霊装探偵 神薙

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第一章 幻核生物

二話 霊装

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「着いたぞ」
 かつて馴染みのあった壁の内側に、学校校舎が並ぶ。三つの校舎からなるそれらは使い古された味が染み出ており、校庭や体育館なども含め、年季を感じさせた。
 十一時前ということも相まって、学校回り、引いては正門付近に人影はあまり見られなかった。
 秋の心地よい日差しが降り注ぐ中、気怠そうな守衛が構える正門前から、少し離れた道路脇に二人は立つ。
「――さてと、星」
「うん」
「仕事を進める。だ」
「……わ、わかった!」
 
 霊装れいそう、霊子の装着およびその操作、またそれらに起因するの総称である。
 そもそも霊子とは、大気中に浮遊する非視認中性微子であり、電荷を持たず、質量も非常に小さいがゼロではなく、また既存の科学では未解明の存在であった。
 霊子操作とは、これらの霊子を一定数以上、隷属的あるいは共反応により、自身の触覚領域下にて接合し、行使する行為を指す。
 令和最新の科学ですら説示せつめいし切れない超特異的な機能や性質、これらを先天的に意思を用いて操舵そうだできる者達を――という。

「俺が正門近くで物を落とすから、手伝う振りをして、歩道に触れて霊装を発現してくれ」
「うん。時間は昨日の何時頃に合わせる?」
「――そうだな。誘拐か故意の失踪かはまだ断定出来ないが、まず学校が終わってすぐに下校したと仮定して、十五時から開始だ。それと」
 携帯を取り出して、
「本人の容姿はこれだ」
 本名がわかっていることも手伝い、SNSから特定できた本人の画像を星宮へ提示する。
「この男の子だね。わかった」
「では、頼んだぞ」
「うん!」
 外壁の上で小鳥達が呑気のんきにおしゃべりする中、手はず通り、正門前にて神薙が荷物を歩道にぶちける。
「あっと」
 守衛の眉が動くが、ほどほどの量であったことと、近くの星宮がすぐさま拾い集め始めたことで、気にする程には至らなかった。
「(よし、霊装)……確認再現リワインド!」
 星宮はクラウチングポーズに似た態勢にて、両手を歩道に触れ、全神経を集中させつつそう呟いた。
 次第に白く透明な薄い膜のようなものが星宮を覆う。――が、守衛はやはり気にする素振りも見せなかった。神薙は荷物を拾いつつ、横目にて、
「(星の確認再現リワインドは、両手で触れた無機物の持つ二十四時間以内の霊子の記憶を再現して読み取る。全てを読み取ると時間がかかったり、負荷が大きかったりするが、時間帯や対象内容を指定することで、ある程度の緩和ができる)――っと、ボールペンはここにあったか」
 普段であればここぞという時に頼む神薙であったが、捜索者つちはぎの安全確保を最優先に、とにかく情報入手に策動した。
「(本来なら土萩君が当日着ていた衣服や帽子なんかがあれば最適なんだが、今回は時間の猶予が少ないことから仕方ない)あれ? ファイルはどこだ?」
 ――やがて、神薙が荷物を集め終わる頃、星宮もゆったりと身体を起こす。
 気温は二十度少しと心地よいはずだが、星宮の額の上には、いくつもの玉のような汗を浮かんでいた。
「(個人差はあるが、霊装は精神力の摩耗や肉体の疲労、中枢性疲労ストレスの蓄積が顕著だ)大丈夫か、星?」
「う、うん。平気平気」
 手巾ハンカチで汗を拭きつつ、星宮は明るく応じる。
 その一方、守衛が少しずつ、こちらの様子を伺い始める。
「一旦車に戻ろう。話はそこで聞く」
 荷物を集め、仕事に向かう会社員のような素振りと共に、車内へと戻る。
 バタン。 
 車内の埃が軽く舞い上がる中、神薙は飲料水を星宮へ差し出しつつ、
「早々で悪いが、どうだった?」
「ありがと。……うん。薙君の予想通り、昨日、土萩君は普通に下校していたみたい」
「詳しく教えてくれ」
 神薙は手早く手帳を取り出す。
「えっと。土萩君は同級生の男の子二人と一緒に帰ってたみたい」
「続けてくれ」
「一人は不良やんちゃそうで、もう一人は普通かな? それで、途中までは大声で笑いながら帰っていたみたいだけど、だんだん険悪な雰囲気ムードになって、とうとう口論を始めたみたい」
「(高校生なら、不意の言葉でいがみ合うことも珍しく無いだろうが)その内容は?」
 だが、星宮は眉をひそめて、
「そ、それが。そこから別の歩道に切り変わったみたいで、詳しくは――」
「……そうか」
 神薙は筆記具ボールペンを顎の辺りに付けて思考するも、星宮は少し申し訳なさそうに、
「ご、ごめんね。その歩道も霊装して調べようか?」
「――その質問に答える前に一ついいか。星は一日に何回まで能力発動れいそうできる?」
「え? えっと。体調にもよるけど、三回がいいところ、かな?」
 神薙は星宮の顔色を一瞬だけ確認する。
「(いざと言う時に霊装が出来ないのはマズいな)わかった。その友人達が失踪に関する何らかの手掛かりを持っているかもしれない。下校時刻まで待とう。顔や名前はどうだ?」
「うん。そこは大丈夫。名前は――」
 神薙は手早く書き記す。
「よし、お前は車で休んでろ、俺は少し調べたいことがあるから出てくる」
 バタン。
 返答も聞かず、神薙は車を出て行った。
 星宮が神薙の残像に目をやると、昼食代だろうか? 運転席の座席に一枚の紙幣が置かれているのに気づく。
「(ぶっきらぼうな癖に、こういう所は気遣い出来るんだから)もう」
 悩むような、嬉しいような笑顔を浮かべる星宮は、神薙が置いて行った紙幣を大事そうに持ち、汚れた窓からぼんやりと、秋空の下に構える学校へ目を戻した。


 日差しがいくらか傾きかけ、星宮が車内でウトウトし始めた頃、窓が軽くノックされる。
「――んっ。あ、薙君」
「下校が始まった。行くぞ」
「うん!」
 守衛に目を付けられないよう、路地から確認するに、淡い喧噪が正門付近に溢れていた。
 学生の勉学つとめから開放された彼・彼女らは、緩んだ表情と共に、部活クラブ以外の主立った子達は帰宅を始めていた。
 神薙達は目標となる男子生徒二人を探すも、見当たらない。緊張を破るように、星宮が口を開く。 
「……ところで薙君、お昼はちゃんと食べた?」
「コンビニで握り飯を二つ」
「薙く~ん、栄養バランスって割と大事だから(汗)」
 上目遣いで顔色を伺う星宮へは目もくれず、
「考えておく。……星、集中してよく探れ。その友人達、あるいは片方でもいい。見つけ次第、教えてくれ」
「う、うん。一人は髪を染めてたから、見つけ易いと思うけど――」
 五分、十分と経過していく。時折、既に見逃しまったのでは? っという不安が星宮の頭をかすめる。
 ――だが、
「! 薙君、いたっ、いたよ!」
「どの子だ?」
 慌てた様子の星宮が指したのは、平均身長くらいの少し茶色がかった髪の男子生徒と、眼鏡をかけた生徒であった。
 先入観のせいか、学校が終わったというのに、あまり明るい表情ではなかった。
「跡をつけるぞ。適当な所で声をかける」
「わ、わかった」
 曲がりなりにも探偵業に従事して来た神薙にとって、ほぼ無警戒状態の高校生を|追尾(つ)けるなど、造作も無いことであった。
 右へ左へ、横断歩道、――そして約十分後、他の生徒がそれぞれの家路へつき、バラけ始めた所で、
「――君達、ちょっといいかい?」
 人通りは少ないが、路地裏ほどさびれていない県道脇にて声をかける。
 ビクッと、茶髪の男子生徒が反射的に振り返る。神薙はその立ち振る舞いすらもつぶさに観察していた。
 やましいこと、そうでなくとも何か心配事がある時に多い反応だ。
「あ? だ、誰?」
「月藤商業高校の生徒だね。同じ学校の【土萩ワタル君】について、少し聞きたいんだけど」
 神薙は、落ち着いた、しかし固有名詞部分の語気を僅かに強く言い放つ。
「つ、土萩君が、な、なんですか?」
 眼鏡をかけた男子生徒は、素人目に見ても当惑した様子で、喘ぐように彼の名前を呟く。
「(おい馬鹿!)え? ってか、なんなのアンタ達いきなり。警察?」
 茶髪の生徒は、眼鏡の子の足先を踏みながら、精一杯の空威張からいばりでこちらを睨み返してくる。神薙はまばたきもせずに、
「……場合によっては警察と連絡を取るかもしれない。で、こちらの質問に答えてもらえるかい?」
 そう言って彼ら二人の名前を口にすると、特に眼鏡の子は、名前を知られていることに驚き、見た目に動揺する。
「ど、どうして僕らの名前を?」
「君達が俺達に名前を知られるようなことをしてしまったからじゃないのかい? ……例えば、彼が行方不明なのは、下校時の君達との会話が関係したせい、とか」
「「!」」
 やや鎌かけであったが、今度は茶髪の生徒の心がグラグラと揺れる様子が見て取れた。
「あ、え? な、何。何の話、だよ」
 気を取り戻そうとしてももう遅かった。心配そうに眼鏡の生徒が茶髪の生徒へ、
「ね、ねぇ」
 目で何かを訴える。
 手応え有り、少なくとも何か知ってはいる、っと神薙は判断しつつ、
「――脅すみたいな話の進め方をしてしまい、誤解させていたらすまない。だが、どちらかと言えば、我々は君達の味方だ。少なくとも、君達の学生生活に何ら支障をきたそうとは思っていない」
「えっ?」
 古典的な方法だが、落とすだけ落とし、救いの手をひけらかす。
 学生という境遇の子供達が最も気にすることの一つ、それは学校や親への連絡であった。これを行わないという担保は、時に予想以上の効力を発揮することを、神薙は知っていた。
 その思惑通りか、二人の絶望が安堵に、さらにそれが仮初かりそめの友好に変わりつつあった。
「ほ、ほ、本当ですか?」
「(内容次第でと言いたいところだが)もちろん。君達だって、土萩君がなぜ学校に来ていないか気になるだろう?」
「……」
 ダメ押しとばかりに、神薙は携帯を開く素振りをしつつ、
「俺達が手伝うことで、彼に何かあったとしても、それと君達が無関係であることを証明する助けになれると思う。――だが、そのためには君達の協力が必要だ」
 隣で突っ立っているだけの星宮は、毎度のことながらよくこれだけ理路整然きちんと話せるなぁ、と感心する。
 僅かな沈黙。そう、塀の上を歩いていた野良猫が、欠伸あくびをする程度の逡巡しゅんじゅんの後に、
「――あんなに怒るなんて、思ってもいなかったんすよ」
 茶髪の生徒が言い難そうに、唇を歪ませる。
「昨日の下校の時、特に話題も無かったから、築羽つきば団地が壊される話をしたんすよ」
「薙君、築羽団地って?」
「市街地からやや離れた所に建っている古い住宅団地だ」
 かつては低所得者の多くが利用していたと言われているが、耐震基準を満たしていない事と老朽化の問題から、二、三年前に取り壊しが決まっている。
 眼鏡の子も、協力的な姿勢を見せる必要があると思ったのか、
「古臭くて邪魔だし、さっさと壊してショッピングモールでも出来たら、っていう程度の話を、僕ら二人がしていたんです」
「うんうん」
 星宮が優しく頷く。そこらの偶像アイドルに引けを取らない容貌のせいか、警戒心が徐々にほぐされて、茶髪の生徒が、
「突然、なぜか土萩が怒りながら文句を言ってきて、俺もカッとなって言い返してしまって――」
 いつの間にか手帳を取り出していた神薙は、
「どんな風に?」
「外壁とか汚いし、キモイ虫とか多そうだし。――あ、あと、夜に妙な音がするとか、変な匂いがするとかの噂もあって……とにかく気色悪い建物なんだって」
 星宮の整った顔が少し歪む。
「そ、そう言えば。あの辺りって、閉まっているはずの扉が、なぜか空いているとかって噂が……。そもそも立ち入り禁止の場所なのに――」
 曲がりなりにも探偵という職場のためか、様々な情報が飛び込んでくる。玉石混交が当然とは言え、星宮は小さく震えた。
 不可思議である非科学的な話が、弛緩しかけた空気を締め付けようとするも、神薙は冷静に、
「どうだろう。あるいは、耐震強度を保てていない建物に、人を近づかせないために流布るふされた俗言デマかもしれない」
 などともっともらしく説明するが、高校生二人は興奮気味に続ける。
「で、でも、幽霊の噂もある古い建物を、土萩君が庇うとかおかしいよ、って言ったら――」
 茶髪の生徒が声をあげて、
「あいつ、『じゃあ俺が携帯でそんなもんいないことを写メで証明するから、それが出来たらお前ら俺に土下座しろよ』って言ってきたんすよ!」
 神薙は表情そのままに小さく頷きながら、
「なるほど。後は売り言葉に買い言葉で――」
「そ、そう。夜に一人でやれるもんならやってみろ、って」
 そこまで言い放ち、茶髪の生徒は視線を落とし、右手を強く握ったように見えた。
 直接の原因についてはともかく、土萩ワタルが行方不明という現状に対して、彼らが何らかの後悔を抱いているのは間違いなさそうであった。
 神薙は走り書きを終えつつ、
「ところで、築羽団地は建物が九棟あるけど、どの棟に行ったかの話は出なかったかい?」
 二人は顔を見合わせたが、
「そ、そこまでは」
 ――わからない。星宮が神薙へ小声にて、
「全部を(携帯で)撮るつもりだったとか?」
 だが神薙は唸る。
「(どうやって証明するつもりだったのかにもるが、たった一人で九棟を一階から最上階まで網羅することは無理だ。っとすると、特定の棟か、あるいは二、三棟を代表例として回ったに違いない)――いずれにせよ、知らないんだね? どうもありがとう」
 話を切ろうとすると、眼鏡の生徒が、もっとも気にしていた話題を振る。
「ね、ねぇ。お兄さん、お姉さん。ほ、本当に僕達のこと、学校とかに、い、言わないよね?」
 次いで茶髪の子も嘆願するかのように、顔色を伺う。神薙は手帳をしまいつつ、
「もちろんだ。君達は我々の頼みを聞いてくれた。今度はこちらの番だ」
 その言葉で納得がいったか、ペコペコと頭を下げた。神薙はそのまま彼らを解放した。家まで調べる必要は無いだろう、という雰囲気と共に。
 だが星宮はやや心配そうに、
「ボク達のこと、口止めしなくていいの?」
「既に土萩君とのいさかいが、行方不明の原因の一端であることは紐づけられている。彼らだって土萩君が見つかるのならそれに越したことはない。俺達の邪魔をするような行為はしないだろう」
 星宮は、なるほど? っと頷きつつ、
「――ってことは、今の話を警察へは連絡しないの?」
「そんなよゆうはない。情報の共有はいつの時代も必須だが、それに割かれる労力じかんとの兼ね合いはケースバイケースだ」
 太陽が遠いビルの陰へ隠れ始める。秋の日の鶴瓶落とし、とは言わないまでも、時刻は十六時半を刻んでいた。
「車でも、築羽団地まで向かったら一時間弱はかかる。急ぐぞ」
「う、うん!」
 急ぎ、パーキングまで戻り、車を出す。
 出発当初は順調だったが不運なことに、普段使わない片側一車線の国道に差し掛かった時、早めの帰宅ラッシュに遭ってしまう。星宮は胸の前で握りこぶしを作りつつ、
「な、なかなか動かないね」
「ここは旧の県道からの合流が結構あるからな。迂回すれば良かったか」
 焦る二人を他所よそに、夕陽が、街を覆う影の面積をひたに増やし続けていた。
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