うさぎ穴の姫

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「アルルお嬢様は?」ニームは念のためそうたずねた。
「きみにいったとおりだよ。彼にさらわれた。奪われた。アルルの部屋を開けたら、もう彼らは去った後だったよ」
 ニームはダンケルクのその言葉を聞いて、ほっと息を吐き出す自分を認めた。ニームはアルルの無事をきいて安心する自分を素直に喜ばしく感じていた。
「きみは彼のことを知っていたのかね」こんどはダンケルクがニームにそうたずねた。
「知っていたとは、その」
「彼がアルルを連れ出そうとしていたことだよ」
「知っていたといえば知っていたでしょうけど、ぼくは知らなかったと、できることならそういいたいです」
「はっきりしないな」
「はっきりとしていなかったのです。今なら、わりとはっきりしているのですが」
「きみが私に彼のことを忠告したのは、きみが彼のことを知っていたからではないのかね」
「そのあたりが、ぼくのはっきりとしてなかった所以なのだと思います」ニームはそこで言葉を切ったが、続けた。「ぼくかはっきりしていなかったことも、先生がオルレアンを疑うことができなかったことも、すべて彼自身がななも知らなかったせいなのでしょう。彼が先生と会ったとき、彼はお嬢様のことさえ知らなかったのですから」
 ニームのその言葉を、ダンケルクは冷静に受け止めて、そして観念したように笑った。
「裏庭の防空壕か」
「ええ」ニームはごまかさずにそう認めた。「すべてはぼくがまねいたことなのです。先生とパスィヤンス病院を誰よりも守りたいと願っていたぼくが、皮肉にも、パスィヤンス病院と先生を窮地に追い込んでしまったのです」
「過ぎたことをいってもしかたがない」ダンケルクはニームから身体をそむけると、書棚にむかい、手当たり次第に棚から本を抜き出しては、床につみあげていった。その中のほんの一部はダンケルクの机の上に大切に置かれたが、それ以外のほとんどは、まるでゴミのように扱われていた。
「なにをされているのですか?」ニームは信じがたそうに眉間にシワをよせて、そうきいた。
「知れたこと」ダンケルクは手を休めることなくこたえた。「この病院は後任に引き渡す。私は経営にはかかわるが、医者として治療に従事するのはこれまでだ。私はもう患者はみない」
 ダンケルクの言葉にニームが絶句していると、ダンケルクはそれをみてニヤリと笑った。「自分のせいだと思っているのなら、それは思い上がりというものだよ、きみ」
「え?」ニームは驚きの声をあげた。ダンケルクが自分をかばおうとしているのか。
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