上 下
8 / 58
決断の日

7:ギルベルトの決断

しおりを挟む

 シャーロットが呪われた第2皇子を夫に選んだ理由はただ一つ、彼を玉座に座らせるためだった。
 それを聞いた当の本人は唖然とするしかない。

「…お前、思っていたよりもずっと脳内お花畑なのか?その喋り口調から聡明な娘かと思っていたが、勘違いだったようだ」
「まさか、できないと思っているのか?」
「当たり前だろう。仮に俺が虐げられていなかったとしても、俺が玉座に座ることはない」
「それは其方が妾腹だからか?」
「そうだ」

 先代皇帝にも、先々代の皇帝にも愛人はいた。
 法律上、皇帝の血を引く子どもには生まれた順に皇位継承権が与えられるが、いつの時代も、愛人の子どもが皇位につく事はなかった。

「わかるだろ?俺は確かに皇位継承権を持つ。だが、過去の例を見ても、王が妾腹の子を後継者に指名した例はない」
「前例がないだけだ。前例がないのなら、其方がその第一号になれば良い」
「簡単に言うな。仮にだ。もし俺がお前の話に乗るとして、それがバレたらどうなると思う?きっと、また奴らは気まぐれに殺すだろう。俺じゃないぞ?俺ではない誰かを、だ。まるで見せしめのようにな!……そして、そうなるのはお前かもしれないんだぞ!?」

 『お前かもしれない』。その言葉は少しだけ震えていた。
 この皇子に関わる人は皆、そうやって父や兄弟たちの気まぐれにより、命を散らしてきたのだろう。
 シャーロットはギルベルトの頭にポンと手を置き、わしゃわしゃっと乱暴に撫で回した。

「こら、撫で回すな!」
「なあ、ギルベルト」
「何だよ!」
「帝国の皇位継承規則は、帝国の初代皇帝が定めたものだそうだな」
「それがどうした」
「何故、初代皇帝が皇位の継承順位を定めなかったのか、わかるか?」
「さあな」
「長子が優秀とは限らないからだよ。初代皇帝は法を制定した当時、こう発言している。『最も相応しい者が玉座に座るべき』とな」
「…だから何なんだよ」
「まだわからないか?私は其方がその相応しい者だと言っているんだ」

 そう言ってギルベルトを見下ろす彼女は自信に満ち溢れていた。
 本当に彼が相応しいと信じているように。

「…お前は皇后になりたいのか?」
「いいや。皇后の座に興味はない」
「じゃあ、何故俺を皇帝にしたがる?」
「色々と理由はある。でも1番は皇帝の持つ宝物庫の鍵が欲しい」
「宝物庫?」
「そうだ。そこに昔、私たちから奪われた物があるらしい。私はそれを取り戻したい」
「奪われた?」
「まあ、帝国側は奪ったという認識はないだろうが、少なくとも私たちは奪われたと思っている」

    過去にも帝国は、暗黙の了解を破り王国に略奪を仕掛けたことでもあるのだろうか。
 まともな教育を受けていないギルベルトにはわからない。
 だが、もし仮にそのような歴史があったとしても、帝国教育では教えられないだろう。都合の悪いところは見せないのが帝国だ。

「……お前の目的はヴァインライヒから奪われた何かを取り戻すこと。それはわかった。だがなぜ俺なんだ?他の皇子の方が玉座に近い」

    特に、シャーロットの端正な顔立ちはアベルが好きそうな顔だ。
 わざわざ不利な第二皇子を選ぶ理由などない。
 すると、シャーロットは彼の質問の意図がわからないというように、キョトンと首を傾げた。

「…何故って、生ゴミを馬糞で煮たような性格の伴侶など私はいらない」

   あれは生ゴミ以下だ。とシャーロットは真顔で言い切った。
 あまりに清々しい姿に、ギルベルトは思わず吹き出してしまう。

「生ゴミを馬糞でって…。ククッ…」
「そんなに面白いことを言ったか?」
「ああ、その罵倒の言葉はとても気分がいい。ははっ。実に愉快だ」

 ギルベルトはそれからしばらく、壊れた人形のように腹を抱えて笑った。

(…困ったな)

   アベルの性格が悪いこともそうだが、この女は不自然に知りすぎている。
   何故そんなにも色々なことを知ってるのかとか、何故自分に対してそこまでの信頼があるのかとか、怪しい部分は多々あるのに…。

 -----こいつと共に散るのも悪くない

 ギルベルトはそう思ってしまった。

 皇位継承争いなんて起こせば、今までの空虚で平穏な生活は終わる。
 それに、うまくいかなければ、その死に様はさぞ惨めなものになるだろう。
 だが、どうせいつかは散る命だ。
 このまま何ませずに怠惰に過ごすくらいならば、少しだけレクレツィアの面影を感じる彼女にこの命を預けてみるのも良いかもしれない。

   ギルベルトはゆっくりと立ち上がると、シャーロットに右手を差し出した。

「お前の話に乗ってやるよ」
「決断の早い男は嫌いじゃないぞ?」
「ハッ。偉そうに」
「偉そうなのは仕方がない。何故なら私は偉いからな。父からもお前が一番玉座に相応しいかもしれないと言われたことがある女だ」
「ならばこの先もお前についていけば安泰だということか?」
「もちろん」
「それはありがたい。俺は極力リスクを取りたくないのでな」
「任せてくれ。其方は私が守ろう」

    シャーロットは彼の手を取ると、手の甲にそっとキスを落とした。
 
「ギルベルト・ベーゼ・ベルトラン。其方の決断に敬意を」

 炊事洗濯で荒れた手を、ひとまわり小さな可愛らしい手が掴む。
 違和感しかないはずなのに、違和感を感じない程にスマートなシャーロット。
    まるで騎士がレディに誓いを立てるような彼女の仕草に、ギルベルトは複雑な心境だ。

「…お前は男に生まれていたらさぞモテただろうな」
「男でなくともモテてるぞ?なんなら手始めに、この宮のメイドでも籠絡して見せようか?」
「やらんで良い。それにしても、アスランを退室させたのは正解だったな」
「それは彼が皇帝の犬だからか?」
「そこまでお見通しか…。お前、本当何なんだよ」

    呆れたように笑うギルベルト。
 シャーロットは爪先立ちになると、不意に彼の唇に噛みついた。

「私は其方の妻だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...