア」という文字を見つけて目を瞠った。一般のエリアでも抽選販売となるほど人気があり、そう簡単には手に入らない。以前、友人が彼女と観に行くため、苦労していたのを思い出す。
『どうしたんですか、これ』
久瀬とチケットを交互に見遣る。
『福本さん、いるでしょ。コーヒー豆店の、前の店主だったおじいさん。この間、顔を見に行った時に譲ってくれてね。でも俺、行けそうになくてさ。坂本君、どう?』
『いいんですか? こんなレアなチケット』
『俺が持ってても無駄になっちゃうし。坂本君、花火とか観るの好きそうだから』
相手はさらりと言い当てる。面食らっているところに、続けて告げた。
『二枚あるし、誰か誘ってさ』
そう言われて、真っ先に浮かんだのが立花の顔だった。
「…………立花さんと観れたらな…………」
友人でもいいが、せっかく貴重なチケットを譲ってもらったのだ。立花を誘ったら、喜んでもらえたりしないだろうか。
ただ久瀬ならまず、立花や早乙女に話をしているはずだ。早乙女はそもそも花火大会自体に興味が無さそうだけど、立花は何か予定が入っていて断ったのではないか。そして自分に話が回ってきた。
推測でしかないが、可能性はある。こんなことなら久瀬にそれとなく聞いておけば良かった。すっかり舞い上がり、そこまで考えが及んでいなかった。
「…………でもな…………」
三日前、隠れ家で立花に会うことはできたものの、本音を言えばもう少しゆっくり話がしたかった。
そこで巡ってきた、またとない機会。しかもチケットを譲ってもらったという後ろ盾まである。このチャンスを使わない手はないだろう。
「……ダメ元で誘ってみるか………………」
おもむろに起き上がり、枕元に置いていたスマートフォンを手に取った。真っ暗な画面をしばらく見つめた後、メッセージアプリを開いた。
『お疲れ様です。夜遅くにすみません。八月十六日って何か予定って入ってますか? 花火大会のチケットをもらったんでけど、良かったら一緒に行きませんか?』
送信ボタンをタップすると、メッセージとともに送信時刻が表示された。そろそろ夜中の一時を過ぎようとしている。
この時間では相手ももう寝ていることだろう。自分も眠りに就くため、ようやく部屋の灯りを消した。
「………………」
けれど、瞼を閉じただけでは睡魔もやって来てはくれない。ずるずると端末へと吸い寄せられてしまう意識を何とか引き戻そうと、眉間に皺が寄る。寝るどころか葛藤し始めた矢先、突然バイブレーションが短く振動した。
反射的に手が伸びた。画面を開けば、立花から返信が届いていた。
『送る相手、間違ってない?』
「えっ」
思わず声が出た。夜更けの静まり返った部屋にはやや大きく響いた。半開きの口を塞ぐことができず、まじまじと文面を見つめる。
どうして間違えていると思われてしまったのか。送ったものを二度読み返し、相手の名前を入れていないことに気がついた。でも、立花宛てに送っているものにわざわざ名前を書き入れる必要もないだろう。
考えあぐねながらも、とりあえず返事を送る。
『間違ってません。立花さんに送ってます』
『そう』
『予定入ってますか?』
『その日は何もないよ』
『花火観るのとか、好きですか?』
『うん。毎年どこかしらの花火大会に行ってる』
『そうなんですか。じゃぁ、一緒に観に行きませんか?』
既読のマークはすぐについた。ところがなかなか返事は来ない。どうしたのだろう。しばし画面を注視する。
『俺とでいいの?』
「…………いいの、って…………」
思わず拍子抜けしてしまった。こっちは悩みに悩み抜いてメッセージを送っているというのに。スマートフォンを握り直し、言葉を探す。
『立花さんと行きたいんで誘ってます』
これ以上にないほどはっきりと言葉にした。これで伝わらないわけがない。
五分待ち、さらに十分待った。それでもまだ返事は届かない。
画面の端をまたちらりと見遣れば、一時三十六分と表示されていた。もしかしたら寝ながら返信を打っていて、そのまま寝落ちしてしまっただろうか。
きっとそうだと自分に言い聞かせ、とにかくベッドへ寝転がった。瞑想でもするかのように強く目を閉じる。
すると、握ったままの端末が短く振えた。
『わかった。いいよ』
たった二言。それだけでも張っていた気がゆるゆると緩んでいく。
お礼と夜遅くにメッセージを送ってしまったことを詫びてアプリを閉じた。ようやくスマートフォンから手を放すと、体が一際ベッドへと沈んでいった。
立花を無事誘うことはできた。けれど手放しで喜ぶことができない。
「…………送る相手、間違ってない、か…………」
用があるからとあっさり誘いを断られた方が、ダメージもまだ少なかったかもしれない。他人事のような台詞は、まるで刃のように胸に突き刺さっていた。
力なく目を閉じる。少し離れた所に立花が現われた。彼の両隣には早乙女と久瀬がいて、楽しそうに談笑している。隠れ家でよく見る光景だ。つい先日もこんな風に彼らを眺めていた。
刃が深くめり込むような感覚だった。息苦しさを覚えてゆっくりと瞼を持ち上げた。そしてまた閉じてを繰り返す。
いつまでもそんなことをしていたせいで、眠りが訪れた頃には夜が明けようとしていた。
ちらりと横目にデスクを見た。そこには紙切れが二枚置かれている。
『坂本君、来月の十六日って何か予定ある?』
閉店後のことだ。久瀬が不意に尋ねてきた。
毎年八月の十四日から十六日までの三日間、隠れ家は夏期休業となる。せっかくの連休だが、まだ何も予定を決めていなかった。すると相手はバックヤードへ引っ込み、チケットを二枚手にして戻って来た。
『これ、良かったらどう?』
差し出したのは花火大会のチケットだった。この辺りで最も名の知れたもので、毎年何十万もの人が集まる夏の一大イベントだ。
おまけに「特別観覧エリア」という文字を見つけて目を瞠った。一般のエリアでも抽選販売となるほど人気があり、そう簡単には手に入らない。以前、友人が彼女と観に行くため、苦労していたのを思い出す。
『どうしたんですか、これ』
久瀬とチケットを交互に見遣る。
『福本さん、いるでしょ。コーヒー豆店の、前の店主だったおじいさん。この間、顔を見に行った時に譲ってくれてね。でも俺、行けそうになくてさ。坂本君、どう?』
『いいんですか? こんなレアなチケット』
『俺が持ってても無駄になっちゃうし。坂本君、花火とか観るの好きそうだから』
相手はさらりと言い当てる。面食らっているところに、続けて告げた。
『二枚あるし、誰か誘ってさ』
そう言われて、真っ先に浮かんだのが立花の顔だった。
「…………立花さんと観れたらな…………」
友人でもいいが、せっかく貴重なチケットを譲ってもらったのだ。立花を誘ったら、喜んでもらえたりしないだろうか。
ただ久瀬ならまず、立花や早乙女に話をしているはずだ。早乙女はそもそも花火大会自体に興味が無さそうだけど、立花は何か予定が入っていて断ったのではないか。そして自分に話が回ってきた。
推測でしかないが、可能性はある。こんなことなら久瀬にそれとなく聞いておけば良かった。すっかり舞い上がり、そこまで考えが及んでいなかった。
「…………でもな…………」
三日前、隠れ家で立花に会うことはできたものの、本音を言えばもう少しゆっくり話がしたかった。
そこで巡ってきた、またとない機会。しかもチケットを譲ってもらったという後ろ盾まである。このチャンスを使わない手はないだろう。
「……ダメ元で誘ってみるか………………」
おもむろに起き上がり、枕元に置いていたスマートフォンを手に取った。真っ暗な画面をしばらく見つめた後、メッセージアプリを開いた。
『お疲れ様です。夜遅くにすみません。八月十六日って何か予定って入ってますか? 花火大会のチケットをもらったんでけど、良かったら一緒に行きませんか?』
送信ボタンをタップすると、メッセージとともに送信時刻が表示された。そろそろ夜中の一時を過ぎようとしている。
この時間では相手ももう寝ていることだろう。自分も眠りに就くため、ようやく部屋の灯りを消した。
「………………」
けれど、瞼を閉じただけでは睡魔もやって来てはくれない。ずるずると端末へと吸い寄せられてしまう意識を何とか引き戻そうと、眉間に皺が寄る。寝るどころか葛藤し始めた矢先、突然バイブレーションが短く振動した。
反射的に手が伸びた。画面を開けば、立花から返信が届いていた。
『送る相手、間違ってない?』
「えっ」
思わず声が出た。夜更けの静まり返った部屋にはやや大きく響いた。半開きの口を塞ぐことができず、まじまじと文面を見つめる。
どうして間違えていると思われてしまったのか。送ったものを二度読み返し、相手の名前を入れていないことに気がついた。でも、立花宛てに送っているものにわざわざ名前を書き入れる必要もないだろう。
考えあぐねながらも、とりあえず返事を送る。
『間違ってません。立花さんに送ってます』
『そう』
『予定入ってますか?』
『その日は何もないよ』
『花火観るのとか、好きですか?』
『うん。毎年どこかしらの花火大会に行ってる』
『そうなんですか。じゃぁ、一緒に観に行きませんか?』
既読のマークはすぐについた。ところがなかなか返事は来ない。どうしたのだろう。しばし画面を注視する。
『俺とでいいの?』
「…………いいの、って…………」
思わず拍子抜けしてしまった。こっちは悩みに悩み抜いてメッセージを送っているというのに。スマートフォンを握り直し、言葉を探す。
『立花さんと行きたいんで誘ってます』
これ以上にないほどはっきりと言葉にした。これで伝わらないわけがない。
五分待ち、さらに十分待った。それでもまだ返事は届かない。
画面の端をまたちらりと見遣れば、一時三十六分と表示されていた。もしかしたら寝ながら返信を打っていて、そのまま寝落ちしてしまっただろうか。
きっとそうだと自分に言い聞かせ、とにかくベッドへ寝転がった。瞑想でもするかのように強く目を閉じる。
すると、握ったままの端末が短く振えた。
『わかった。いいよ』
たった二言。それだけでも張っていた気がゆるゆると緩んでいく。
お礼と夜遅くにメッセージを送ってしまったことを詫びてアプリを閉じた。ようやくスマートフォンから手を放すと、体が一際ベッドへと沈んでいった。
立花を無事誘うことはできた。けれど手放しで喜ぶことができない。
「…………送る相手、間違ってない、か…………」
用があるからとあっさり誘いを断られた方が、ダメージもまだ少なかったかもしれない。他人事のような台詞は、まるで刃のように胸に突き刺さっていた。
力なく目を閉じる。少し離れた所に立花が現われた。彼の両隣には早乙女と久瀬がいて、楽しそうに談笑している。隠れ家でよく見る光景だ。つい先日もこんな風に彼らを眺めていた。
刃が深くめり込むような感覚だった。息苦しさを覚えてゆっくりと瞼を持ち上げた。そしてまた閉じてを繰り返す。
いつまでもそんなことをしていたせいで、眠りが訪れた頃には夜が明けようとしていた。
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