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二章 chocolate brothers
2月25日『独白2』ゆか
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「ただいま」
傘を閉じて、誰も居ない玄関で呟いてじっとりと靴底まで湿ったスニーカーを脱いだ。
「ただいま。お兄ちゃん」
広くて寂しい。天井が高くて落ち着かない。お兄ちゃんを身体の中に収めた冷凍庫が低く唸っている。
冷たく濡れたパーカーを脱ぎ床に放る。靴下をひっぺがす。裾が濃く染められたデニムを脱いでパーカーの上に被せた。
Tシャツを、ブラを、ショーツまで脱いで、床に投げてリビングを歩く。
冷凍庫の室内温度を確認する。
『-25℃』設定通りだ。
冷凍庫の扉のレバーを引っ張り扉を開けると溜め込まれた氷点下の風が一気に流れ出し、白い靄が生き物のように足元を這ってリビングにぞろぞろと広まって行く。
裸足のまま庫内に入ると足の裏の水分が瞬時に凍って歩く度に皮膚が引っ張られ、足の皮が剥がれてしまうような感覚を味わう。そしてその度にこのまま立っているだけで私の足は駄目になってしまうのだろうと、わずかな恐怖心を覚える。
冷凍庫の奥(と言ってもすぐ目の前だけど)。半透明に濁ったガラスの棺の中でお兄ちゃんは眠っている。
表面が霜で曇ったガラスを手のひらで払う。
中を覗くと水分が凍って肌が罅割れたお兄ちゃんの顔が見えた。
皮膚が乾燥したお餅のように割れて肉とその奥の骨まで見えてしまっている。
もう、生きていた頃の、死んで間もない生気の残った頃のお兄ちゃんの面影はそこには無い。
お兄ちゃんは皮膚や筋肉が骨に張り付いて残っているというだけで、もう本物の木乃伊と変わらない。いや、もう、木乃伊そのものだ。
もうお兄ちゃんだった頃とは見る影もなくなってしまった。
この人は、お兄ちゃんだと言って良いのかな。
私はこの凍結した死体を、まだお兄ちゃんと呼んで良いのかな。
冷凍庫から出て、シャワーを浴びる。
冷えきった身体を温め、リビングに戻ると椅子に座り、冷凍庫をじっと見つめる。
この数ヶ月、何度も繰り返した私のデイリールーティン。
椅子と少し離れた場所に置かれたシングルベッド並みに大きいソファとの間を行ったり来たりして、今日もまた無為な時間を過ごす。
今日は何だか心が滅入る。
私はソファに座って俯いたまま、お兄ちゃんのことを考える。
ミホと暮らすようになってから、お兄ちゃんの顔を見る回数が減った。
あれだけ愛していたお兄ちゃんのことを、少しずつ過去のものにしている自分に気付く。
じわじわと人の形を失っていくお兄ちゃんを、人間とは明らかに違うものだと認識し始めていることを、私は自覚していた。
ミホと生活をするようになって、ミホと同じベッドで眠るようになってからだ。
いや、違うかもしれない。
もっと前から。
もしかしたら、あの夜から既に始まっていたのかもしれない。
お兄ちゃん以外を受け入れたあの日から、私はお兄ちゃんを過去のものにしていたのかもしれない。
私は、お兄ちゃんを捨てようとしているのかもしれない。
必要ないものとして。不要なものとして。
要らない過去として、捨てるのかもしれない。
「ただいまー」
ミホが帰ってきた。
「ゆか、ただいまー。びしょびしょだよー。ゆか大丈夫だった?」
振り返り、リビングに入ってきたミホを見る。
肩やパンツの裾をじゅくじゅくに濡らし、腰辺りまで伸びた長い黒髪から水滴を滴らせながら、パタパタとルームシューズを鳴らしてミホがソファに近付いてくる。
「ミホ、すごい濡れてるね」
「うん、風が強くなってきたよ。もうあちこちびしょびしょ~」
「私は先にシャワー浴びたから、ミホも浴びてきたら?」
「うん?……うん。そうするけど……ゆか、何かあった?」
ミホは上着を脱いで肩にかけていたバッグと一緒に床に置くと、ソファに座っている私の正面まで来て膝を付いて私と同じ高さまで視線を下げた。
「何か落ち込んでるように見えるよ? どうしたの? 仕事で何か嫌なことあった?」
私の目を見つめ心配そうに問いかけるミホはとても優しくて、私は無性に哀しくなる。
ミホに優しくされて、甘やかされて、支えられて、依存している。
そんな自分が哀しくなる。
お兄ちゃんを切り捨てて、今度はミホに依存している。
もう、既に依存しきってしまっている。
私にはもう、お兄ちゃんが必要じゃなくなっている。
その事実が、とても悲しい。
「何にも無い」
私は顔を伏せて、ミホの視線から逃げた。
「何も無いことないでしょ? また、泣いてるじゃない。最近は泣かなくなったと思ってたのに、またお兄さんのこと想って泣いてたの? お兄さんのこと、思い出しちゃった?」
私は頭を横に振って、そんなことないと無言で返す。
「じゃあどうして? お兄さんのことでしか、泣かないのに」
ミホの言葉がストンと胸に落ちる。
やっぱり、自分で思っている通り私はお兄ちゃんのことを想わなくなった自分が嫌で、嫌いで、嫌いで。
「嫌い」
「……嫌い? 私のこと?」
ミホの、ほんの少しだけ落ちた声のトーンに、私は何度も頭を横に振る。
「違うの。嫌いなの。私のことが、私は嫌いなの……」
「どうして? ゆかは変わってないじゃない。毎日お兄さんのいるこのリビングで、お兄さんのことを見てる。ここに来てから、それはずっと変わらないじゃない」
「違う。同じなんかじゃない。変わっちゃった。変わってしまったの。私はもう……お兄ちゃんのことを想ってなんかいない……!」
「……」
ゆかの言葉を否定して、変わってしまった自分の心を吐露する。
「もう、想ってない。愛してないの。……あんなに愛してたのに。あんなに大好きだったのに。何で? 時間が経ってしまったから? お兄ちゃんの姿が変わってしまったから? お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくってしまったから? お兄ちゃんが生きていないから? あんなに強く想っていたのに、もう、今ではお兄ちゃんの笑顔もおぼろげにしか思い出せない。目をつぶれば浮かんでいた大好きだったお兄ちゃんの顔が、私が作ったご飯を美味しそうに食べてくれてた顔が、私の態度に困った顔が、ちゃんと思い出せないよ……! 何で……? まだ、たったの一年も経ってないのに……」
俯いたまま、両手で目を覆い、零れる涙を押さえる。
手のひらと瞼の隙間から溢れて漏れる涙が、手首を伝い肘に流れる。
「私はお兄ちゃんが好きだった。大好きだった。愛してた。結婚したいくらい。お兄ちゃんとの赤ちゃんが欲しいって思うくらい。それくらい大好きだった。大好きだったの! なのに、なのに……もう、もうお兄ちゃんを過去にしてしまってる……。どんだけ私は自己中心的なんだって思うの。こんなに酷い奴だったのかって、自分のことが嫌になるの。ホントに、嫌いなの」
「……うん」
「いつか、ミホのことを過去にする時だってくる。もしもミホが私より先に死んじゃうようなことがあれば、お兄ちゃんのように、ミホのことも私は捨ててしまうんだって、分かってしまう」
「あぁ……うん、そうかもね……」
「一途だと思っていた自分がこんな軽薄な奴だったんだって思い知ってしまって、傷付いて、そんな理由で傷付いた自分はなんて勝手な奴だってまた自分を嫌いになるの。どこまで下衆なんだって。どこまで身勝手な屑なんだって。結局私はお兄ちゃんのこともミホのことも、自己満足の為に好きになってるんだって、依存してるんだって。醜い自分がもっともっと嫌になる。嫌で嫌で、嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ないの……」
「うん、うん。……ふふ」
「……?」
私は顔を上げて、涙でぐしゃぐしゃになった眼でミホの顔を見る。
なぜ笑ったのか、どんな顔で笑ったのか気になって。
「ああ、ごめんね、ゆかのことを笑ったんじゃないの。あ、いや、違うな。ゆかのこともそうなんだけれど、何て言うか、この状況全部引っ括めて、ちょっと嬉しくなったって言うか、可愛いって思っちゃったって言うか」
「……」
「誤解しないでね、えーっと、何て話そうかな。えーっと……。うん、あのね」
そこで区切ると、ミホは右隣に座って私の右手を掴んだ。
「私は、ゆかのそういう心の変化に気付いてたよ。お兄ちゃんのことを意識しなくなってることも、私に段々依存していることも。でも、私はそれで良いと思ってたし、私のことを手放せなくなるのなら、それは私が望む形だから嬉しいとも思ってた。もしかしたら最後には私自身が切り捨てられることも、覚悟してるよ。……何でかって言うと、私は、ゆかのそういう利己的な性格が大好きだからだよ。自分の目的の為に要らないものを捨てるとことか、躓いたら切り替えて次に進める身勝手な強さとか、相手に依存しているくせに、そしてそれを自覚しているくせに相手と両想いになることを純粋に望んでる初なところとかも。大好きなの」
「ゆかの、そういうクズなところが私は好きなの」
だから一緒に居たいって思ってるんだよ。
そう言葉を締めて、ミホは私の額にキスをした。
「……ミホ、嫌い」
「ふふ……酷いこと言ってごめんね。大好きだよ、ゆか」
「うぅ……嫌い……ミホも自分も……嫌い」
「良いよ。それでも私から離れられないのがゆかだから。私が利用できるうちは、きっとゆかは私を手放さない」
「……」
「良いんだよ。これは私が望んだことでもあるんだから。私も、きっとクズなんだよ」
「……嫌い」
「うふふっ……好き」
何でこんなふうなんだろう。私の人生は。
ずっと変わってない。
ずっとずっとこのままなのだろうか。
微笑むミホの顔を見て、私は目をギュッと閉じた。
窓を叩く雨の音だけが私の耳に届く。
私はあの夜アパートを訪れたミホのことを思い出した。
あの時、ミホのことを気持ちが悪いと嫌っていたように、これから私は自分のことを気持ちが悪いと嫌いになり続けるのだろうと思った。
傘を閉じて、誰も居ない玄関で呟いてじっとりと靴底まで湿ったスニーカーを脱いだ。
「ただいま。お兄ちゃん」
広くて寂しい。天井が高くて落ち着かない。お兄ちゃんを身体の中に収めた冷凍庫が低く唸っている。
冷たく濡れたパーカーを脱ぎ床に放る。靴下をひっぺがす。裾が濃く染められたデニムを脱いでパーカーの上に被せた。
Tシャツを、ブラを、ショーツまで脱いで、床に投げてリビングを歩く。
冷凍庫の室内温度を確認する。
『-25℃』設定通りだ。
冷凍庫の扉のレバーを引っ張り扉を開けると溜め込まれた氷点下の風が一気に流れ出し、白い靄が生き物のように足元を這ってリビングにぞろぞろと広まって行く。
裸足のまま庫内に入ると足の裏の水分が瞬時に凍って歩く度に皮膚が引っ張られ、足の皮が剥がれてしまうような感覚を味わう。そしてその度にこのまま立っているだけで私の足は駄目になってしまうのだろうと、わずかな恐怖心を覚える。
冷凍庫の奥(と言ってもすぐ目の前だけど)。半透明に濁ったガラスの棺の中でお兄ちゃんは眠っている。
表面が霜で曇ったガラスを手のひらで払う。
中を覗くと水分が凍って肌が罅割れたお兄ちゃんの顔が見えた。
皮膚が乾燥したお餅のように割れて肉とその奥の骨まで見えてしまっている。
もう、生きていた頃の、死んで間もない生気の残った頃のお兄ちゃんの面影はそこには無い。
お兄ちゃんは皮膚や筋肉が骨に張り付いて残っているというだけで、もう本物の木乃伊と変わらない。いや、もう、木乃伊そのものだ。
もうお兄ちゃんだった頃とは見る影もなくなってしまった。
この人は、お兄ちゃんだと言って良いのかな。
私はこの凍結した死体を、まだお兄ちゃんと呼んで良いのかな。
冷凍庫から出て、シャワーを浴びる。
冷えきった身体を温め、リビングに戻ると椅子に座り、冷凍庫をじっと見つめる。
この数ヶ月、何度も繰り返した私のデイリールーティン。
椅子と少し離れた場所に置かれたシングルベッド並みに大きいソファとの間を行ったり来たりして、今日もまた無為な時間を過ごす。
今日は何だか心が滅入る。
私はソファに座って俯いたまま、お兄ちゃんのことを考える。
ミホと暮らすようになってから、お兄ちゃんの顔を見る回数が減った。
あれだけ愛していたお兄ちゃんのことを、少しずつ過去のものにしている自分に気付く。
じわじわと人の形を失っていくお兄ちゃんを、人間とは明らかに違うものだと認識し始めていることを、私は自覚していた。
ミホと生活をするようになって、ミホと同じベッドで眠るようになってからだ。
いや、違うかもしれない。
もっと前から。
もしかしたら、あの夜から既に始まっていたのかもしれない。
お兄ちゃん以外を受け入れたあの日から、私はお兄ちゃんを過去のものにしていたのかもしれない。
私は、お兄ちゃんを捨てようとしているのかもしれない。
必要ないものとして。不要なものとして。
要らない過去として、捨てるのかもしれない。
「ただいまー」
ミホが帰ってきた。
「ゆか、ただいまー。びしょびしょだよー。ゆか大丈夫だった?」
振り返り、リビングに入ってきたミホを見る。
肩やパンツの裾をじゅくじゅくに濡らし、腰辺りまで伸びた長い黒髪から水滴を滴らせながら、パタパタとルームシューズを鳴らしてミホがソファに近付いてくる。
「ミホ、すごい濡れてるね」
「うん、風が強くなってきたよ。もうあちこちびしょびしょ~」
「私は先にシャワー浴びたから、ミホも浴びてきたら?」
「うん?……うん。そうするけど……ゆか、何かあった?」
ミホは上着を脱いで肩にかけていたバッグと一緒に床に置くと、ソファに座っている私の正面まで来て膝を付いて私と同じ高さまで視線を下げた。
「何か落ち込んでるように見えるよ? どうしたの? 仕事で何か嫌なことあった?」
私の目を見つめ心配そうに問いかけるミホはとても優しくて、私は無性に哀しくなる。
ミホに優しくされて、甘やかされて、支えられて、依存している。
そんな自分が哀しくなる。
お兄ちゃんを切り捨てて、今度はミホに依存している。
もう、既に依存しきってしまっている。
私にはもう、お兄ちゃんが必要じゃなくなっている。
その事実が、とても悲しい。
「何にも無い」
私は顔を伏せて、ミホの視線から逃げた。
「何も無いことないでしょ? また、泣いてるじゃない。最近は泣かなくなったと思ってたのに、またお兄さんのこと想って泣いてたの? お兄さんのこと、思い出しちゃった?」
私は頭を横に振って、そんなことないと無言で返す。
「じゃあどうして? お兄さんのことでしか、泣かないのに」
ミホの言葉がストンと胸に落ちる。
やっぱり、自分で思っている通り私はお兄ちゃんのことを想わなくなった自分が嫌で、嫌いで、嫌いで。
「嫌い」
「……嫌い? 私のこと?」
ミホの、ほんの少しだけ落ちた声のトーンに、私は何度も頭を横に振る。
「違うの。嫌いなの。私のことが、私は嫌いなの……」
「どうして? ゆかは変わってないじゃない。毎日お兄さんのいるこのリビングで、お兄さんのことを見てる。ここに来てから、それはずっと変わらないじゃない」
「違う。同じなんかじゃない。変わっちゃった。変わってしまったの。私はもう……お兄ちゃんのことを想ってなんかいない……!」
「……」
ゆかの言葉を否定して、変わってしまった自分の心を吐露する。
「もう、想ってない。愛してないの。……あんなに愛してたのに。あんなに大好きだったのに。何で? 時間が経ってしまったから? お兄ちゃんの姿が変わってしまったから? お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくってしまったから? お兄ちゃんが生きていないから? あんなに強く想っていたのに、もう、今ではお兄ちゃんの笑顔もおぼろげにしか思い出せない。目をつぶれば浮かんでいた大好きだったお兄ちゃんの顔が、私が作ったご飯を美味しそうに食べてくれてた顔が、私の態度に困った顔が、ちゃんと思い出せないよ……! 何で……? まだ、たったの一年も経ってないのに……」
俯いたまま、両手で目を覆い、零れる涙を押さえる。
手のひらと瞼の隙間から溢れて漏れる涙が、手首を伝い肘に流れる。
「私はお兄ちゃんが好きだった。大好きだった。愛してた。結婚したいくらい。お兄ちゃんとの赤ちゃんが欲しいって思うくらい。それくらい大好きだった。大好きだったの! なのに、なのに……もう、もうお兄ちゃんを過去にしてしまってる……。どんだけ私は自己中心的なんだって思うの。こんなに酷い奴だったのかって、自分のことが嫌になるの。ホントに、嫌いなの」
「……うん」
「いつか、ミホのことを過去にする時だってくる。もしもミホが私より先に死んじゃうようなことがあれば、お兄ちゃんのように、ミホのことも私は捨ててしまうんだって、分かってしまう」
「あぁ……うん、そうかもね……」
「一途だと思っていた自分がこんな軽薄な奴だったんだって思い知ってしまって、傷付いて、そんな理由で傷付いた自分はなんて勝手な奴だってまた自分を嫌いになるの。どこまで下衆なんだって。どこまで身勝手な屑なんだって。結局私はお兄ちゃんのこともミホのことも、自己満足の為に好きになってるんだって、依存してるんだって。醜い自分がもっともっと嫌になる。嫌で嫌で、嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ないの……」
「うん、うん。……ふふ」
「……?」
私は顔を上げて、涙でぐしゃぐしゃになった眼でミホの顔を見る。
なぜ笑ったのか、どんな顔で笑ったのか気になって。
「ああ、ごめんね、ゆかのことを笑ったんじゃないの。あ、いや、違うな。ゆかのこともそうなんだけれど、何て言うか、この状況全部引っ括めて、ちょっと嬉しくなったって言うか、可愛いって思っちゃったって言うか」
「……」
「誤解しないでね、えーっと、何て話そうかな。えーっと……。うん、あのね」
そこで区切ると、ミホは右隣に座って私の右手を掴んだ。
「私は、ゆかのそういう心の変化に気付いてたよ。お兄ちゃんのことを意識しなくなってることも、私に段々依存していることも。でも、私はそれで良いと思ってたし、私のことを手放せなくなるのなら、それは私が望む形だから嬉しいとも思ってた。もしかしたら最後には私自身が切り捨てられることも、覚悟してるよ。……何でかって言うと、私は、ゆかのそういう利己的な性格が大好きだからだよ。自分の目的の為に要らないものを捨てるとことか、躓いたら切り替えて次に進める身勝手な強さとか、相手に依存しているくせに、そしてそれを自覚しているくせに相手と両想いになることを純粋に望んでる初なところとかも。大好きなの」
「ゆかの、そういうクズなところが私は好きなの」
だから一緒に居たいって思ってるんだよ。
そう言葉を締めて、ミホは私の額にキスをした。
「……ミホ、嫌い」
「ふふ……酷いこと言ってごめんね。大好きだよ、ゆか」
「うぅ……嫌い……ミホも自分も……嫌い」
「良いよ。それでも私から離れられないのがゆかだから。私が利用できるうちは、きっとゆかは私を手放さない」
「……」
「良いんだよ。これは私が望んだことでもあるんだから。私も、きっとクズなんだよ」
「……嫌い」
「うふふっ……好き」
何でこんなふうなんだろう。私の人生は。
ずっと変わってない。
ずっとずっとこのままなのだろうか。
微笑むミホの顔を見て、私は目をギュッと閉じた。
窓を叩く雨の音だけが私の耳に届く。
私はあの夜アパートを訪れたミホのことを思い出した。
あの時、ミホのことを気持ちが悪いと嫌っていたように、これから私は自分のことを気持ちが悪いと嫌いになり続けるのだろうと思った。
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