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首都ボルマンの現実

32:路地裏のレジスタンス(1)

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 複雑に入り組んだ路地裏を進むと、一つの古びた教会があった。
 そこはちょうど1区と2区の境目にあたる場所らしい。
 
 スキンヘッドの大男ことニックは、そこにシャーロットたちを案内した。
 教会の中には10名程度の子どもがいる。どの子もニックには似ていない。

「もしかして、この子達は孤児か?」

   出された薄いコーヒーを口に含むと、シャーロットはオブラートに包む事なく単刀直入に尋ねた。
 ニックは少し言いづらそうに間を置いたが、彼の答えはイエスだった。
 ここにいる子どもたちは皆、親を亡くしてる。
 病気だったり、先ほどのような馬車の事故だったり、もしくは拉致誘拐されて貴族たちの娯楽のために闘技場に連れて行かれたり…。
 その話を聞いたギルベルトは心が痛んだ。

「ニック…さんは教会の司祭なのか?」
「元、だけどな」
「元…」

    強面のこの男は昔、司祭をしていたそうだ。
 けれど、神殿のあり方に疑問を抱き、2年ほど前に司祭をやめ、それ以降はここで自主的に孤児院を運営しているのだとか。

「ここはな、昔は孤児院を併設した教会だったんだ。けれどある日突然、司祭たちがこの場所を去った。ここを運営する資金がなくなったそうだ」
「…まさか、こどもたちは置いていかれたのか?」
「ああ、そうだよ。俺は子どもたちを残して去るなんてできないと言って、司祭をやめたんだ」
「そうなのか…」

 神殿は現在、資金繰りの悪化などが原因で、孤児院の運営や生活困窮者のための炊き出しなどの慈善事業から次々と撤退している。その上、神殿が運営する医療院は高額な費用を払わなければ薬すら処方してもらえないらしい。
 ニックの話では、今の神殿の司祭達は教皇一族とそれに従う者しか残っておらず、国民の味方であり、最後の砦であった神殿という組織はもうすでに崩壊しているのだそうだ。

   去って行った奴らが全部悪いわけじゃない。彼らだって人間だ。自分が1番可愛い。
   けれど、自分はそんな人間に賛同することはできない。

 ニックは怒りと悲しみが混じった表情を浮かべ、そう語った。

「今はどうやって生活しているんだ?」
「ほとんどは裏の畑で自給自足だ。あとはたまに魔塔の奴らが炊き出しをしてくれる」
「…魔塔が?」
「ああ。魔塔は俺らの味方だ」

   頻度はそう多くないが、魔塔の魔術師たちは複数の街を定期的に周り、支援活動を行っているのだと彼は言う。

「魔塔…というか、ベルンシュタイン公爵家が行っているのだろう。今のところ、皇帝の目を気にせずにそんなことが行えるのはあの家くらいだ」

 ぽかんとするギルベルトに、シャーロットはそう耳打ちした。
 ベルンシュタイン公爵家の率いる魔塔だけは、今も貴族としての責務を果たしているのだ。

「そうか……公爵が…」

 ギルベルトの知る公爵はとても厳しい人だが、責任感が強く、そして公平な人だった。
 その厳しい眼差しは4人いる皇帝の子供たちに平等に向けられていて、他の兄弟は自分を甘やかしてくれない彼を嫌っていたが、ギルベルトだけはそんな彼を慕っていた。

 ……彼の意思に反き、アスランを助けた今ではもう、その視界にはいいることも叶わないが。

 ギルベルトはフッと口元を緩めた。


「ところで、ニック。ここは随分と物騒だな?幼い子どもたちが生活するには環境が良くない」

 空気を変えるようにパンと手を叩くと、シャーロットは教会の控室を見渡した。
 確かに、薄暗い路地裏という場所に、ひび割れた窓ガラスをテープで補強したような古びた施設は子どもたちを育てるのに適した環境とは言えない。
 ニックはそんなことはわかりきっていると言うように、やや強めの口調で反論した。

「…仕方がないんだ。もう首都で治安が良い場所などない」
「そういうことを言っているのではない」
「では、どういうことだ?」
「わかるだろう?」

 シャーロットはジッとニックの目を見つめた。
 心の中を探るような、嫌な目つきだ。
 ニックは思わず目を逸らす。

「…シャーロット?どうした?」
「わからないか?ギルベルト。後ろに3人。左の扉の向こうに2人だ」
「…え?何の話?」
「何が目的だ?」

    困惑するギルベルトをよそに、シャーロットはニックを問い詰めた。

「……フッ。姉ちゃんはただ者じゃないな」
 
 彼は満足げに微笑むと、指を鳴らした。
 すると、その音を合図に剣を構えた男たちが5人現れた。
 それも、シャーロットが指摘した位置から。
 ギルベルトはまさかの展開に目を丸くした。

「あんたたち、貴族だろう」
「何でわかった!?」
「簡単なことさ、兄ちゃん。いくら質素な身なりをしていても、生まれ持った気品というのはそう簡単に隠せるものではないからな」

    どれだけ変装しようとも、髪や肌の艶に清潔感のある匂いが彼らが貴族であることを証明してしまう。
 一昔前の首都なら紛れ込めただろうが、今では一瞬で見分けることができてしまうのだとニックは言った。
 そこまで気が回らなかったと、シャーロットは肩をすくめた。

「……俺たちに何の用だよ。金なら持ってないぞ」
「俺たちはあんた達と交渉がしたいだけだ。そう身構えないでくれ」
「交渉?それにしては随分と物騒だ」
「逃げらたら困るからな。頼むから、大人しく話を聞いてくれ。手荒な真似はしたくない」 
「もう十分手荒いと思うが…」

    シャーロットは隣に座るギルベルトの手を握り、後ろに視線をやった。
    背後を取られ、切先を突きつけられているこの状況では交渉というよりも強迫といった方が良さそうだ。

「シャーロット。話を聞こう。この人たちは根っからの悪人には見えない」
「根拠は?」
「カンだ」
「ははっ。その決断の仕方やいつか身を滅ぼすぞ」
「お前がいるのに俺の身が滅ぼされることなどあるのか?」
「…ないな。良かろう。では話したまえ、ニック」

    シャーロットは足を組み直し、尊大な態度でそう言った。
 偉そうな態度なのに不思議と腹が立たないのは子どもだからだろうか。
 ニックは妙な緊張感を感じながらも話し始めた。

「単刀直入に言おう。ベルンシュタイン公爵を説得してほしい」



   
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