うさぎ穴の姫

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オルレアン、庭から抜け出す。

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 オルレアンは窓際から離れると、庭を囲む塀をよじのぼり、あたりに人影がないのを確認し、片足を振り上げて、塀の上によじ登った。オルレアンは石塀を慎重に降りて行き、堀と石塀の境目のつまさきひとつぶんの足場に着地した。そこから堀をへだてた向こう側の平地まではおとなの身長ほど隙間があけられていて、足場が不安定のこの場からあちらに飛び移るのは分の悪い賭けのように思われた。オルレアンが堀との隙間が狭い箇所を探して、石塀につたって家の裏口側へと進んでいった。家の四隅に当たる角のところまでくると、そこは隙間がやや小さく、そして、オルレアンの足場については、両足の裏をぴたりと接着できるだけの余裕ができた。オルレアンはここと覚悟を決めて、向こう側へと飛び移った。オルレアンは勢い余って堀の存在を注意喚起する、堀を外側からとりかこんだ木の柵に頭をぶつけてしまったが、とにもかくにも、オルレアンは、庭から抜け出すことに成功したのだった。
 オルレアンは病院の正面にまわった。病院はすでに石造りの立派な建物だった。ダンケルクは開業した当時、小屋のような病院から始めたと言っていたから、すでに一度は建て替えたのだろう。しかしオルレアンはもう一度あの穴に戻って、どの方向に進もうとも、その開業当時の病院の姿を見ることはできないだろうと感じた。オルレアンは、自分が今いるこのとき以上に時をさかのぼることはできないだろうとなんとなく思った。今この地点が、あの穴が防空壕としての役割を終えた最初の時点なのだ。
 病院の正面と向かい合うオルレアンがひとたび右に視線を向けると、あるいは向けなかったとしても、そこには広大な敷地が広がっていて、誰かの所有を示してその敷地を藁で編んだようなひもで、明確に境界を示していることに気がついた。そこはあの防空壕のある庭をちょうど裏庭にする位置関係であった。敷地には材木や工具が着々と運び込まれており、材木の束があちらこちらに山となってあった。パスィヤンス病院の着工はまもなくというところだった。オルレアンはその広大な敷地の端のほうに、簡易的に建てられた小屋があることに気がついた。オルレアンはその小屋に近づいていった。小屋には窓がなく、出入り口の扉がひとつあるだけだったから、オルレアンはその中をのぞくことはできなかったが、代わりに、その唯一の出入り口の死角からであれば、小屋にはいくらでも近づくことができた。オルレアンは小屋の外壁に耳を当てると、中の会話を聞くことができた。小屋の中で話しているのは、ダンケルクと、おそらく病院の工事を担当する設計者のようであった。





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