霊装探偵 神薙

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第三章 協会

十八話 いつかの聖誕祭

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 足早に下山する神薙を慌てて追う岸堂だが、その差は次第に広まる。

「ハァ、ハァ。暑っつ、も、もう歩けへん」

「この程度でだらしないぞ」

 神薙も軽く肩で息をしているとは言え、両者の間に体力と歩行技術の差があるのは歴然であった。

「はぁ――にしてもお前。ようあんだけ長時間、霊装して、こないに動けるな?」

「霊装はお前もしてただろ?」

 オシダを踏みつつ、霊装の関係の話題のためか、一応の返しをする。

「俺のは一回発動したらある程度は自動で起動するからな。霊子装甲もお前ほど厚く展開して(でき)へんし。お前はあんなトンデモ性能の銃を振り回してるやん。相当な負担やろ?」

 しゃべりながら残った水を飲み干す岸堂。寒さと放熱が相まって、薄い湯気が立っていた。

「……霊装を上達させる手段は主だって二つあるが、一つはやはり修煉しゅうれんだ」

「しゅ、修煉と申しますか」

「事実だ。霊装能力の維持・増進や霊子操作技術の向上は、全て修煉の賜物たまものだ。俺も最初は十分と霊装状態を維持できず、弾も一発のみで射程も

「えぇ! ほ、ほんまかいなそれ?」

 神薙を生まれながらの秀才、言い過ぎるなら天才と思っていた岸堂は驚嘆する。
 それもそのはず。神薙は文句や悪態をつくことはあっても、自身の弱音や過去の労苦を決して他人には語らない。

「今では、霊装中でも臨戦状態を一時間は維持できる。保有弾数も六発。射程も伸びた。――いいか、岸堂」

 ガサガサ。
 視界が開け、黄昏たすがれが終わる頃の星空が二人の目に映る。よくやく竹黙ヶ原から抜け出られたのであった。
 聖夜であろうと、夜のとばりは早々に周囲に点在する民家の上へ降り振りていく。

研鑽けんさんの日々は自分を助ける。――少なくとも裏切りはしない」

 岸堂に言い放っているのであろうが、まるで自身にも言い聞かせている様にも見えた。

「まぁ、お前がそう言うのならそうなんやろなぁ。二つ目は?」

 ……停留所に着いて間もなく、最終バスが到着する。寒さを感じ始めた二人は早々に乗り込む。貸し切り状態の車内にて、一番後ろの席に陣取った。
 時計は十七時半を刻み、周囲はとっぷりと暮れていた。

「神薙、続き続き」

「ん? ――あぁ。精神論とも重なる部分があるが、目的をって霊装を行使すること。つまりは意志の力だ」

「意志の力?」

「そうだ。誰か、もしくな何かを守りたい、強くなりたい、いい生活をしたい、なんでも構わない。霊装は意志に呼応する」

 それは時として想像を超えた大きな力倆りきりょうを産むことすらある。幾多もの荒事を乗り越えて来た神薙は、そのことについて実に良く理解していた。

「モテたいとかでも?」

「命を懸けるほどに一途ならばな。意志は霊装の根幹。だ」

「(こいつ自覚無いけど、こういうとこホンマ真面目やなぁ)ふぅ~ん」

 次々に停留所へ停車するも、当然とばかりに誰も乗り降りしなかった。
 整備できていない細い国道はしばらく続き、やがて遥か遠くに小さな街明かりが見えてくる。

「でもまぁ、だからこんだけ強いんやろなぁ」

「何がだ?」

「――なんでもあらへん。そういや今日の幻核生物って、危険度的になんぼくらいなん?」

「(星にしろこいつにしろ、なぜそこまで気にする)――地形が敵に利していたことを除けば、Cくらいじゃないか?」

「あの気色悪さでC+ですら無いんかぁ」

 四つ目の停留所で、ようやく人が乗って来る。採算が取れているか怪しい路線であった。

「……俺からも質問だ」

「お、なんや?」

 仕事終わりの解放感も手伝ってか、いつにもまして陽気に岸道は返答した。触りそうになった携帯の画面から、目を離す。

「霊魂は、実在して欲しいと思うか?」

「……へっ? なんや突然? ん~でも、まぁ。いてほしいかなぁ」

「どうしてだ?」

 岸堂は人差し指で頬を軽く掻きながら。

「だって死んだ人にまた会えんねんぞ? お前だって、亡くなったけど会いたい人の一人くらいおるやろ?」

「亡くなって、会いたい人……?」

 神薙にしてはひどく無警戒な表情のまま、薄汚れた窓へ視線を向ける。

「? どした神薙?」

「ボーッっとなどしていない。――おい、そっち詰めろ。他の人が座れないだろ」

 街へと近づいて来て、ようやく乗客が増えてくる。
 中には大きなプレゼントや持ち帰りテイクアウト用の、やや豪勢な食べ物を持っている人達が少なからずいた。
 こと日本においては、一年でもっとも浮かれる日なのかもしれない。その雰囲気に感化された岸堂が、大仰に腕を組む。

「忘れてたけど、今日はクリスマスやな」

「浄土真宗の門徒が、何を言っている」

「何ゆーとんねん。ウチの寺なんて近所の子を呼んでクリスマスパーティーするで?」

「信教の自由……便利な言葉だな」

 ふと、携帯の振動に気付いた神薙が左手で取り出すも、星宮からであった。
『チキンを予約し忘れていたからスーパーで買っていいか? ケーキはチョコレートでいいか?』などと、神薙にとって極めてどうでもいい連絡であった。
 抜け目なく岸堂が、隣から覗き見る。

「女か?」

「(確かに生物学上は女か)そうだな」

「ホッシーか?」

「(星宮のことだったな)そうだな」

「夜、二人っきりか?」

「知らん。が、所長も一緒だと思うぞ」

 許すっ! っと大きくえらそうに頷きつつ、やがて手を合わせながら、外へ目を移す。

「ああっサンタさんっ。どうかこの憐れ極まりない二十五歳♂に、優しくて可愛い彼女をくださいっ!」

 周囲の客がクスクスと笑う。

「おい。次、車内でふざけたこと言ったら、窓から叩き落とすからな」

 * * *

 街へ入ると、キラびやかな聖夜の光が、店先から散見するのが見て取れた。若い男女は元より、家族も、学生達も、あるいは高齢者にすら、力を抜いた笑顔がこぼれていた。
 岸堂と異なり、無表情の神薙は言葉を漏らす。

「宗教にこれほど関心があり、また無関心な国など、この国だけだろうな」

 ――どゆ意味? との問いかけに、だが何でもないと返す。
 岸堂の突拍子もない雑談を適当にいなしている内に、事務所の最寄り停留所に着く。報酬については、協会から連絡があると、神薙は降り際に口にした。

「ほなな、探偵はん。メリークリスマス」

「じゃあな」

 弱いビル風が神薙の回りをぐるりと一周する。襟元のボタンを留めたあち、携帯を取り出す。

「冷えるな。――さて、とりあえず琴船さんに報告だ」

 事務所を目指しつつ、携帯にて琴船へ連絡を取る。
 アプリによる数回のやり取りで、琴船むこうも、早々に帰宅したいらしいのが感じ取れた。要点だけを説明し、後は報告書でと進める。
 その間、すれ違う人々の顔には、やはり小さな笑顔の灯が幾つも見られた。

「……で、神薙君。報酬についてだけど」

 ふと立ち止まって、思った。
 ――遥か昔、遠き西方の国に生まれた伝説の聖者は、数多の奇跡を起こしたという。ひょっとしたらその一つが、こんな極東の島国の住民にまで、喜びという名の奇跡を、配慮してくれたのかもしれないのでは? と。

「(聖誕祭クリスマス)――か」

「え、なに? 神薙君?」

「あぁ、すみません。報酬は岸堂にも配慮してやってください」

「貴方が討伐したんでしょ? ……ふふっ、まぁいいわ。クリスマスプレゼント代わりね。じゃあ、メリークリスマス」

 電話を終了し、事務所があるビルの角にて立ち、ふーっと白い息を吐きつつ。

「個人的には、先に報告書をまとめたいんだが――」

 見上げると、窓辺から零れる事務所の光から――早く早く――っと急かす声が、聴こえる様であった。

「子供じゃあるまいし」

 誰にも見られず、僅かに笑う神薙は建物へと入り、事務所を目指す。
 ガチャ。
 温かい空気と共に――。

「もどりました」

「おかえり神薙君! お疲れ様だったね」

「あっ、薙君!」

 事務所内は、全て百円均一の飾りにて、こじんまりと、だが精一杯の装飾がなされていた。
 去年買った雪だるまの小物がどこからか引っ張り出されて、部屋の隅には点灯する小さなもみの木の玩具が置かれていた。

「ったく。また盛大にやったな」

 呆れる神薙は、だが肩の力が抜けていた。

「てか、薙君。帰ってくるなら、事前に連絡してよ~。せっかくクラッカー鳴らしてメリークリスマスしようと思ってたのに」

 こいつ二十三歳ですよ? っという視線を所長へ向け――まぁまぁ――っと苦笑いする所長も、安っぽいパーティー用の帽子を被らされていた。

「所長、家族の方は大丈夫ですか?」

「あぁ、小一時間くらいなら大丈夫だよ。ウチは息子ももう大きいからね」

「薙君、見て見て!」

 普段、応接用に使っている机の上には安っぽいクロスが引かれていた。一応は料理の盛り合わせが置かれており、さらに温かいスープや、切り分けられたライ麦パンも添えられていた。

「薙君はこっちの席だよ」

 指定された席の前には、三割値引きシールが貼り付けてある、刺身の盛り合わせと、熱燗が配膳されていた。

「(セール品か、星らしいな)日本酒の熱燗とは、お前にしては気が利く。八十点」

「やった~! 高得点!」

「だが、次からは醸造アルコールの入っていない純米酒にしてくれ」

「――ははっ、外は寒かったろう。さぁ、ゆっくりしようか」

 笑顔の望月所長、破顔する星宮、苦笑する神薙。

『楽しい心は良い薬である。押し潰された魂は骨を枯らしてしまう』

「(旧約聖書の箴言、十七章二十二節)だったろうか」

 小声である書物の一節を神薙は思い出す。やがて、各人のグラスへ飲み物が注がれたのを確認した星宮が、満を持した様相で。

「二人とも、いい?」

「早くしろ。腹が減っているんだ」

「星宮さん。どうぞ――」

「では……メリークリスマス!」

 鳴り響く祝音クラッカー。皆が箸でもって、電子レンジで温められた料理をつつく。
 ……幸せとは何だろうか? 貨幣かへいの様に、あればあるだけ喜ばしいものなのだろうか? それとも、失って初めて気付く、小さな不幸みたいなモノなのだろうか?
 
『どうした? 蒼一。手が止まってるぞ?』

 ……将棋の盤面を目の前にした、あり日しの記憶が、目蓋の裏の一コマにそっと潜む。答えはわからないままであった。

「あれ? 薙君なんで、左手でお箸持ってるの?」

「……今日は左手の気分なんだ。両利きなのは知ってるだろ?」

 友をかばった右手の熱を、机の下で隠したまま冷ましていたのであった。

「おっと、そうだ。神薙君。夕方に一件依頼があってね」

 控え目に飲み食いする所長が、タイミングを見計らって口にする。

「――わかりました。内容を携帯に転送しておいてください。後で目を通しておきます」

「ねぇねぇ、薙君。ケーキなんだけど~、やっぱりね~」

「どうせ二種類買って、それぞれ食べたいとかだろ」

「ぎくぅ」

 雪は降らなさそうだが、室内、この街、この国、あるいはもっと広域で今日ほど笑顔があふれる日も、そうそう無いのであろうな。
 神薙がゆるい相槌を打って進む中、所長へ目配せをした星宮は、何やら机の下から取り出し始める。

「え、えーっと、あ、あのね。薙君」

 可憐な成人の彼女は、神薙へ向かって小さな包みを差し出す。

「こ、これっ。クリスマスプレゼント!」

「……」

 既に五合ほど熱燗をあおっている神薙だが、全く酔いの動静を示さず、星宮の贈り物を静かに受け取り、開封する。
 中には、神薙の名前が刻印されている、銀色の上質なしおりが封入されていた。神薙は二つの指で大事そうに取り出し、室内の白色灯にそっとかざす。

「――ふむ、悪くない」

「よ、よかった! 喜んでもらえて」

「ははっ。良かったねぇ、星宮さん」

 手を取り合う星宮と所長。どうやら星宮が所長に相談し、選び抜いた贈り物の様だ。

「――そうだ。俺もお前に渡す物がある」

「えっ!」

 思わず星宮は両の手で口元を抑えてしまい、所長も少し驚いた後、にこやかな表情を取る。

「(なんだかんだ言って、神薙君はやっぱり星宮さんに優しいんだなぁ)ちょっとしたプレゼント交換会だねぇ」

「(薙君がプレゼントなんて、なんだろう?)ドキドキがやばい♪」

 取り出した包装紙はA4ほどの大きさで、十センチメートルほどの厚みがあり、中々の重みを感じさせた。
 笑みに溢れる星宮は、僅かに頬を紅潮させつつ、丁寧に包装を取り外す。
 ――それは本であった。丁寧な外装で、三百ページ以上はありそう題目タイトルは【政治家と政治屋】

「「……」」

 木枯らしの幻聴が、星宮と所長の外耳道を突き抜けた。

「一月末までに感想をまとめて俺に提出しろ。原稿用紙で三枚以上だ。あ、表紙は枚数に数えないからな」

「大学のレポートですかっ!」

 うわぁぁぁん! っと嘆く星宮。所長は時間とばかりに帰り支度を始め、せめてもの慰めか、小さなテレビだけを点けて帰る。神薙は星宮の贈り物をしまい、手酌で酒を続けた。
 間もなく年の瀬、そして新年。何千回と行われた習慣が再び巡る。
 穏やかな寒風は、平常運転とばかりに都市と田舎を泳ぎ揺蕩たゆたう。
 やがて来訪する、春風が世界へ満ちるその日まで――。
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