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虫圭

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二章 chocolate brothers

2月12日『Before last night』

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 妹から連絡が来た。

『先輩とお茶してから帰るね(はぁと)遅くならないから一緒にご飯食べようね(はぁと)愛してるよお兄ちゃん(はぁと)(はぁと)(はぁと)』

 スマホの液晶に映し出された文字と絵文字に、いつものように溜め息を吐いた。
 ここ数日、妹の帰りが遅い。
 勤務時間が朝からだったり昼過ぎからだったりだから遅い時間に帰ってくるのは当然なのだが、バレンタインデーが近付くにつれて普段より余計に遅く帰って来ているのは間違いない。
 と言っても、何か心配をしている訳ではない。
 痩せ我慢とか建前とかじゃなく、もし、妹に彼氏が出来た、もしくはそれに類する何かがあって帰りが遅くなっているなら、それはとても喜ばしいことだと思うし、妹は21歳という妙齢であり健全な女子なのだから、結婚を前提とした相手が現れたということなら俺は諸手を挙げて喜び妹の幸せを願うことに何の躊躇も戸惑いもない。
 と、本気で思っているのだが、昨日の今日だ。
 そんなことが無いのは百も承知だし、妹が俺とどうにかなりたいと本気で思っているのは確実だ。
 これで実は彼氏がいた婚約者がいたと言う展開になるのであれば妹の演技力と小悪魔力に感涙にむせび拍手を続けることだろう。
 出来ないのだが一人でスタンディングオーベーションをして賞賛の限りを尽くしたいと思う。
 妹の幸せを切に願い先行き明るい未来を祈る俺としては、本心から妹が俺以外の誰か・・・・・・と幸せを築いてくれることを期待せざるをえない訳だ。
 だから、『バレンタインデーの準備事で帰宅時間が遅くなっているが、実は……』という急展開が待っていたりしないものかと、淡い期待を抱いていたりする。
 きっと、そういうことは無いんだろうが。

 19時。
 玄関から鍵が解錠される音とドアが開く音が聞こえた。
 妹の帰宅だ。

「お兄ちゃんただいま~。急いで晩ごはん作るから待っててね」
 コートを脱ぎながら、買い物袋を提げた妹がぱたぱたと急ぎ足で廊下から姿を現した。
「着替えるからちょっと待ってねー」
 言いながらセーターを脱ぎ、ズボンを下ろして下着姿になる。
 少し前に一緒に風呂に入った時は、脱ぐところを見ないでと言っていたのに、今は何の躊躇いもなく脱ぎ着をしているのは何なのだろうと疑問に思いながら部屋着に着替えた妹が台所に移動するのを見送る。
 俺はいつも通りベッドに横になっている。
 ベッドからは死角になって、台所に立つ妹の姿は見えず調理の音しか聞こえない。
 包丁で野菜を切っているような、ざく、ざく、という音だけが部屋に響く。

 どうして俺なのだろう。
 家庭的で優しく、頑張り屋で容姿も悪くない(と思う)
 非の打ち所が全くないかと言えばそうではないが、少なくとも俺には勿体ない。
 俺がこんな身体でなくても、だ。

 ぐつぐつ、と鍋でお湯が沸騰している音が聞こえる。

 俺達が兄妹でなかったなら、俺は喜んで受け入れただろう。
 妹の望みを叶えたことだろう。
 神様というやつは残酷だ。
 出来もしない、叶いもしないことばかり、挑ませ、望ませる。

 台所に立つ妹の鼻歌が聞こえる。

 どうして俺なのだろう。
 どうして妹なのだろう。
 この世界は、上手くいかないことばかりだ。

 やっぱり俺は、どうしようもない不条理なこの世界を呪ってしまう。

 愛しい妹が、俺のために料理を作る音が聞こえる。
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