うさぎ穴の姫

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 ダンケルクのその言葉に、ニームはうろたえた。しかしそれが、ダンケルクがアルルを諦める態度を表明したからなのか、ダンケルクがアルルの生死についての関心を放棄しようとしているかなのかは、わからなかった。
「でも、先生は自分の手を汚す必要はないんですよ」ニームはダンケルクをなんとか説得しようと試みた。「先生はぼくが成功するか怪しんでいるのでしょう。いいです。ぼくを信用することはありません。しかし、ダメでもともとではありませんか。失敗すればぼくを笑ってくださったもいいし、叱っていただいてもいいし、目の前に二度と現れるということであれば、ぼくは全てのことから身を引きましょう。いかがでしょうか。ぼくにたった一度でも、いや、もう二度目なのかもしれませんが、ぼくを試していただきたいのです」
 ニームは精魂こめてその言葉を吐いたが、これまで岩のように思ってきたダンケルクは、どのような自分の言葉にも動かず、自分が注いだ力の分だけ痛みとして帰ってくるダンケルクはもうそこにはおらず、いまのダンケルクはまるで、嵐さえとこ吹く風と涼やかに受け流してみえる柳の木のようてあった。
 ダンケルクは狂気のようにせまるニームに、憐れみのため息をついた。
「きみはどのような手段でアルルを取り戻そうとしている。そこに暴力は一切ないと断言することができるのか」
 ニームは暴力どころか、自分の命でさえ、手段になりうるなら差し出すつもりだった。「言葉の説得だけで、お嬢様を取り戻すことな難しいでしょう」ニームはダンケルクの問いにそうこたえた。
「きみの行動は、たとえそれがきみの独断だったとしても、いずれ私と結びつけられて憶測されることだろう。民衆というのはうわさ話が好きなのだ。私がきみと無関係であると言い切るためには、きみは私に近すぎるのだ。きみの行動は私が指図したものだと、いずれうわさが立つだろう。私には煙のように実体のない憶測でさえ、私にとっては障害なのだ」
「しかし、オルレアンとお嬢様を野放しにしたままのほうが、取り返しのつかない事態に進展してしまうかもしれないではないですか!」ニームは唾をとばして、そう反駁したか、ダンケルクは静かに首を横に振った。
「彼らは平穏を愛するだろう。彼らはなにもいわないさ。私に不利なことはアルルにだって不利になる。彼らはそれを望まないだろう。アルルも教会に拾われたことになるのさ。オルレアンくんと同じでね。お似合いのふたりじゃないか。私には理想的なアルルの手放し方であったといわなければならないね」ダンケルクはそういって、快活に笑った。



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