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誕生日の夜会

39:ベアトリスの思惑

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 先日、ミハエルに折檻をお願いしたメイドは二人とも死んでしまったらしい。
 魔法具を使うまでもなく、ミハエルが地下牢を訪れたときには、死んでいたそうだ。
 おそらく、事前の拷問に耐えられなかったのだろう。
 
 そう報告を受けたベアトリスは特に何も思わなかった。

 代わりに新しいメイドを城下で探してくれているのなら、特に困ることもないからだ。
 使用人など所詮は消耗品。なくなったのなら補充すれば良いだけの話。

 彼女にはそれよりももっと気にかけるべきことが山ほどあるのだ。

 ***

    夜会当日の昼間。

 ドレスルームを埋め尽くす、色とりどりの美しいドレスたち。
 すべて名のあるデザイナーが手がけたオーダーメイド作品なのに、このドレスルームの主人ベアトリスは一度着たものは二度と着ない。
 
「もうドレスが入りませんわ、お兄様」

 今夜着て行くドレスに袖を通しながら、ベアトリスは部屋に遊びに来ていた一番上の兄アデルに話しかけた。
 アデルは読んでいた本を閉じ、フッと優しい笑みをこぼす。

「また新しいドレスルームを作らないとな」
「ふふっ。ありがとうございます。お兄様」
「お前のためだ。構わないよ。それより、本当に今夜のパーティーに行くのか?」
「ええ。私より美しいと勘違いしているあの女をギャフンと言わせてやらなくちゃ!」

    ベアトリスはふんと鼻を鳴らして、侍女の持つ宝石箱から真剣にドレス似合う宝石を選ぶ。
 その姿にアデルは内心、呆れていた。

(本当にあの王女より自分が美しいと思っているのか…)

     淡い黄色のドレスにピンクブロンドの髪。かなり甘めな顔立ちをした彼女は不細工ではないし、むしろ可愛らしいお姫様だ。
 しかし、誰がどう見ても、シャーロットには敵わない。
    ベアトリスが今日の夜会で恥をかくことにならなければ良いのたが、とアデルは小さく息を漏らした。


「ねえ、アデルお兄様。本当に顔を出しにならないのですか?」
「何故俺が行かねばならないんだ。出たところで何のメリットもないのに」
「でも、ヴァインライヒ国王の呼びかけで、各国の要人が集まるのですよ?顔を出しておいた方が何かと都合が良いのでは?ミハエルお兄様はご出席なさるみたいですけれど」
「必要ない。天下のベルトランがどこぞの小国の客人に自ら顔を見せてやる必要などないだろう。父上も母上もご出席されないのだ」

 そもそも、娘の夫である第二皇子の誕生日を祝いたいというヴァインライヒ国王のわがままために、場所を貸してやること事態が不愉快だ。
 金のためだと皇帝は言っていたが、皇帝も皇后も出ない夜会にわざわざ次期国王である自分が出てやる義理はないとアデルは言う。

「どうせミハエルは分不相応にも皇太子の座を狙ってのことだろう。あいつが研究している魔法具に関して、ヴァインライヒの人間から何か情報が得たいんだ」

 身の程知らずが何をしても、皇太子の座は自分のものだ。変わらない。アデルはそう信じているように、ミハエルの事を鼻で笑った。

「しかしアデルお兄様。わたくしは怖いのです。もしミハエルお兄様がお父様が求める魔法具を完成させてしまったら、きっとお父様はミハエルお兄様に興味を示しますわ…」
「父上が求めているものは汎用性の高い魔法具だ。使い捨てでない、ただの人間に魔術師と同等の力を与えるもの。そう簡単に作れるわけがない」
「そうですけれど…。先日、ミハエルお兄様は私に無礼を働いたメイドに制裁を加えました。その時、装着者の精神を破壊してしまう魔法具を使っていましたの…」

    それは皇帝が求めるものではないが、捨て駒を量産できるという点はきっと皇帝の興味を引くだろう。ベアトリスはそう言って、目を潤ませた。
 すると、彼女が珍しくしつこく心配してくるのが気に入らなかってたのか、アデルは眉間に皺を寄せた。

「…なんだ?何をそんなに心配している?もしや、ベアトリスは俺よりあいつが皇帝に相応しいと思うのか?」
「そ、そんなことありません!わたくしはアデルお兄様こそ相応しいと思っていますわ!ただ、もしもの事を心配して…。ごめんなさい」

 ミハエルは頭がよくずる賢い。
 彼が皇太子になれば、きっとすぐに皇帝を暗殺し、自分が実験を握ろうとするだろう。
 そして、ベアトリスは外交の駒として、どこかの国に嫁がされるのだ。
 望んでもいない結婚などしたくないあまりに、出過ぎた発言をしたと、彼女は涙を流した。
 アデルはその涙を袖で優しくぬぐってやる。

「ミハエルお兄様は、わたくしの前では私のことを大事な妹だとおっしゃいますが、裏ではわたくしのことを蔑んでいるのですわ!だから…」
「安心しろ、ベアトリス。俺がお前を守ってやるから…。だから、父上には俺を指名するよう進言するんだぞ」
「はい。もちろんですわ、お兄様」

   ベアトリスはそっと自分を抱き寄せるアデルの腕の中で静かに目を閉じた。
 
 彼女は本当は全部わかっている。二人の兄が皇帝になりたいがために自分に良くしてくれているだけだという事を。
 二人のうちのどちらが皇太子になったとしても、きっと彼らは妹を他国に売り飛ばすだろう。
 
(…早く安全な嫁ぎ先を見つけなくちゃ)

 そのために、この夜会は重要だ。各国の要人が訪れるて、かつ、皇帝や皇后の目がないこの夜会はベアトリスにとって婚活をするのに都合が良い。
 主役よりも目立ち、見事に他国の有力貴族の男に見初められれば、将来は安泰だ。

(私の美貌なら、きっとすぐだわ…)

    ゆっくりと目を開けたベアトリスは、薄く笑みを浮かべた。
 
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