霊装探偵 神薙

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第二章 シロガミ

八話 睡眠障害

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「なるほど、なるほど。そこの次第はわかりました。――ん? おぉ、神薙君」
 控え書きを走らせていた望月所長は、その手を一旦止め、やや申し訳なさそうな表情で神薙を見上げる。
 つられて、依頼人の男性も神薙へ目をやる。神薙は落ち着き払った作法と共に、
「所員の神薙と申します」
 丁寧に頭を沈めつつ、名刺を渡して軽く会釈する。依頼人は客という立場にしては、恐縮しつつ受け取り、
「あり、ありがとうございます。――先の受付の女性の若さにも驚きましたが、こちらの所員さんもお若いですね」
 男性は名刺と神薙を交互に見る。
「神薙君。こちらは依頼人の種口さんだ」
 種口と呼ばれた男性は四十歳後半くらいで、身長は百七十センチメートルほどであった。日に焼けた、少し朴訥ぼくとつそうな様相は、興信所に関連する人間とはやや縁遠い印象を与える。
「種口と言います。よろしくです」
「こちらこそ。お話を中断させて申し訳ございません」
 柔らかな物腰と共に、所長の横に腰を沈める神薙であった。星宮は再度、お茶を淹れなおす。所長は背筋を伸ばしつつ、
「――では、確認の意味も込めて私が内容を復唱しますので、間違っていたら訂正してください」
「わかりました。所長さん」
「……まず、種口さんは草壁町くさかべちょうにお住まいで――」
 地理情報という基礎知識を頭に入れつつ神薙は、
「(草壁町。確か風光明媚ふうこうめいびな地域のため、小規模ながら観光地としてそこそこ有名だが、市内でもかなりへりにあたる山間部だったはず)なるほど」
 神薙が手帳に書き記す傍ら、所長が続ける。
「今年の九月頃から、種口さんを含む近隣の住民らのおよそ十五世帯が、睡眠障害に悩まされていると――」
 手を休めつつ神薙が、
「睡眠障害、ですか?」
 そう尋ねられると、種口と名乗った男性は少し口ごもる。……どことなくやつれているというか、生気が薄い感じがしなくもなかった。
 神薙は質問を継続する。
「あの辺りは騒音の原因となりやすい、工場や高速道路も無いはずですよね?」
「えぇ。あ、所長さん。ここからは私が――」
 星宮も衝立ついたて裏で聞く中、要点をかい摘むとこういうことであった。
 九月中旬より付近の住民は睡眠障害に悩まされており、その原因は夜中に聴こえる奇矯ききょうな音にるものであった。
 その音は就寝の際の静かになった時、辛うじて聞こえる程度の音量らしいのだが、それが――、
「こ、こんなことを言うと、ふざけているのか! っと怒られそうな気がするのですが」
 種口かれの口にしようとする内容が、あまりに非日常的なせいなのか、今までにも増して勢いを失う。所長と神薙が温和な口調にて、
「ご心配には及びません。我々はご依頼主様達の様々なお悩みを解決の方向へと導いてきた、実績がございます」
「望月の申す通りです。探偵業法に伴う守秘義務のため、具体例をお伝えすることは出来ませんが、どうぞ、ご信用頂ければ――」
 それらの言葉と、窓から入る柔らかな秋のひかりに勇気づけられてか、ぽつぽつ、と語り出す。
「は、はい。……そ、その、夜に聴こえてくる音が、んです」
「日によって」
「違う?」
 意図せず二人は鸚鵡おうむ返しをしてしまう。
「ある、ある時は鉄と鉄がぶつかり合うような、また別の時は動物の鳴き声みたいな、さらに違う時は人の呻き声の――」
「(う、呻き声?)っ」
 人知れず星宮が震える中、種村はブレーキの壊れた自転車のように話し続ける。
「警察にも連絡しました。ですが、夜になっても外では虫の音や風の音に邪魔されて聴こえないんです。と言って、無理やり家で寝かしつけるわけにもいかない始末であるのはおわかりですよね? 耳にしている時は現実なのに、朝に目が覚めたら幻のような、でもやっぱり――」
 そこでようやく、洋巾ハンカチを取り出し、前髪の生え際の汗を拭う。
 これらより、音の原因を調査し、不眠を解決して欲しいという要望であることは、三人の耳に明白であった。
「このままじゃ、我々は睡眠不足で倒れてしまうか、今の住まいを離れるしかありません」
 弱り切った、というよりは衰弱した様相でつぶやく。神薙は少し息を吐き、
「昨今では睡眠負債(sleep debt)など、様々な観点から睡眠不測の危惧について訴えられています」
 所長も唸りつつ、
「そ、そこまでとはお悩みとは……(どう思う? 神薙君)」
 悟られぬ声と動作で、意思の伝達を図る。
「(要領を得ない所はありますが、全てが妄言もうげんとも考え難い。彼らが何かの事象に対して、困窮しているのは事実でしょう。何よりも――)そう、ですね」
 神薙は手帳に挟まれているシロガミを、隠しつつ望月へ提示する。気づかぬ種口は申し訳なさそうに、
「あ、あの。お、お受けしては、――い、頂けません、よね?」
 肩を落としかける種口を、気を遣うように、
「……星宮君」
 衝立ついたて後ろへ声を飛ばす。
「! お、お呼びですか。しょ、所長」
 パタパタ、と慌てふためく星宮が、スカートを揺らせながら姿を見せる。
「このご依頼。お受けしようと思うが、構わないかね?」
「!」
「――は、はい。わかりました!」
 言葉そのままに、神薙へ一瞥いちべつを投げると、彼もまた深く頷くいた。種口の顔がみるみる明るくなる。
「あぁ、ありがとう。 ありがとうございます!」
 しきりに頭を下げる種口を、穏やかに制する神薙は、
「――ただし、種口様。我々も無償奉仕者ではございませんので、料金のご相談もさせて頂ければと思います」
 幻核生物が絡んでいる可能性があるこの依頼、元より受けないという選択肢自体が存在しないが、そこをぼかすため、一応のていにて進める。
「もも、もちろんです。解決さえしてくだされば、いくらでもお支払いしますっ」
 種口の興奮をなだめるように、小さく咳払いをする神薙は、
「種口さん。あまり、そういう言い方は広言されない方がよろしいかと。……とりあえずは事前報酬と成功報酬の説明に関して」
 そこで所長にバトンタッチする。金額の詳細について打ち合わせに入る二人を置き、神薙は席を立って車の鍵を取りに向かう。
「――では早速、草壁町へ向かいます」
 軽やかに上着を振り、扉を開けて歩む神薙に対して、
「な、薙君。ボ、ボクもいくよ!」
 一瞬だけ止まった神薙は、まるで聞こえなかったのように室外の廊下へと出る。星宮は、もぅ、と所長らに聞こえるくらいの大きさな息を漏らし、急ぎ後を追う。


 ……途中のコンビニエンスストアで購入した昼食を、走行しつつ取り、草壁町を目指すこと小一時間が経過する。時刻はすでに十三時を回っていた。
「わぁ、綺麗」
 車の窓より覗く、草壁町の山々を二人は仰ぎ見る。
 ――カエデ属を中心とした落葉広葉樹が紅く色めき、モザイク状に散在する針葉樹や常緑樹の深い緑が、秋の色彩をより妖艶に際立たせていた。
 点在する小楢コナラ山毛欅ブナは、上層から下層へ向かうに従い、見事な赤、黄、緑の天然の階調グラデーションを演出し、見る者に溜息を与えた。
 観光客はおろか、地元民でも素晴らしいと感ずる景色だが、神薙は眉をひそめて、
「観光に来たわけじゃないぞ」
 窓から眺める人里方面では、柔らかな陽を浴びた民家がまばらに立ち並ぶ山間部へ差し掛かっていた。休耕地であろう田んぼにて、ふさふさと生い茂るすすきの群団が、枝垂しだれながら揺れる様子は、晩秋へ向かいゆく季節のうつろいに、手を振っているような印象すら与えた。
「でも、すっごく綺麗だよ?」
「まぁ、メディア等にはあまり露出しないが、知る人ぞ知る名所らしいからな」
 実際その通りであり、目的地の集落は行楽客で賑わう地域からは外れていた。農作業従事者を含めても、人影はあまり見当たらない。
 ブロロロ、ゴトゴト。
 歴戦おんぼろの自動車が走る県道は、左右に広がる杉林に挟まれ、一方通行かと疑いたくなる狭さと曲がり道であった。走行距離二十万キロを優に超える中、アクセルべた踏みのまま、不満気に登ってゆく。
「車、きつそうだね(汗)」
「――ったく。次の車検が終わったら、流石に買い換えを意見ちんじょうするからな」
 杉林が開き、小さな棚田が点在する集落は目に入る。種口らのものであった。フロントガラスに映るそれらは、まるで背景の山々に同化するようにひっそりと建ち、点在していた。
 車を適当に路駐する。平野部に比べて山間部は紅葉が早い。弱い日差しを浴びる朱なる絨毯を踏み鳴らしつつ、集落へと向かう。
「山間部の人達って、買い物とか大変だよね」
 あまり訪れたことがないであろう星宮が、左右に首を動かしながら呟く。
「協同組合の物売り車が回っていることもあるが、それだけでは足りないだろうな」
 とは言え、令和の現代だ。田舎の山間部であろうとも、便所の水栓様式などの改修は当然であり、情報通信環境インターネットも普及しているであろう草壁町にて、いつも通りに聞き込みを開始する。
 ――そう、くだんの睡眠障害について、
「あ~っ、種口さんが言ってた興信所の人達ね。なぁ~んでも聞いてよぅ」
 最初に声を掛けた五十代くらいの女性は、土の香りを身にまとい、溌剌はつらつと活動している印象を受けた。種口の依頼先ということに信頼を得てか、気さくに応じてくれる。
「神薙と申します。お話に聞く、睡眠障害につきまして、いつ頃から覚えがありますか?」
 築羽つきば団地の時と同じ様に、一般人が相手であれば、立場を気にせず丁寧に接するのが神薙の流儀であった。
「そうねぇ。九月くらいかしら?」
「(当然だが、種口さんの話していた時期と一致するな)ご家族の皆様も似た訴えを?」
 う~ん、っと丸い顎に土で汚れた手をつける女性は、
「あたしと旦那の方が寝づらくて、子供達は私達ほど気にしてないかしら?」
「えっ?」
 後ろ隣の星宮が、軽い驚きの声をあげるが、神薙は気にせずに進める。
「就寝される時間が大きくズレるとか?」
「それもあるかしら。ウチの子達、高校生と中学生でね。寝る時間が遅いのよ~」
 大きく手を振り、やぁねぇ、っと笑う。
「(遅いとは十二時くらいか?)就寝の場所は同じ部屋ですか?」
「場所? 違う違う。さっき言った通り、子供らっきいのよ? 私と旦那は一階の和室で、子供達は二階の自分の部屋で寝ているわ」
 それら一言一句を手帳に走り記す。
「――ありがとうございます。他にはございませんか? 例えば不眠に悩まされた九月、あるいはそれより前に気になったことや変わったことは?」
「……変わった、こと?」
 一瞬だが、あれほど表情筋を自在に動かしていた女性の、その表情がくぐもる。
「(ん?)え、えぇ」
「(えっ)はい?」
 探偵と呼ぶにはあまりにも経験値が足りていない星宮ですら、何か引っかかる似た声が聞こえた気がした。
「――特にその間は、無かった、と思うわ」
 女性は目を伏せながら、先ほどまでの大きな声とは真逆の声質にて呟き、その場を後にしようとする。
「(質問の内容が的を射ていなかったか?)……お時間、ありがとうございました」
 去りゆく姿を見送った後、星宮は神薙と意見交換を行う。
「ど、どう思う。薙君」
「どう、とは?」
 思考を走らせる神薙は、質問の意図が広すぎる、っと問い返す。
「今の女の人、何か隠して無かった?」
「……」
「ボ、ボク。霊装して調べようか?」
 秋のさざ波が弱い日光となって頭上より降り注ぐ中、何とか役に立とうと躍起する星宮に対して、落ち着き払う神薙は、
「星。前のめりの姿勢が悪いとは言わないが、お前の確認再現リワインドは二十四時間以内の事象しか確認できないのだろう?」
「う、うん」
「原因の発端は九月、つまりは二ヶ月前から起こっている。――短期的ではなく、より長期的に怪異の流れを読み取り、解決への糸口を見つける必要がある。わかるな?」
「そう、だね」
 神薙の言は、およそ正しいかもしれない。だが、星宮とて事件解決に、少しでも尽力したいと願っているのも事実であった。
「ご、ごめん」
「必要の無い謝罪はするな」
 意図せずとも、それら一言二言が、星宮の小さな肩を震わせる。
「(で、でも、薙君。ボ、ボクだって)う、ん」
 朝一から電話にて呼び起こした挙句、行動方針はもちろん、現場ですらおんぶに抱っこという現状。おまけに肝心要かんじんかなめの霊装すらまだ出番が無く、およそ相棒に全てを押し付けた格好であった。
 故に、――そう、口惜しさがどうしても、心を震わせてしまうのだ。
 女相棒(仮)の苦心の表情に気づいてか、
「……案ずるな。お前の霊装は使いどころさえたがわなければ、非常に有用な能力ちからだ。落ち着け」
「そ、そうかな?」
「あぁ、次にいくぞ」
 表情を欠片も変えずに歩き進める神薙を、星宮は複雑な表情と共に、急ぎ走り追う。
 棚田が並ぶあぜ道の上にて、次の聞き込み要員に足る男性を見つけ、頃合いを見計らって声をかける。
「ほぅ、種口が頼んだ探偵さんか? 随分、若けぇなぁ。よっしゃ、何でも聞いてくれ」
 土作りに励んでいた、初老を少し過ぎた男性は、化成肥料を袋を投げ起きつつ、好意的に返してくれる。
施肥さぎょうの手を止めてすみません。少しだけ、ご協力頂けると助かります」
 礼を尽くしつつ、先の女性と同じ内容の質問をした。得られるに、まず男性は奥さんと二人暮らしで、十時頃より二階にて就寝するのが習慣と聞き得る。
 また、種口ほど奇妙な音には悩まされていない様子であったが、やはり時折、目が覚めることがあるとのこと。
「(星のこともあるし、頼んでみるか)すみません。ちょっとお願いがあるのですが――」
 一般人に霊装能力を開示・説明することはあらゆる面で不可能なため、ボカしつつ、二人して男性宅の敷地内へ入れてもらう。
 住居は背の半分ほどの高さの石垣で囲まれた、田舎ならではの広さであった。広い本宅の傍に、沈丁花じんちょうげ南天なんてんの花木が植えられており、離れに建っている物置小屋には、手入れの行き届いた農業機械トラクターが収納されていた。
「――これだけど?」
 不思議そうに男性が指すのは、昨晩使っていたという、天日干し中の敷き布団であった。
「変わったお願いを聞いていただき、ありがとうございます。……星」
「えっ?」
 小声で囁く。
「出番だ。約十三時間前、昨日の深夜に照準を合わせて霊装リワインドしろ。その怪音とやらを実際に調べるんだ」
「! う、うん。わかったよ!」
 よしっ、っと握り拳を作る星宮は、布団を調べる素振りをしつつ、その影に隠れる。
「(やれやれ――)すみません。もう一点だけいいでしょうか」
 星宮への注視を逸らすため、神薙は大仰に手帳を開きつつ、問い始める。
「お、おう。構わんぞ?」
「ここしばらくの間で、不眠以外に変わったことはございましたでしょうか?」
「変わったこと? ん~、変わったことねぇ」
 その時、ほんの一瞬だけ、男性は別の方角へ視線を飛ばした。その先に、集落の中で唯一の、洋風のやや小洒落こじゃれた民家があるように思えた。
 神薙は気づかなかったように振る舞いつつ、
「……見慣れない物を見た。あるいはご近所関係など、どんな些末さまつなことでも結構です」
 神薙のことばに、思うところがあったのか、男性の眉間に僅かな亀裂が走る。
「変わったこと、ってーとちょっと違うかもしれんが、睡眠不足で悩んでいるかわからん家ならあるなぁ」
「それは、初耳です」
 男性の痩せた指は、先に視線を送った家の方角を指す。
「見えるだろ? あの白いでっけぇ家だ。外場そとばって奴が家主なんだが――」
 手帳に書き込みつつ、神薙は視線を合わせる。
「(歯切れが少し悪いな)悩んでいるかわからないということは、お会いする機会が単純に無かったということでしょうか?」
「そだ。都会まちから二年ほど前にこっちへ越して来たんだが、主人の外場を見た記憶がぇ」
「(こんな田舎で、近所付き合いが皆無なんて相当だぞ? 寧ろそこまでしてなぜ越して来たんだ……)住んでいるのは間違い無いのですか?」
「あぁ。配送業者が、設置してある鍵付きの荷物受けボックスへ食料品とかを入れているからな。――もっとも、連中も配達したら、そそくさと帰ってるみたいだが」
 要注意だな、っと考える中、霊装を終えた星宮が静かに歩み寄ってくる。男性は、おっ? と驚いた表情を作りつつ振り返る。
「あれ? お前さん大丈夫か? 顔色が悪ぃ気がするが」
「え、えぇ。大丈夫、です」
 星宮はお辞儀しつつも、小さくふらつく。神薙が間に割り込むように、
「……色々なお話、ありがとうございました。お聞きした外場さんへも伺おうかと思います」
 すると男性は、汗を拭おうとしたその手を止め、心配そうに呟く。
「え、外場んとこ行くのか? ――こう言っちゃなんだが、止めておいた方がいいぞ? 
 肩で息をしつつ、えっ? という表情の星宮をよそに、神薙は一瞬だけ目を細めて、
「……お会いしたことが無いのに、良くない噂をご存じで?」
「あぁ、いやさ。極稀ごくまれだけど、叫び声? みたいなのが夜中に聴こえたって話があるし、散歩中の犬が家の前を通り過ぎると、やたら吠えたりするらしいんだよ」
 いくら山裾の田舎とは言え、あまり類を聞かない話に、星宮は狼狽うろたえつつ、
「ひ、悲鳴に加えて、犬がやたら吠えるんですか?」
「あぁ。まぁ、野鳥か何かに反応してとは思うけどよ」
 神薙はつぶさに男性をていたが、とりあえずはシロと判断してか、
「――ご忠告痛み入ります。しかし、我々も務めですので」
 会釈おじぎをしつつ続ける。
「皆さんの睡眠状況が改善されるよう、努力します。失礼しますね」
 妙な緊張感が三人の周囲に渦巻いていた。それを慰めるように秋風がそっと泳ぐ。そばの山で揺れる赤松は、雲を掴むように手を震わせた。
「おう。しつこいようだが気をつけろよ。特にそっちのめんこいお嬢ちゃんとか」
「(お、お嬢ちゃん? 二十三歳なんだけど)――あ、ありがとうございま、す?」
 男性に再三のお礼を述べ、再び自然はやしに挟まれた窮屈な県道へ戻る。車内の人工的な匂いが、妙に二人の神経を落ち着かせた。まず、神薙が開口一番、
「――で、霊装リワインドの結果、音とやらは聴こえたのか?」
「う、うん。え、えっと」
 あまり血色が優れない星宮が説明を続ける。
「最初は、寝ている人達の寝息以外は何も聞こえなかったんだけど、深夜一時半過ぎくらいからかな? すごく小さいけど、何かが、削れる? みたいな音が聴こえてきたの」
「何かが削れる音、か」
「うん。まるでうすで石みたいな硬い物を削るような、ゴリゴリ、って感じでね? すごく小さいんだけど。――で、しばらくして音が途切れて、あぁ、止んだのかな? って思ってしばらくしたら、今度は、木の板を爪で引っ掻くみたいな、あんまり気持ち良くない音が鳴りはじめて――」
「なるほど。種口さんも似たことを言っていたな。時間によって音の種類が異なると」
「そう。でも、――何ていうのかなぁ」
 星宮は古い車内のあちこちへ目を泳がせつつ、言い淀みながら、
「どの音も聴いてて神経に障るというか、悪い意味で飽きないっていうか。……ボク馬鹿だから上手に表現出来ないけど、音量が不意に大きくなったりとかで」
 生理的感覚に訴える、非日常的ふかいな気持ち悪さが滲み出ているのだ――と、
「……わかった。いずれにせよ。ただの騒音では無さそうだな」
「うん。神薙君はどう思う? やっぱり外場さんが怪しい?」
「そこの断定は慎重に進めよう。とりあえず、残りの住人にも出来るだけ聞き込みをする」
「わかった!」


 山の香りを含んだ気流くうきが、頂よりそよぎ降りる中、出来るだけ多くの現地住人へ聞き込みを進めた。神薙の明確な問いは答えやすく、また種口からの紹介ということで、受け答えそのものは比較的容易に進行した。
 一人だけ難色を示した中年の男性も、星宮が可愛あいらしく、お願いした所、口を開いてくれた。
 ――やがて時刻は十五時半を刻んでいた。くだんの外場宅の近くで、二人は確認作業を行う。
「二点。仮説だが、俺の見立てから話すぞ」
「うんうん!」
 待ってましたと言わんばかりに、星宮が目に力を込める。神薙はここら一帯の家を、手帳へ簡易的な見取り図として落とし込みつつ、説明する。
「まず一つ目、音の発生源は地下と推察している」
「地下、から?」
 いきなり星宮は、頭上にハテナマークを点灯させる。
「地下と言っても何百メートルも下ではないぞ? 寧ろ、表層に近い位置だ」
「そうなの?」
「あぁ、一人目の女性の話を覚えているか?」
 小さな顎に小さな細い指をつけて唸る星宮は、
「たしか、子供さんが寝ている場所は二階で、大人は一階、――あ、そっか。大人より耳が良い子供達より、一階で寝ている大人達の方が寝られないってことか」
「星にしては勘が良いな。四十点」
「低くないですか!」
「――話を戻すが、二人目の男性も、他の住人より軽度と答えていたのは、二階で寝ていたためと思われる」
「そう言えば、残りの人も似たような傾向だったね、――あれ? でも」
 星宮はふと疑問に思う。神薙の推理はおよそ的確だろうが、二件ほどその法則が当てはまらない家がある。二階で寝ているのに睡眠障害に悩まされている家が存在した。
「そこで、だ」
 手帳には十五件ほどの家が書き描かれていた。留守の宅を除き、聞き取り調査が行えた家々にて、二階か一階の記載を加えつつ、睡眠障害の強度を振り分けた記号をそれぞれ記入していく。
「就寝階層を一階へ統一するため、二階で寝ていた人は睡眠障害の強度を一つ増得たと仮定し、それらを図面に反映すると――」
「あっ!」
 まるで楕円形を描くように、、睡眠障害の強度が高く、離れるほど低い傾向が明瞭に見てとれた。そのとある家とは――、
「こ、この家って!」
「あぁ……」
 調査対象の最後の一件である外場宅を、神薙は目を細めつつ見上げる。
「仮説の二つ目。今回の睡眠障害は、外場氏との関係が深い可能性が高い」
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