39 / 45
吉兆の三つ子
しおりを挟む
絵島詣でも終わり、二・三日した頃のこと。
その日、いつものように手習いを終えた鏡椛の前には、三つの影がちょこんと座していた。
「鏡椛ちゃん、御用ってなに?」
「鏡椛ちゃん、わたしたちに御用?」
「どんな御用なの? とっても楽しみ」
みっつの同じ顔が揃って首を傾げる。
無論、順にお辰、お龍、お蛟の三つ子である。
今日も今日とてお揃いの着物だが、よくよく見れば三人三様に表情が違うと鏡椛もようやくわかるようになった。
それに月日を感じながら、鏡椛はふわりと微笑んで三つ子に答えるべく口を開く。
「ありがとう。三人とも。実はね――」
囲炉裏端で見守っていた亀櫻が、そんな四人のかしましい様子を見て、ほおんと気の抜けた声を漏らした。
「賑やかだな」
「ああ、鏡椛が双子の片割れと共鳴してる様子があったからね。術として確立させたいなら三つ子が詳しいだろうって話さ」
確かにこれまでも仲のいい子供たちではあったが、随分盛り上がっている。と言いたげな口ぶりに、樹鶴はずずっと茶を啜りながら答えた。
じっと銀色の目が鏡椛を――鏡椛へ降りかかっていたはずの糸を視る。
当然、百が根こそぎ奪っていったため、呪いの影はそこにはない。
「へえ……。じゃあアイツ、彼岸くるのか?」
「我はそうしたいんだけどね。本人が少し渋っていて」
「アん? なんでだよ」
亀櫻が怪訝そうに眉を寄せた。
もとよりそういう約束であったし、鏡椛本人に【塾】を疎んでいる様子もない。仮に樹鶴を慕っているにしても、どうせ出入口はここなのだ。会えなくなるというわけでもないだろう。
樹鶴にしても、提案に戸惑った様子を見せた鏡椛の心情は慮外のことである。
「さあ? 『少し考えさせてくれ』の一点張りでね。今は返答待ちだよ」
「ふうん」
通常の師弟関係であればああしろこうしろと指示も出せるが、鬼道の師弟にはそうした絶対性はない。そもそも樹鶴と鏡椛は正式な師弟とはいえないのだ。仮に鬼道の師弟に只人のそれのような力関係があったとしても、この二人の間には当てはめることは難しいだろう。
(マ、片割れと縁を取り戻したばっかりだしね。鬼道としての生き方から遠ざかるつもりはねえみたいだが……迷いくらいは生まれるさ)
鏡椛はここに来た最初は自分が鬼道であるということすら曖昧な状態で、藻掻くことすら忘れていた有様だったのだ。
それを生きる術を選ばせるくらいはしようと色々揺さぶってこちら寄りにしてはいたが、あの雛の一番大切なものが只人の片割れである以上、現世寄りの思考になってきていてもおかしくはない。
(それに、どう生きようが、この先はあの子の勝手だ)
また一つ茶を啜った樹鶴の目には、これまでになく生き生きとした鏡椛の横顔が映っていた。
「――なるほど、そういった感覚なのか」
鏡椛は一つ頷いた。
只人である百と自分では、この三つ子が行っているものとはまた変わってくるだろうが、それでも全くなにも手掛かりがないよりはやりやすい。
これまで意識して自分が知覚しているものを片割れに手渡したことはなかったが、言われてみれば似た感覚を味わったことがあるように思えた。
三つ子がきゃっきゃと声を揃え、手を合わせながら笑う。
「参考になった?」
「参考にできた?」
「力になれたなら、嬉しいの」
順繰りに歌うようにして言葉を発する三人に、鏡椛の頬が緩む。
「ああ。わたくしでもできそうだ。かたじけない」
礼を言えば、「どういたしましてー」と一斉に返事があった。
似た声が一斉に声を出すと何かしらの違和感があるものかとも思っていたが、どうやらこの三つ子はほんの少しだが音をうまくずらしているらしい。
時折こうして重ねて言葉を発すると、彼女らの声は不思議と心地よく縁起の良いものに聞こえた。なるほど、『吉兆の三つ子』とはよく言ったものである。
そこまで考えて、鏡椛の首がこてんと斜めに傾いだ。
つられたように、三つ子の首も傾く。
「?」
「?」
「どうしたの?」
「いや、三人はたしか、『吉兆の三つ子』と呼ばれているのだったな、と」
確認するように言えば、何を今さらと言わんばかりにきょとんとした表情が三つの顔に浮かぶ。
「そうだよ」
「そうよー」
「それがどうかしたの?」
「大したことではないのだが……先生がそうつけてくれた、とはどういうことなんだ?」
今思い返しても顔から火が出そうな記憶ではあるが、たしか彼女たちは初対面の時にそう言っていたはずだ。
取り乱してしまったから詳しく聞くことはできていなかったが、それに覚えた違和感は健在である。
なにせ、自分自身の経験とあまりに食い違う言葉の並びなのだ。
双子であるがゆえに疎まれた記憶を持つ子供に問われ、三つ子はああなるほどと頷いた。
「ああ、それ?」
「ほんとの事よ」
「わたしたちが生まれた時にね、樹鶴様と亀櫻先生がつけてくれたの。あまり覚えていないのだけれど」
「赤ん坊だったからね、お前さんたち」
ぽん、と投げられた声に、四人の目が樹鶴のいる囲炉裏の方へと向いた。
ぱちぱちと音を立てる炭をついていたらしい火箸をざくりと灰に差し込んで、ゆっくりと樹鶴の金無垢の目がその視線と絡む。
「先生」
こういった歓談に口を挟まないことの方が多い樹鶴の突然の参加に、稚い目がぱちくりと瞬いた。
樹鶴の口元に淡い苦笑が滲む。
「すまないね。話し中に。我が解説したほうが早そうだったから声をかけたんだが……余計だったかい?」
「いいえ」
「ううん」
「わたしたちも、聞きたいの」
「お聞かせ願えるならば、是非」
きらきらと向けられた目を前にして、「それじゃあ話そうかね」と樹鶴が軽く姿勢を正す。
囲炉裏の中で、また一つぱきっと炭が鳴いた。
「と言っても、簡単な話だよ。意味づけただけさ。この子らは『吉兆』だ、ってね」
「意味づけ……にございますか」
それだけか、と言いたげな声に、大人二人は小さく笑い、言葉を継ぎ足した。
「鬼道もんの中には稀な生まれであるものも多い。そして、稀な生まれ方をする奴は只人には恐ろしがられるものさ。……心当たり、あるだろう?」
「……はい」
鏡椛がきゅっと唇をかみしめて首肯する。
ほのかに暗くなりかけた空気を祓うように、ぱっと桜色の声が咲いた。
「だから、根付いたこの地くらいでは双子三つ子のたぐいは生かしたい……って、いつだか樹鶴が言い出してなあ。丁度その頃うまれたのが三つ子ってわけだ」
「それで、吉兆と?」
「そ。鬼道は【そう生きる】と決めれば本当に幸せを呼べるようになる力もあるからね。騙りにはならねえし、只人にとっても悪い話じゃない」
樹鶴の金無垢の目と声が、悪戯っ子のように陽気に笑う。
それに不思議そうな顔をしたのは三つ子だった。
「悪い話じゃないの?」
「どうして?」
「起きてることは同じなの」
「お前さんたちみたいないっぺんに生まれる子供が疎まれたのは、異様よりもなによりも、働き手と食い扶持の釣り合いがとれねえからだって話さ。それじゃあ、『生かしといたほうが得』な理屈をつけて、釣り合いをとってやればいい」
理屈はわかるが、納得がいまいちできていない、と言った顔がずらりと並んだのを見て、亀櫻が言葉を接ぐ。
「たしかにいっぺんに生まれるってのは犬とか猫とかそういう獣を思わせるけど、獣の中にも人と同じようにいっぺんに一匹しか子をなさねえもんもいるだろう? 馬とかさ。じゃあ帳尻が会わねえよなって大人連中で話し合ったんだよ」
「たしかに」
そう言われてみれば、たしかにそうだ。と鏡椛たちは顔を見合わせた。
畜生腹だのなんだのと言われはするが、獣だって皆それぞれである。
細く息を吐いて、樹鶴が目を伏せた。
あまり思い出したくない記憶なのだろう。紡いだ言葉は、苦く染まっていた。
「――昔は、飢饉が多くてね。食いもんを作れねえ赤子を育てる余裕がなくなっていった。そういうときに年の離れたきょうだいならまだ、その子らに面倒を見させるとかもできたが、三つ子双子じゃあそうはいかねえ」
「いっぺんに食い扶持だけが増えて、働き手になるまで待つには飢饉が多すぎた。ようは釣り合ってなかったんだよな」
「幸い、向こう数年は飢饉は起きないだろうって我らの勘も言ってたしね。戦も大きなのは大概落ち着いたようだった。だから、賭けてみたのさ。三人が生まれた時にね」
背の高い二人が訥々と語るそれは、幼子たちには遠いお伽話のようにすら聞こえた。けれど、その眼差しの暖かさと切なさに、自分たちが当事者であることを否応なく自覚させられる。
知らず、背筋が伸びて緊張した面持ちになっていた子供たちの傍に、ぬっと亀櫻が歩みを寄せた。
ぽふ、ぽふ、ぽふ、と小さな頭を撫でると、満開の桜のように華やかで軽快な笑みが口元に浮かんだ。
「んで、俺らは賭けに勝ったってわけだな」
「そういうこと」
呵々と揃って笑う大人たちの陽気さに、ほっと気が抜けたように子供たちの丸い頬にも赤みがさした。
それに、ふたりは満足げに頷く。
「でもま、手前らが『吉兆』と認められてんのは手前ら自身の頑張りあってのことだろ」
「そりゃそうだ。お前さんたちが努めて明るく、みんなに福を招こうとしてなきゃ、そういう機運が呼ばれることもねえだろうよ」
鬼道はそういう生き物なのだから。
宙に花丸を描かれて、三つ子は丸い目をきょとんと見合わせた。そして、ふにゃりと相好を崩す。
「えへへ、それなら嬉しいね」
「うふふ、それなら嬉しいな」
「うへへ、とってもとっても嬉しいの。――でもでも、当然よ。わたしたちは、吉兆の三つ子なのだから!」
桜花のひざ元で咲く三輪の花は、まだまだ稚く、満開には程遠い。けれど――その笑みは、間違うことなく人々に福を届けるだけの愛らしさに満ちていた。
わちゃわちゃと戯れはじめた塾の師弟たちに遠慮するように、ちょこんと鏡椛は樹鶴の横へと座りなおして師を見上げた。
「気持ち一つ、ということに御座いましょうか」
「マ、そうだね」
樹鶴は「これだけは覚えておきな」と、自分と同じように魂を捧げる相手を見つけてしまった雛を見下ろした。
どうか、と祈りを込めて、樹鶴はその小さな頭を優しく撫でる。
――思い込んだら、何だってしてしまえるのが鬼道だ。
何だってしてしまえて、何にだってなってしまえるのが、鬼道だ。
その想いの加減を失ったものが、いずれ鬼となる。
「よくよく考え続けな、鏡椛。――自分が、何を一等大切にしているのか。自分がよかれと思ったことが、大切なものを苦しめないかをね」
そう語る麗人の横顔を、金銀妖眼がじっと見つめていた。
その日、いつものように手習いを終えた鏡椛の前には、三つの影がちょこんと座していた。
「鏡椛ちゃん、御用ってなに?」
「鏡椛ちゃん、わたしたちに御用?」
「どんな御用なの? とっても楽しみ」
みっつの同じ顔が揃って首を傾げる。
無論、順にお辰、お龍、お蛟の三つ子である。
今日も今日とてお揃いの着物だが、よくよく見れば三人三様に表情が違うと鏡椛もようやくわかるようになった。
それに月日を感じながら、鏡椛はふわりと微笑んで三つ子に答えるべく口を開く。
「ありがとう。三人とも。実はね――」
囲炉裏端で見守っていた亀櫻が、そんな四人のかしましい様子を見て、ほおんと気の抜けた声を漏らした。
「賑やかだな」
「ああ、鏡椛が双子の片割れと共鳴してる様子があったからね。術として確立させたいなら三つ子が詳しいだろうって話さ」
確かにこれまでも仲のいい子供たちではあったが、随分盛り上がっている。と言いたげな口ぶりに、樹鶴はずずっと茶を啜りながら答えた。
じっと銀色の目が鏡椛を――鏡椛へ降りかかっていたはずの糸を視る。
当然、百が根こそぎ奪っていったため、呪いの影はそこにはない。
「へえ……。じゃあアイツ、彼岸くるのか?」
「我はそうしたいんだけどね。本人が少し渋っていて」
「アん? なんでだよ」
亀櫻が怪訝そうに眉を寄せた。
もとよりそういう約束であったし、鏡椛本人に【塾】を疎んでいる様子もない。仮に樹鶴を慕っているにしても、どうせ出入口はここなのだ。会えなくなるというわけでもないだろう。
樹鶴にしても、提案に戸惑った様子を見せた鏡椛の心情は慮外のことである。
「さあ? 『少し考えさせてくれ』の一点張りでね。今は返答待ちだよ」
「ふうん」
通常の師弟関係であればああしろこうしろと指示も出せるが、鬼道の師弟にはそうした絶対性はない。そもそも樹鶴と鏡椛は正式な師弟とはいえないのだ。仮に鬼道の師弟に只人のそれのような力関係があったとしても、この二人の間には当てはめることは難しいだろう。
(マ、片割れと縁を取り戻したばっかりだしね。鬼道としての生き方から遠ざかるつもりはねえみたいだが……迷いくらいは生まれるさ)
鏡椛はここに来た最初は自分が鬼道であるということすら曖昧な状態で、藻掻くことすら忘れていた有様だったのだ。
それを生きる術を選ばせるくらいはしようと色々揺さぶってこちら寄りにしてはいたが、あの雛の一番大切なものが只人の片割れである以上、現世寄りの思考になってきていてもおかしくはない。
(それに、どう生きようが、この先はあの子の勝手だ)
また一つ茶を啜った樹鶴の目には、これまでになく生き生きとした鏡椛の横顔が映っていた。
「――なるほど、そういった感覚なのか」
鏡椛は一つ頷いた。
只人である百と自分では、この三つ子が行っているものとはまた変わってくるだろうが、それでも全くなにも手掛かりがないよりはやりやすい。
これまで意識して自分が知覚しているものを片割れに手渡したことはなかったが、言われてみれば似た感覚を味わったことがあるように思えた。
三つ子がきゃっきゃと声を揃え、手を合わせながら笑う。
「参考になった?」
「参考にできた?」
「力になれたなら、嬉しいの」
順繰りに歌うようにして言葉を発する三人に、鏡椛の頬が緩む。
「ああ。わたくしでもできそうだ。かたじけない」
礼を言えば、「どういたしましてー」と一斉に返事があった。
似た声が一斉に声を出すと何かしらの違和感があるものかとも思っていたが、どうやらこの三つ子はほんの少しだが音をうまくずらしているらしい。
時折こうして重ねて言葉を発すると、彼女らの声は不思議と心地よく縁起の良いものに聞こえた。なるほど、『吉兆の三つ子』とはよく言ったものである。
そこまで考えて、鏡椛の首がこてんと斜めに傾いだ。
つられたように、三つ子の首も傾く。
「?」
「?」
「どうしたの?」
「いや、三人はたしか、『吉兆の三つ子』と呼ばれているのだったな、と」
確認するように言えば、何を今さらと言わんばかりにきょとんとした表情が三つの顔に浮かぶ。
「そうだよ」
「そうよー」
「それがどうかしたの?」
「大したことではないのだが……先生がそうつけてくれた、とはどういうことなんだ?」
今思い返しても顔から火が出そうな記憶ではあるが、たしか彼女たちは初対面の時にそう言っていたはずだ。
取り乱してしまったから詳しく聞くことはできていなかったが、それに覚えた違和感は健在である。
なにせ、自分自身の経験とあまりに食い違う言葉の並びなのだ。
双子であるがゆえに疎まれた記憶を持つ子供に問われ、三つ子はああなるほどと頷いた。
「ああ、それ?」
「ほんとの事よ」
「わたしたちが生まれた時にね、樹鶴様と亀櫻先生がつけてくれたの。あまり覚えていないのだけれど」
「赤ん坊だったからね、お前さんたち」
ぽん、と投げられた声に、四人の目が樹鶴のいる囲炉裏の方へと向いた。
ぱちぱちと音を立てる炭をついていたらしい火箸をざくりと灰に差し込んで、ゆっくりと樹鶴の金無垢の目がその視線と絡む。
「先生」
こういった歓談に口を挟まないことの方が多い樹鶴の突然の参加に、稚い目がぱちくりと瞬いた。
樹鶴の口元に淡い苦笑が滲む。
「すまないね。話し中に。我が解説したほうが早そうだったから声をかけたんだが……余計だったかい?」
「いいえ」
「ううん」
「わたしたちも、聞きたいの」
「お聞かせ願えるならば、是非」
きらきらと向けられた目を前にして、「それじゃあ話そうかね」と樹鶴が軽く姿勢を正す。
囲炉裏の中で、また一つぱきっと炭が鳴いた。
「と言っても、簡単な話だよ。意味づけただけさ。この子らは『吉兆』だ、ってね」
「意味づけ……にございますか」
それだけか、と言いたげな声に、大人二人は小さく笑い、言葉を継ぎ足した。
「鬼道もんの中には稀な生まれであるものも多い。そして、稀な生まれ方をする奴は只人には恐ろしがられるものさ。……心当たり、あるだろう?」
「……はい」
鏡椛がきゅっと唇をかみしめて首肯する。
ほのかに暗くなりかけた空気を祓うように、ぱっと桜色の声が咲いた。
「だから、根付いたこの地くらいでは双子三つ子のたぐいは生かしたい……って、いつだか樹鶴が言い出してなあ。丁度その頃うまれたのが三つ子ってわけだ」
「それで、吉兆と?」
「そ。鬼道は【そう生きる】と決めれば本当に幸せを呼べるようになる力もあるからね。騙りにはならねえし、只人にとっても悪い話じゃない」
樹鶴の金無垢の目と声が、悪戯っ子のように陽気に笑う。
それに不思議そうな顔をしたのは三つ子だった。
「悪い話じゃないの?」
「どうして?」
「起きてることは同じなの」
「お前さんたちみたいないっぺんに生まれる子供が疎まれたのは、異様よりもなによりも、働き手と食い扶持の釣り合いがとれねえからだって話さ。それじゃあ、『生かしといたほうが得』な理屈をつけて、釣り合いをとってやればいい」
理屈はわかるが、納得がいまいちできていない、と言った顔がずらりと並んだのを見て、亀櫻が言葉を接ぐ。
「たしかにいっぺんに生まれるってのは犬とか猫とかそういう獣を思わせるけど、獣の中にも人と同じようにいっぺんに一匹しか子をなさねえもんもいるだろう? 馬とかさ。じゃあ帳尻が会わねえよなって大人連中で話し合ったんだよ」
「たしかに」
そう言われてみれば、たしかにそうだ。と鏡椛たちは顔を見合わせた。
畜生腹だのなんだのと言われはするが、獣だって皆それぞれである。
細く息を吐いて、樹鶴が目を伏せた。
あまり思い出したくない記憶なのだろう。紡いだ言葉は、苦く染まっていた。
「――昔は、飢饉が多くてね。食いもんを作れねえ赤子を育てる余裕がなくなっていった。そういうときに年の離れたきょうだいならまだ、その子らに面倒を見させるとかもできたが、三つ子双子じゃあそうはいかねえ」
「いっぺんに食い扶持だけが増えて、働き手になるまで待つには飢饉が多すぎた。ようは釣り合ってなかったんだよな」
「幸い、向こう数年は飢饉は起きないだろうって我らの勘も言ってたしね。戦も大きなのは大概落ち着いたようだった。だから、賭けてみたのさ。三人が生まれた時にね」
背の高い二人が訥々と語るそれは、幼子たちには遠いお伽話のようにすら聞こえた。けれど、その眼差しの暖かさと切なさに、自分たちが当事者であることを否応なく自覚させられる。
知らず、背筋が伸びて緊張した面持ちになっていた子供たちの傍に、ぬっと亀櫻が歩みを寄せた。
ぽふ、ぽふ、ぽふ、と小さな頭を撫でると、満開の桜のように華やかで軽快な笑みが口元に浮かんだ。
「んで、俺らは賭けに勝ったってわけだな」
「そういうこと」
呵々と揃って笑う大人たちの陽気さに、ほっと気が抜けたように子供たちの丸い頬にも赤みがさした。
それに、ふたりは満足げに頷く。
「でもま、手前らが『吉兆』と認められてんのは手前ら自身の頑張りあってのことだろ」
「そりゃそうだ。お前さんたちが努めて明るく、みんなに福を招こうとしてなきゃ、そういう機運が呼ばれることもねえだろうよ」
鬼道はそういう生き物なのだから。
宙に花丸を描かれて、三つ子は丸い目をきょとんと見合わせた。そして、ふにゃりと相好を崩す。
「えへへ、それなら嬉しいね」
「うふふ、それなら嬉しいな」
「うへへ、とってもとっても嬉しいの。――でもでも、当然よ。わたしたちは、吉兆の三つ子なのだから!」
桜花のひざ元で咲く三輪の花は、まだまだ稚く、満開には程遠い。けれど――その笑みは、間違うことなく人々に福を届けるだけの愛らしさに満ちていた。
わちゃわちゃと戯れはじめた塾の師弟たちに遠慮するように、ちょこんと鏡椛は樹鶴の横へと座りなおして師を見上げた。
「気持ち一つ、ということに御座いましょうか」
「マ、そうだね」
樹鶴は「これだけは覚えておきな」と、自分と同じように魂を捧げる相手を見つけてしまった雛を見下ろした。
どうか、と祈りを込めて、樹鶴はその小さな頭を優しく撫でる。
――思い込んだら、何だってしてしまえるのが鬼道だ。
何だってしてしまえて、何にだってなってしまえるのが、鬼道だ。
その想いの加減を失ったものが、いずれ鬼となる。
「よくよく考え続けな、鏡椛。――自分が、何を一等大切にしているのか。自分がよかれと思ったことが、大切なものを苦しめないかをね」
そう語る麗人の横顔を、金銀妖眼がじっと見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる