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【女郎屋幸咲屋の禿美代―其ノ貳】

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 禿かむろというものは、見世に出される前の下積みと申しましょうか、女に成る前の化粧支度と申しましょうか、はたまた真打ちを控えた二ツ目ふたつめと申しましょうか。
 一人前になる前という意味では同じなのですが、殿方のお手付きになる前ですので、潔白の身、つまりさらで御座います。
 それがお茶や琴、三味線などのお稽古事やお作法を身に付け、一等高く売れる時に水揚げされ女郎としての道を歩み始めるのです。

「美代ちゃん、うち、女郎なんかになりとうないよう。知らん男に抱かれるなんて嫌じゃ。何処の馬の骨とも分からんもんにこの身を汚されとうない」
「おより姉さん、そんなこと言っちゃ駄目です。遣手に聞かれでもしたら折檻じゃ済まないですよ」
 お見世の二階。隅っこの部屋のそのまた隅っこに身を縮め、めそめそと涙を流す姉さんの肩を抱き、背中をさすって宥める。
 お依姉は私の四つ上。今年十六になる新造しんぞうで、とうとう明日水揚げをされる。
「それに、明日のお客様は鼈甲べっこう問屋の大旦那様だって言うじゃないですか。もし気に入られでもしたら大名です。明日頑張らずに何時晴れ姿を見せるって言うんですか」
 お依姉は女郎屋で生まれた私と違って十二の時に親の借金の形に売られてきました。
 女郎屋に来るまで男がどんなものなのか知らずに生きてきたのですから、男への嫌悪感は人一倍です。無事に明日を乗りきってくれれば良いのですが。
「美代ちゃん、うちと一緒に逃げよう。大丈夫。二人なら何とかなるさ。ねぇ! 一緒に逃げよう!」
「姉さん! 馬鹿なこと言っちゃいけません! それだけは絶対に駄目です! 生きて出られなくなりますよ! 姐さん達の目は欺けても遣手の目は誤魔化せません! 捕まったら片端にされちまいます! お願いですから馬鹿なこと言わないでくださいませ!」
「……そうかい。分かったよ。美代ちゃんなら分かってくれると思ったけど……。いいよ。うちだけで逃げるさ! 世話んなったね。この事は、誰にも言わないから。じゃあね!」
「あぁ! 依姉! 待って!」

 ぱっと身を翻すと依姉は部屋を飛び出し階段を駆け降りると見世の敷居を跨いだ。
 が、既に遅かった。私達の話を遣手が隣の部屋で聞いていたからだ。

「はぁ。何でこんな馬鹿をしちまったかねぇ。美代、あんたもどうして依の奴を止められなんだい」
 女将おかみさんが肩を落とし溜め息をく。
 お依姉は命こそ取られなかったものの、重い折檻を受け、暫く立てない身体にされてしまった。当然、水揚げの話もおじゃんだ。
「あい。すみません……」
「まあ、もう済んじまったことだ。あんたは大丈夫だと思うけど、おっかさんの顔に泥ぉ塗るようなことしちゃいけないよ」
「あい。分かっております」

 後数年で私も水揚げを迎える。

(次話へ続く)
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