うさぎ穴の姫

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「そんなことないですよ」設計士は薄ら笑いでそういった。「私だって、自分の建てた建物で、誰かが犠牲や不幸になることは気持ちが悪いです。だからこそ、あなたに図面をお貸ししたのではないですか」 
 オルレアンには、先ほどまでは味方や頼りに感じていた設計士に、ムカムカとする感情がわいてくるのが不思議だった。もし、冷たくて同時に熱い物質がこの世にあったとしたら、それはこのような不思議な物体なのだろう。「それはせめてもの罪滅ぼしということですか。それとも、それさえ娯楽のひとつなのでしょうか」
「そのどちらでもありません。あえていえば、後者なのでしょうが」設計士は釈然としない返しをした。「しかし、私は、あなたには意外に思えるかもしれませんが、悲劇よりも喜劇を楽しみます。シェークスピアだって、私は喜劇のほうがずっと好きですよ」
「そうですか」オルレアンには懲りることなくまた、設計士を信頼する気持ちがむくむくももりあがってきたが、オルレアンはひとまずその気持ちを保留させた。「それではぼくはいきます。あなたにはそれでも、ありがとうございますとお礼をいうべきなのでしょう」
 オルレアンは軽く会釈をすると、振り返って歩き出した。するとしばらくして、声が張り上げてようやく声が届くようなところまで歩いたところで、「後ろから殴られる覚悟はできましたか?」設計士の試すような声が、うしろから追ってきた。オルレアンは声のしたほうを振り向いたが、設計士は小麦粒ほどの大きさになっていた。それなのに、その声は耳もとで内密に問いかけるように聞こえた。オルレアンは自分の声では張り上げてもあそこまでは届かないだろうと思ったし、声を張り上げるのも億劫だったから返事はせずにまた歩き出した。
 答えを出すのに慌てる必要はない。自分の口を開かずとも、答えのほうからしのび足ですぐ後ろまで近づいてきてくれている。自分の頭だけで考えた答えになんて意味はない。言葉なんて頼りない。背後からの打撃を受けそうになる寸前に、自分の肉体はどう応えるか。そこに確かな答えがあると思った。逆にそれを自分で確認するまでは、オルレアンは自分を信じていなかった。
「ぼくはパスィヤンス病院になにを探しにいくのだろうか。ぼくはうさぎを探したかったんだ。うさぎがいなくなった理由を知りたかったんだ。それがいまはなんなんだろうか。ぼくが見つけたかったものって」
 オルレアンはそう独り言をつぶやいた。オルレアンは懐に北風が通り抜けるような、寒々しさを感じて震えた。



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