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第2話
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話し始めて早十分ほど経つ。
日配部門を担当する自分は商品の保管場所となっている業務用の大型冷蔵庫の前にいた。
中では、アルバイトの斎藤がマネージャーである俺の命を受けて在庫整理をしている。
売れ行きや賞味期限を確かめながら、カートラックに乗った商品を取り出しやすいように片していく。
扱う品は幅広い。
主体となるのは日持ちのしない冷蔵商品で牛乳などの乳製品と豆腐、練り物などの和物だ。
その他にハムやソーセージと言った加工肉製品、そして冷凍食品やアイスクリームもここでは取り扱っている。
「その芸能人と遭遇した話、何回聞かせれば気が済むんですか」
斎藤は手を止めぬまま、盛大に溜め息をついた。
二枚目俳優も顔負けの整い過ぎた容姿を持つ、ごく普通の大学生は背中でうんざりしていることを伝えてくる。
二ヵ月も前の話を、もう数十回は繰り返しているのだから、当然の反応だ。
けれど、話のタイミングを見計らって文句を言ってくる辺り、多少は耳を傾けてくれているのだろう。
彼のその生真面目さが好きだった。
口の端を持ち上げただけなのに、斎藤は何かを感じ取ったようだ。
振り返り、眉を顰める。
「何だよ、その可愛くない顔はー」
身につけているエプロンの胸元にはスマイルマークがあしらわれている。
店のロゴマークだ。
それに倣って笑ってみろとからかうも、相手にするのも面倒だと言わんばかりにスルーされ、斎藤は作業へ戻ってしまう。
そういう可愛げのないところも彼らしい。
自分の勤める「スーパースマイル」は関東圏ではそこそこ名の知れた規模を持つスーパーマーケットだ。
大学時代からアルバイトとして働いていた縁から正社員採用を経て早八年。
昼間は家事や育児に忙しいパートのみんなと、夜は学業に励みながら働きに来るアルバイトと共に、社員としての仕事をこなす。
日配部門のサブマネージャーに昇進した頃、斎藤がアルバイトとして入ってきた。
直属の上司である一方、男同士で歳も近いということもあって話もよくした。
そのせいだろうか。
社員だからと気を遣ってくれたのは、初めの僅かな間だけだった。
「くだらない話をしてる暇があるなら、この無駄に高いソーセージの在庫を早く何とかして下さい。半月の間、ぴくりとも数が動いてないんですけど」
どちらが上で下なのかわからない関係性は、この四年間に培われたものだ。
「だから、考えてるって」
「また半額にして売り捌くんですか」
「……まぁ、あれだ。一回、試食してもらうって感覚でだな」
「それでこの間、店長に注意されたんじゃなかったんですか」
「だからって品数減らして選択肢の幅を狭めるってのも良くないと思うんだよ。まぁ、俺も色々考えてんだって。それより、さっきの話の続きだけどさ」
「…………」
二度目の溜め息もさらりと聞き流す。
斎藤の場合、黙り込んだということは話し始めて良いという合図なのだ。
こちらが勝手にそう解釈しているだけだけど。
「充輝、この間の『クイズ・ショータイム』でさ、何話したか、知ってるか?」
ゲスト出演したバラエティ番組のオープニングでのことだった。
彼は近況報告がてら、ある話をした。
男の自分から見ても、カッコイイと思えるサラリーマンから握手を求められた。
けれど、その人は驚くことにズボンのチャックを閉め忘れているではないか。
せっかくの男前も台無しだったけれど、そのギャップが面白くて仕方なかった。
ざっくりまとめると大体そういう内容だ。
「これってさ、どう考えても俺のことだよな」
「……まぁ、アソコを開けっ放しにしてる人なんて、そういませんからね」
「そうだよなぁ。俺のこと、カッコイイかぁ……! あの長谷川充輝に言ってもらえるなんて、信じられるか、お前!」
「…………要点はそこじゃないでしょう」
「充輝がこんな俺に惚れるなんて、考えられないよなぁ」
「誰もそこまで言ってませんよ」
斎藤の冷静なツッコミを余所に、俺は浮かれていた。
自分の容姿と言えば、良く言って中の上ぐらいだろうか。
まとまりはあるが、決定的なものが足りない為に面立ちはそこそこだ。
大学に入ってからめっきり弛んでしまった体を、百八十センチある身長がカバーする。
するとトータルバランスから、ちょっとカッコイイお兄さんにはなる。
数年前までは彼女もいたし、モテなかった訳ではないが、「カッコイイ」と言われた記憶は正直無い。
「面白くて好き」とは、よく言われたけれど。
例え、話を盛り上げる為の脚色だったとしても、凡人に、あの国民的アイドルはお褒めの言葉をくれたのだ。
彼と握手までしてもらったあの日の興奮も未だ冷めていないというのに、舞い上がる気持ちをもう抑え切れない。
歓喜にただただ酔いしれ、「んふふ」と下品な笑みを零す。
自分の存在をさらに鬱陶しく思った斎藤の冷めた視線を感じたが、構うと面倒臭いのだろう。見て見ぬ振りを決め込んだ青年に代わって、店内の商品補充から帰って来たアルバイトの女の子に声を掛けられた。
「久保さん、どうしたんですか? 酷い顔してますよ」
「いやー、充輝ってやっぱり可愛いなぁって思ってね」
口元をだらしなくさせたまま答えると、「またそれですか~」とあっさりと流されてしまった。
日配部門を担当する自分は商品の保管場所となっている業務用の大型冷蔵庫の前にいた。
中では、アルバイトの斎藤がマネージャーである俺の命を受けて在庫整理をしている。
売れ行きや賞味期限を確かめながら、カートラックに乗った商品を取り出しやすいように片していく。
扱う品は幅広い。
主体となるのは日持ちのしない冷蔵商品で牛乳などの乳製品と豆腐、練り物などの和物だ。
その他にハムやソーセージと言った加工肉製品、そして冷凍食品やアイスクリームもここでは取り扱っている。
「その芸能人と遭遇した話、何回聞かせれば気が済むんですか」
斎藤は手を止めぬまま、盛大に溜め息をついた。
二枚目俳優も顔負けの整い過ぎた容姿を持つ、ごく普通の大学生は背中でうんざりしていることを伝えてくる。
二ヵ月も前の話を、もう数十回は繰り返しているのだから、当然の反応だ。
けれど、話のタイミングを見計らって文句を言ってくる辺り、多少は耳を傾けてくれているのだろう。
彼のその生真面目さが好きだった。
口の端を持ち上げただけなのに、斎藤は何かを感じ取ったようだ。
振り返り、眉を顰める。
「何だよ、その可愛くない顔はー」
身につけているエプロンの胸元にはスマイルマークがあしらわれている。
店のロゴマークだ。
それに倣って笑ってみろとからかうも、相手にするのも面倒だと言わんばかりにスルーされ、斎藤は作業へ戻ってしまう。
そういう可愛げのないところも彼らしい。
自分の勤める「スーパースマイル」は関東圏ではそこそこ名の知れた規模を持つスーパーマーケットだ。
大学時代からアルバイトとして働いていた縁から正社員採用を経て早八年。
昼間は家事や育児に忙しいパートのみんなと、夜は学業に励みながら働きに来るアルバイトと共に、社員としての仕事をこなす。
日配部門のサブマネージャーに昇進した頃、斎藤がアルバイトとして入ってきた。
直属の上司である一方、男同士で歳も近いということもあって話もよくした。
そのせいだろうか。
社員だからと気を遣ってくれたのは、初めの僅かな間だけだった。
「くだらない話をしてる暇があるなら、この無駄に高いソーセージの在庫を早く何とかして下さい。半月の間、ぴくりとも数が動いてないんですけど」
どちらが上で下なのかわからない関係性は、この四年間に培われたものだ。
「だから、考えてるって」
「また半額にして売り捌くんですか」
「……まぁ、あれだ。一回、試食してもらうって感覚でだな」
「それでこの間、店長に注意されたんじゃなかったんですか」
「だからって品数減らして選択肢の幅を狭めるってのも良くないと思うんだよ。まぁ、俺も色々考えてんだって。それより、さっきの話の続きだけどさ」
「…………」
二度目の溜め息もさらりと聞き流す。
斎藤の場合、黙り込んだということは話し始めて良いという合図なのだ。
こちらが勝手にそう解釈しているだけだけど。
「充輝、この間の『クイズ・ショータイム』でさ、何話したか、知ってるか?」
ゲスト出演したバラエティ番組のオープニングでのことだった。
彼は近況報告がてら、ある話をした。
男の自分から見ても、カッコイイと思えるサラリーマンから握手を求められた。
けれど、その人は驚くことにズボンのチャックを閉め忘れているではないか。
せっかくの男前も台無しだったけれど、そのギャップが面白くて仕方なかった。
ざっくりまとめると大体そういう内容だ。
「これってさ、どう考えても俺のことだよな」
「……まぁ、アソコを開けっ放しにしてる人なんて、そういませんからね」
「そうだよなぁ。俺のこと、カッコイイかぁ……! あの長谷川充輝に言ってもらえるなんて、信じられるか、お前!」
「…………要点はそこじゃないでしょう」
「充輝がこんな俺に惚れるなんて、考えられないよなぁ」
「誰もそこまで言ってませんよ」
斎藤の冷静なツッコミを余所に、俺は浮かれていた。
自分の容姿と言えば、良く言って中の上ぐらいだろうか。
まとまりはあるが、決定的なものが足りない為に面立ちはそこそこだ。
大学に入ってからめっきり弛んでしまった体を、百八十センチある身長がカバーする。
するとトータルバランスから、ちょっとカッコイイお兄さんにはなる。
数年前までは彼女もいたし、モテなかった訳ではないが、「カッコイイ」と言われた記憶は正直無い。
「面白くて好き」とは、よく言われたけれど。
例え、話を盛り上げる為の脚色だったとしても、凡人に、あの国民的アイドルはお褒めの言葉をくれたのだ。
彼と握手までしてもらったあの日の興奮も未だ冷めていないというのに、舞い上がる気持ちをもう抑え切れない。
歓喜にただただ酔いしれ、「んふふ」と下品な笑みを零す。
自分の存在をさらに鬱陶しく思った斎藤の冷めた視線を感じたが、構うと面倒臭いのだろう。見て見ぬ振りを決め込んだ青年に代わって、店内の商品補充から帰って来たアルバイトの女の子に声を掛けられた。
「久保さん、どうしたんですか? 酷い顔してますよ」
「いやー、充輝ってやっぱり可愛いなぁって思ってね」
口元をだらしなくさせたまま答えると、「またそれですか~」とあっさりと流されてしまった。
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