19 / 48
【女郎屋幸咲屋の禿美代―其ノ貳】
しおりを挟む
禿というものは、見世に出される前の下積みと申しましょうか、女に成る前の化粧支度と申しましょうか、はたまた真打ちを控えた二ツ目と申しましょうか。
一人前になる前という意味では同じなのですが、殿方のお手付きになる前ですので、潔白の身、つまり新で御座います。
それがお茶や琴、三味線などのお稽古事やお作法を身に付け、一等高く売れる時に水揚げされ女郎としての道を歩み始めるのです。
「美代ちゃん、うち、女郎なんかになりとうないよう。知らん男に抱かれるなんて嫌じゃ。何処の馬の骨とも分からん者にこの身を汚されとうない」
「お依姉さん、そんなこと言っちゃ駄目です。遣手に聞かれでもしたら折檻じゃ済まないですよ」
お見世の二階。隅っこの部屋のそのまた隅っこに身を縮め、めそめそと涙を流す姉さんの肩を抱き、背中をさすって宥める。
お依姉は私の四つ上。今年十六になる新造で、とうとう明日水揚げをされる。
「それに、明日のお客様は鼈甲問屋の大旦那様だって言うじゃないですか。もし気に入られでもしたら大名です。明日頑張らずに何時晴れ姿を見せるって言うんですか」
お依姉は女郎屋で生まれた私と違って十二の時に親の借金の形に売られてきました。
女郎屋に来るまで男がどんなものなのか知らずに生きてきたのですから、男への嫌悪感は人一倍です。無事に明日を乗りきってくれれば良いのですが。
「美代ちゃん、うちと一緒に逃げよう。大丈夫。二人なら何とかなるさ。ねぇ! 一緒に逃げよう!」
「姉さん! 馬鹿なこと言っちゃいけません! それだけは絶対に駄目です! 生きて出られなくなりますよ! 姐さん達の目は欺けても遣手の目は誤魔化せません! 捕まったら片端にされちまいます! お願いですから馬鹿なこと言わないでくださいませ!」
「……そうかい。分かったよ。美代ちゃんなら分かってくれると思ったけど……。いいよ。うちだけで逃げるさ! 世話んなったね。この事は、誰にも言わないから。じゃあね!」
「あぁ! 依姉! 待って!」
ぱっと身を翻すと依姉は部屋を飛び出し階段を駆け降りると見世の敷居を跨いだ。
が、既に遅かった。私達の話を遣手が隣の部屋で聞いていたからだ。
「はぁ。何でこんな馬鹿をしちまったかねぇ。美代、あんたもどうして依の奴を止められなんだい」
女将さんが肩を落とし溜め息を吐く。
お依姉は命こそ取られなかったものの、重い折檻を受け、暫く立てない身体にされてしまった。当然、水揚げの話もおじゃんだ。
「あい。すみません……」
「まあ、もう済んじまったことだ。あんたは大丈夫だと思うけど、おっかさんの顔に泥ぉ塗るようなことしちゃいけないよ」
「あい。分かっております」
後数年で私も水揚げを迎える。
(次話へ続く)
一人前になる前という意味では同じなのですが、殿方のお手付きになる前ですので、潔白の身、つまり新で御座います。
それがお茶や琴、三味線などのお稽古事やお作法を身に付け、一等高く売れる時に水揚げされ女郎としての道を歩み始めるのです。
「美代ちゃん、うち、女郎なんかになりとうないよう。知らん男に抱かれるなんて嫌じゃ。何処の馬の骨とも分からん者にこの身を汚されとうない」
「お依姉さん、そんなこと言っちゃ駄目です。遣手に聞かれでもしたら折檻じゃ済まないですよ」
お見世の二階。隅っこの部屋のそのまた隅っこに身を縮め、めそめそと涙を流す姉さんの肩を抱き、背中をさすって宥める。
お依姉は私の四つ上。今年十六になる新造で、とうとう明日水揚げをされる。
「それに、明日のお客様は鼈甲問屋の大旦那様だって言うじゃないですか。もし気に入られでもしたら大名です。明日頑張らずに何時晴れ姿を見せるって言うんですか」
お依姉は女郎屋で生まれた私と違って十二の時に親の借金の形に売られてきました。
女郎屋に来るまで男がどんなものなのか知らずに生きてきたのですから、男への嫌悪感は人一倍です。無事に明日を乗りきってくれれば良いのですが。
「美代ちゃん、うちと一緒に逃げよう。大丈夫。二人なら何とかなるさ。ねぇ! 一緒に逃げよう!」
「姉さん! 馬鹿なこと言っちゃいけません! それだけは絶対に駄目です! 生きて出られなくなりますよ! 姐さん達の目は欺けても遣手の目は誤魔化せません! 捕まったら片端にされちまいます! お願いですから馬鹿なこと言わないでくださいませ!」
「……そうかい。分かったよ。美代ちゃんなら分かってくれると思ったけど……。いいよ。うちだけで逃げるさ! 世話んなったね。この事は、誰にも言わないから。じゃあね!」
「あぁ! 依姉! 待って!」
ぱっと身を翻すと依姉は部屋を飛び出し階段を駆け降りると見世の敷居を跨いだ。
が、既に遅かった。私達の話を遣手が隣の部屋で聞いていたからだ。
「はぁ。何でこんな馬鹿をしちまったかねぇ。美代、あんたもどうして依の奴を止められなんだい」
女将さんが肩を落とし溜め息を吐く。
お依姉は命こそ取られなかったものの、重い折檻を受け、暫く立てない身体にされてしまった。当然、水揚げの話もおじゃんだ。
「あい。すみません……」
「まあ、もう済んじまったことだ。あんたは大丈夫だと思うけど、おっかさんの顔に泥ぉ塗るようなことしちゃいけないよ」
「あい。分かっております」
後数年で私も水揚げを迎える。
(次話へ続く)
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?
ラララキヲ
ファンタジー
姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。
両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。
妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。
その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。
姉はそのお城には入れない。
本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。
しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。
妹は騒いだ。
「お姉さまズルい!!」
そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。
しかし…………
末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。
それは『悪魔召喚』
悪魔に願い、
妹は『姉の全てを手に入れる』……──
※作中は[姉視点]です。
※一話が短くブツブツ進みます
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げました。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
婚約者が幼馴染を愛人にすると宣言するので、別れることにしました
法華
恋愛
貴族令嬢のメリヤは、見合いで婚約者となったカールの浮気の証拠をつかみ、彼に突きつける。しかし彼は悪びれもせず、自分は幼馴染と愛し合っていて、彼女を愛人にすると言い出した。そんなことを許すわけにはいきません。速やかに別れ、カールには相応の報いを受けてもらいます。
※四話完結
公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる