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駒の確保
26:策にハマる(4)
しおりを挟むマチルダの生家は商家からの成り上がりの貴族だった。
純粋な貴族ではないが、彼女の父は商才があり、多くの人から慕われていた。
だが、男爵のことが気に食わなかった何者かに冤罪を着せられて処刑されたらしい。
幸いにも、男爵が過去に何度も宝石やドレスを皇后に献上していた事で、マチルダや残された家族は皇后の庇護を受け、平民落ち以上の罰は与えられなかったそうだ。
イリスからこの報告を受けた時、シャーロットはマチルダの父が持っていた人脈と、彼女が皇后の庇護下にあるという事実。この二つを使えると思った。
これは今後、この帝国を支配するために必要なカードだ。
だから、毒を飲んだ。
(我ながら下衆いやり方だな)
目を覚ましたシャーロットは天井を見上げて、フッと自嘲じみた笑みを浮かべた。
窮地から救ってもらった恩を、人はそう簡単には忘れられない。
まして、自分の命を犠牲にしてまで守ろうとしてくれたとなれば尚のこと。
おそらくマチルダは生涯、シャーロットに忠誠と服従を誓うことになるだろう。
「イリス」
シャーロットは重い体を起こすと、片腕の名を呼んだ。
相変わらずどこからともなく現れる彼女の目は少し赤い。
「今、何時?」
「昼の12:00です」
「あれから何日経過した?」
「3日です」
「3日か…飲む量をミスしたな…」
予想以上に眠っていたらしい。
きっと、なかなか目を覚さないことでイリスは不安になっていたのだろう。
「ごめん。イリス」
シャーロットはバツの悪そうな顔をしつつも、素直に謝った。
「…いいよ。とは言えません」
「わかってる」
「でも、わたしには怒ることもできません」
「知ってる。私と其方は主従の関係だからな」
「なので、とりあえず報告しても良いですか?」
「どうぞ?」
イリスは目尻の雫を拭うと、この3日間の事を話し始めた。
***
マチルダが地下に入れられた次の日。イリスは約束どおり、地下を訪れた。
そして彼女に、『シャーロットに恩義を感じるならば、皇后の元へ行け』と伝えた。
もちろん、ただ皇后の元へ行くだけではない。
マチルダに課せられた仕事は1つ。
ヒーリエ夫人が皇后の情夫と通じていること、そしてヒーリエ夫人がシャーロットを殺したがっていたこと。この二つを密告することだ。
それも、『ヒーリエ夫人には黙っていろと脅されたが、騙されている皇后が不憫でならないために伝えに来た』という体で密告しなければならない。
『ヒーリエ夫人は実際に、先日、毒入りの菓子を送ってきています。証拠としては十分でしょう』
『…み、密告して、どうするの?』
『皇后陛下の懐に潜り込むのです。皇后陛下は愚直に自分のことを信じ、自分のために夫人に逆らった貴女を可愛がる事はずです』
決断を迷うマチルダに、イリスはそう言って微笑んだ。
これは即ち、内偵として皇后の下につけということ。
演技力と慎重さ、そして図太さが必要な仕事だ。
『シャーロット様はこの国を、民が平和に暮らせる国にしたいと思っていらっしゃいます。そのためには貴女の協力が必要です』
『でも、わ、私なんかが…』
『これは貴女しかできない事です。長年皇后陛下やヒーリエ夫人に従ってきた貴女だからこそ、怪しまれずに内偵ができるのです』
『私しか、できない…』
『そうです。姫様は誰にでも手を差し伸べる方ではありません。貴女が特別だから、貴女を守ろうとしたのです。亡きお父様にそっくりな貴女なら、きっと何でも成し遂げられます』
耳障りの良い言葉を並べて、イリスはマチルダを説き伏せた。
何故だか心がふわふわとして、心地よい。
マチルダはイリス越しに見えたシャーロットに平伏し、皇后宮へと向かった。
それから先は早かった。
皇帝は大事な金づるに手を出したヒーリエ夫人に対し、皇女の侍女の任を解くとともに、鞭打ち30回の刑を命じたのだ。
ヒーリエ夫人は必死に無実を訴えたが、証拠がそろっており、彼女の主張は認められなかった。
皇后が彼女の主張を却下したのが大きかったのかもしれない。
結局、夫人は鞭を打たれ、そのまま地下牢に投獄された。
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