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第16話
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「イヴもクリスマスも予定が無いなんて、寂しい奴だなぁ」
「ほっといて下さい。それよりちゃんと残業代出して下さいよ」
「わかってるって」
静まり返ったバックヤードには俺と斎藤の二人だけだ。
他のアルバイトの子達は待っていてくれる人がいるらしく、定時になるとそそくさと帰っていった。
激動の第一戦目、十二月二十四日の営業がようやく幕を閉じた。
毎年の如く商品の回転が速く、冷蔵倉庫内の整理まで手が回らなかった。
おかげで中はひっちゃかめっちゃかだ。
どこに何があって、どれだけ在庫が残っているのかも定かではなく、明日にはまた発注したものが届いてしまう。
明日の準備も兼ね、これといった用も無い二人で地道に片していく。
「あー……、こんな事してないで、早く帰りたい……」
「口じゃなくて、手を動かして下さい」
俺のぼやきを斎藤は容赦なくあしらってくれる。
立場を逆転させながら、段ボールを持ち上げては思いを馳せる。
自分にも先日、晴れて恋人ができたのだが、何せ今をときめく国民的アイドルだ。
クリスマスイヴなんて大イベントに仕事が入っていない訳がない。
今日、明日と都内で一万人規模のライブを開催していて、今夜放送の音楽番組内ではその模様を中継してくれる予定だった。
せめてその姿だけでも見たいと、しっかり録画予約もしてきた。
早く帰って、画面の中でもいい。
彼に会いたい。
強くそう願った直後、スマートフォンが着信を告げた。
画面に表示されているのは恋人の名前で、あまりのタイミングの良さに嬉しさよりも驚きが勝ってしまった。
斎藤に断りを入れ、慌てて倉庫から飛び出した。
一呼吸置き、落ち着いてから俺は通話ボタンをタップした。
『義彦さん? ごめんなさい。今、大丈夫ですか?』
「大丈夫ですけど、どうしたの? ライブは」
『ライブは無事終わりました。これから会場を出るところです』
声音は元気よく弾んでいる。
きっと楽しいステージになったのだろう。
彼が嬉しそうだと、自分まで嬉しくなる。
『あの、今日これから』
その続きを遮って誰かが充輝の名前を呼んだ。
男の声で何やら怒っているようだ。
電話口からでも不穏な空気が感じられて、心配になり何度も声を掛けた。
『あの男か』
争う声の合間にそんな言葉を聞いた。
揉み合いにまでなっているらしく、ゴゴッと大きな音がしたのも束の間、突き刺すような鋭さで問い掛けてきた。
『おい、久保か。どういうつもりだ』
後ろの方で「佐倉、やめて」と充輝が慌てている。
佐倉と聞いて心当たりがあると言えば、あの人だろうか。
「あ、マネージャーの……」
充輝から、今後仕事と交際を両立させるためにも、マネージャーには事情を話したいと相談されていた。
彼の特別な立場と自分達のマイノリティ的な立場の両方から見ても、協力してくれる人がいれば心強いのは確かだ。
ただ一度電話で話をした時のことを思い返すと、良くない顔をされるだろうなと予想はしていた。
案の定、名乗りもせず、相手ははっきりと言い放った。
『どうやって誑かしたのかは知らないが、こちらは認めてはいないからな』
「いや、誑かした訳では……」
どうやら、さらに毛嫌いされてしまったようだ。
前回は感情というものを感じられないくらい淡々としていたけど、今回は言葉の端々から怒気が噴出している。
『いいか、二時間だ。二時間だけくれてやる。時間になれば、問答無用で連れて帰るからな』
冷静沈着な男が乱暴な言葉を使ってくるあたり、俺への嫌悪感も相当なものであると窺える。
おまけに話も見えなくて、頭を抱えたくなってしまう。
二時間とは一体何のことだろうか。
充輝とのお付き合いを続けていくためにも、自分もまた彼と良好な関係を築く必要がある。
これは早急に直接マネージャーと会って、ちゃんと誠意を伝えるべきかもしれない。
交際を認めてもらうため、相手の父親の元へ挨拶に向かうような気分だ。
次に充輝と会った時にでも相談してみようかと考えを巡らせる。
その間に電話の向こうはまた騒がしくなり、今度は愛しの相手に名を呼ばれた。
『義彦さん、本っ当にすみません……!」
「充輝さん? マネージャーさんは?」
『控え室から追い出しました。もう大丈夫です。本当に失礼なことばっかり言ってすみません。普段はしっかり仕事もしてくれて本当頼りになるんですけど、どうしてもこの手のことになると……』
「まぁ、相手の立場を考えれば仕方ないなぁとは思いますし、俺は気にしてないんで大丈夫ですよ。それより、やたら『二時間』って言ってましたけど……」
『そのことなんですけど、今日、これから義彦さんの所へ行ってもいいですか?』
「え? でも、明日もあるでしょう?」
会うことは叶わないだろうなと思っていたから、両手を広げて歓迎したいくらいだ。
でも、今日の彼は大勢の前で歌やダンスを披露して疲労困憊しているはずで、明日も公演を控えていることを考慮すれば、すんなりと頷くことはできない。
「今日はもう家で休んだ方がいいよ」
『明日の入りまで、少しですけど時間があるんです。ちょっとだけでもいいんで義彦さんと一緒にいたいんですけど、ダメですか……?』
やけに一生懸命訴える彼の、丸い目が上目にこちらを覗き込む仕草を思い浮かべる。
可愛らしくおねだりされているみたいで、呆気なく心は揺れ始めた。
黙り込むと、相手は思い出したように口を開いた。
『あ、俺が良くても、義彦さんも仕事ですもんね……』
こちらの仕事事情も少し話をしていて、大事な商戦中であることを思い出したようだ。
気を遣ってくれるものの声音には落胆している様子が隠し切れていない。
そういう素直な一面を垣間見てしまうと、どうにもこうにも「ノー」とは言えなくなってしまう。
「こっちはもうすぐ片付けも終わるところだし、明日の出勤も少し遅めにしてるから大丈夫ですよ。それよりも充輝さんの方が心配です。本当に家に帰って休まなくて大丈夫?」
『俺なんて全然。ライブ終わりっていうのもあるんですけど、イヴだって思ったら、なんかテンションも上がっちゃって』
子供みたいですよね、とカラカラと笑う。
こうやって話をしていると、会いたいという気持ちがどんどん募っていってしまう。
「じゃぁ、コンビニでケーキでも買って、俺がそっちに行きましょうか。その方が」
『いや、俺が義彦さんのとこに行きます! そうじゃないと意味がなくて……』
「何かあるんですか?」
『あのー……その、笑わないで下さいね』
「笑わないよ。何?』
『…………プレゼント、です』
「うん?」
意味がこちらにまで伝わってこなくて、俺は首を傾げる。
もう少し言葉が欲しい。
『クリスマスプレゼントは俺ってことで……俺を義彦さんのところに届けるって意味で、行きます』
「…………」
『こういうの一度やってみたかったっていうか……義彦さん? もしもし?』
膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ俺は、頭を抱えながら彼の純情に打ち震えた。
言葉を発しなくなったこちらを訝しんで、電話越しに相手が呼びかけてくる。
「…………待ってます」
『義彦さん?』
「クリスマスプレゼント、玄関で正座して待ってるから」
『……はい!』
別れの言葉を交わして、電話を切った。
緩む口元を引き締められずにいると、わざとらしい盛大な溜め息が聞こえてきた。
「早く帰らないと、待たせることになりますよ」
相も変わらず真面目に働いてくれた斎藤のおかげで、片すカートラックは残り三台となっていた。
日付は変わってしまったけど、この時間でもコンビニにクリスマスケーキは置いているだろうか。
突然訪れたクリスマスを、ささやかだけどせめて雰囲気ぐらいは味わいたい。
こんな働き盛りの社会人の所にも、サンタはやって来るものなんだな。
良い子にしていればプレゼントをもらえるという話だし、もっと良い子アピールをすれば、より良いプレゼントをもらえたりしないだろうか。
貪欲な大人は稀に見ない働きっぷりを発揮し、斎藤は「現金だ」と嘆いた。
「ほっといて下さい。それよりちゃんと残業代出して下さいよ」
「わかってるって」
静まり返ったバックヤードには俺と斎藤の二人だけだ。
他のアルバイトの子達は待っていてくれる人がいるらしく、定時になるとそそくさと帰っていった。
激動の第一戦目、十二月二十四日の営業がようやく幕を閉じた。
毎年の如く商品の回転が速く、冷蔵倉庫内の整理まで手が回らなかった。
おかげで中はひっちゃかめっちゃかだ。
どこに何があって、どれだけ在庫が残っているのかも定かではなく、明日にはまた発注したものが届いてしまう。
明日の準備も兼ね、これといった用も無い二人で地道に片していく。
「あー……、こんな事してないで、早く帰りたい……」
「口じゃなくて、手を動かして下さい」
俺のぼやきを斎藤は容赦なくあしらってくれる。
立場を逆転させながら、段ボールを持ち上げては思いを馳せる。
自分にも先日、晴れて恋人ができたのだが、何せ今をときめく国民的アイドルだ。
クリスマスイヴなんて大イベントに仕事が入っていない訳がない。
今日、明日と都内で一万人規模のライブを開催していて、今夜放送の音楽番組内ではその模様を中継してくれる予定だった。
せめてその姿だけでも見たいと、しっかり録画予約もしてきた。
早く帰って、画面の中でもいい。
彼に会いたい。
強くそう願った直後、スマートフォンが着信を告げた。
画面に表示されているのは恋人の名前で、あまりのタイミングの良さに嬉しさよりも驚きが勝ってしまった。
斎藤に断りを入れ、慌てて倉庫から飛び出した。
一呼吸置き、落ち着いてから俺は通話ボタンをタップした。
『義彦さん? ごめんなさい。今、大丈夫ですか?』
「大丈夫ですけど、どうしたの? ライブは」
『ライブは無事終わりました。これから会場を出るところです』
声音は元気よく弾んでいる。
きっと楽しいステージになったのだろう。
彼が嬉しそうだと、自分まで嬉しくなる。
『あの、今日これから』
その続きを遮って誰かが充輝の名前を呼んだ。
男の声で何やら怒っているようだ。
電話口からでも不穏な空気が感じられて、心配になり何度も声を掛けた。
『あの男か』
争う声の合間にそんな言葉を聞いた。
揉み合いにまでなっているらしく、ゴゴッと大きな音がしたのも束の間、突き刺すような鋭さで問い掛けてきた。
『おい、久保か。どういうつもりだ』
後ろの方で「佐倉、やめて」と充輝が慌てている。
佐倉と聞いて心当たりがあると言えば、あの人だろうか。
「あ、マネージャーの……」
充輝から、今後仕事と交際を両立させるためにも、マネージャーには事情を話したいと相談されていた。
彼の特別な立場と自分達のマイノリティ的な立場の両方から見ても、協力してくれる人がいれば心強いのは確かだ。
ただ一度電話で話をした時のことを思い返すと、良くない顔をされるだろうなと予想はしていた。
案の定、名乗りもせず、相手ははっきりと言い放った。
『どうやって誑かしたのかは知らないが、こちらは認めてはいないからな』
「いや、誑かした訳では……」
どうやら、さらに毛嫌いされてしまったようだ。
前回は感情というものを感じられないくらい淡々としていたけど、今回は言葉の端々から怒気が噴出している。
『いいか、二時間だ。二時間だけくれてやる。時間になれば、問答無用で連れて帰るからな』
冷静沈着な男が乱暴な言葉を使ってくるあたり、俺への嫌悪感も相当なものであると窺える。
おまけに話も見えなくて、頭を抱えたくなってしまう。
二時間とは一体何のことだろうか。
充輝とのお付き合いを続けていくためにも、自分もまた彼と良好な関係を築く必要がある。
これは早急に直接マネージャーと会って、ちゃんと誠意を伝えるべきかもしれない。
交際を認めてもらうため、相手の父親の元へ挨拶に向かうような気分だ。
次に充輝と会った時にでも相談してみようかと考えを巡らせる。
その間に電話の向こうはまた騒がしくなり、今度は愛しの相手に名を呼ばれた。
『義彦さん、本っ当にすみません……!」
「充輝さん? マネージャーさんは?」
『控え室から追い出しました。もう大丈夫です。本当に失礼なことばっかり言ってすみません。普段はしっかり仕事もしてくれて本当頼りになるんですけど、どうしてもこの手のことになると……』
「まぁ、相手の立場を考えれば仕方ないなぁとは思いますし、俺は気にしてないんで大丈夫ですよ。それより、やたら『二時間』って言ってましたけど……」
『そのことなんですけど、今日、これから義彦さんの所へ行ってもいいですか?』
「え? でも、明日もあるでしょう?」
会うことは叶わないだろうなと思っていたから、両手を広げて歓迎したいくらいだ。
でも、今日の彼は大勢の前で歌やダンスを披露して疲労困憊しているはずで、明日も公演を控えていることを考慮すれば、すんなりと頷くことはできない。
「今日はもう家で休んだ方がいいよ」
『明日の入りまで、少しですけど時間があるんです。ちょっとだけでもいいんで義彦さんと一緒にいたいんですけど、ダメですか……?』
やけに一生懸命訴える彼の、丸い目が上目にこちらを覗き込む仕草を思い浮かべる。
可愛らしくおねだりされているみたいで、呆気なく心は揺れ始めた。
黙り込むと、相手は思い出したように口を開いた。
『あ、俺が良くても、義彦さんも仕事ですもんね……』
こちらの仕事事情も少し話をしていて、大事な商戦中であることを思い出したようだ。
気を遣ってくれるものの声音には落胆している様子が隠し切れていない。
そういう素直な一面を垣間見てしまうと、どうにもこうにも「ノー」とは言えなくなってしまう。
「こっちはもうすぐ片付けも終わるところだし、明日の出勤も少し遅めにしてるから大丈夫ですよ。それよりも充輝さんの方が心配です。本当に家に帰って休まなくて大丈夫?」
『俺なんて全然。ライブ終わりっていうのもあるんですけど、イヴだって思ったら、なんかテンションも上がっちゃって』
子供みたいですよね、とカラカラと笑う。
こうやって話をしていると、会いたいという気持ちがどんどん募っていってしまう。
「じゃぁ、コンビニでケーキでも買って、俺がそっちに行きましょうか。その方が」
『いや、俺が義彦さんのとこに行きます! そうじゃないと意味がなくて……』
「何かあるんですか?」
『あのー……その、笑わないで下さいね』
「笑わないよ。何?』
『…………プレゼント、です』
「うん?」
意味がこちらにまで伝わってこなくて、俺は首を傾げる。
もう少し言葉が欲しい。
『クリスマスプレゼントは俺ってことで……俺を義彦さんのところに届けるって意味で、行きます』
「…………」
『こういうの一度やってみたかったっていうか……義彦さん? もしもし?』
膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ俺は、頭を抱えながら彼の純情に打ち震えた。
言葉を発しなくなったこちらを訝しんで、電話越しに相手が呼びかけてくる。
「…………待ってます」
『義彦さん?』
「クリスマスプレゼント、玄関で正座して待ってるから」
『……はい!』
別れの言葉を交わして、電話を切った。
緩む口元を引き締められずにいると、わざとらしい盛大な溜め息が聞こえてきた。
「早く帰らないと、待たせることになりますよ」
相も変わらず真面目に働いてくれた斎藤のおかげで、片すカートラックは残り三台となっていた。
日付は変わってしまったけど、この時間でもコンビニにクリスマスケーキは置いているだろうか。
突然訪れたクリスマスを、ささやかだけどせめて雰囲気ぐらいは味わいたい。
こんな働き盛りの社会人の所にも、サンタはやって来るものなんだな。
良い子にしていればプレゼントをもらえるという話だし、もっと良い子アピールをすれば、より良いプレゼントをもらえたりしないだろうか。
貪欲な大人は稀に見ない働きっぷりを発揮し、斎藤は「現金だ」と嘆いた。
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