うさぎ穴の姫

もも

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 ダンケルクのほうからもそれからというものの、アルルのことを話に出すことをしなくなった。まるでアルルの存在をこの世から消してしまったようだった。アルルがこの新しい建物のどこかにいることはおそらく間違いなかった。しかしニームには、その部屋がどこにあるのか見つけることができなかった。
 ダンケルクがまだ旧家で診察をしていたころは、ニームはたしかに自分からアルルの部屋を訪れることはしなかった。それをしていたのは、病院が新しくなってから旧家が壊されるまでの期間のことだけだった。ダンケルクの気分次第では、診察を受けてもアルルの部屋に招かれないこともたびたびあった。だから、アルルの部屋に呼ばれないのは、ダンケルクのいつもの気まぐれだろうと、ニームはしばらく自分をごまかしていた。
 アルルと会わない日が三月ほど続いたとき、ニームは思い切って、ダンケルクにたずねた。
「アルルお嬢様はお元気ですか?」ニームは笑顔をひきつらせながら、そうきいた。
「ああ、元気だよ」ダンケルクは素直にそう答えた。てっきり無視されるとか、そんなやつは知らないとか、にべもなく話の腰を折られると覚悟していたニームは、その好感触に勢いを得て、続けていった。
「久しぶりに、お嬢様にお会いしたいのですが」
 ニームがそうお願いすると、ダンケルクは先ほどの言葉と全く同じ調子でいった。
「君の役目は終わったよ」
「え?」ニームは間のぬけた顔で聞き返した。
「君の役目は終わったよ」ダンケルクは全く同じように繰り返した。
「ぼくの役目って」
「それは君と契約したことだろう。君の役目はアルルの話し相手になることだった。それは端的にいえば、友だちになるということだった」
「その役目が終わるとは」
「アルルは君とはもう会いたくないというんだ」
「会いたくない」ニームは機械音声のようにつぶやいた。
「君とアルルの友だち関係はめでたく解消された」
「ぼくはもう、お嬢様の友だちではないのですか」
「そうだ。私としても、大切な娘を、本人が嫌がる男と会わせるような悪魔でもないし、お人よしでもないのでね」ダンケルクはそういうと、机に向かってなにかを軽やかなタッチの万年筆で書くと、その紙をニームに手渡した。ニームはそれを期待してみたが、それはいつも通りのただの処方箋だった。「もしかして、アルルが君に会いたくないといったこと、私が君をだまそうとしていると思っているのかね」





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