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決断の日
7:ギルベルトの決断
しおりを挟むシャーロットが呪われた第2皇子を夫に選んだ理由はただ一つ、彼を玉座に座らせるためだった。
それを聞いた当の本人は唖然とするしかない。
「…お前、思っていたよりもずっと脳内お花畑なのか?その喋り口調から聡明な娘かと思っていたが、勘違いだったようだ」
「まさか、できないと思っているのか?」
「当たり前だろう。仮に俺が虐げられていなかったとしても、俺が玉座に座ることはない」
「それは其方が妾腹だからか?」
「そうだ」
先代皇帝にも、先々代の皇帝にも愛人はいた。
法律上、皇帝の血を引く子どもには生まれた順に皇位継承権が与えられるが、いつの時代も、愛人の子どもが皇位につく事はなかった。
「わかるだろ?俺は確かに皇位継承権を持つ。だが、過去の例を見ても、王が妾腹の子を後継者に指名した例はない」
「前例がないだけだ。前例がないのなら、其方がその第一号になれば良い」
「簡単に言うな。仮にだ。もし俺がお前の話に乗るとして、それがバレたらどうなると思う?きっと、また奴らは気まぐれに殺すだろう。俺じゃないぞ?俺ではない誰かを、だ。まるで見せしめのようにな!……そして、そうなるのはお前かもしれないんだぞ!?」
『お前かもしれない』。その言葉は少しだけ震えていた。
この皇子に関わる人は皆、そうやって父や兄弟たちの気まぐれにより、命を散らしてきたのだろう。
シャーロットはギルベルトの頭にポンと手を置き、わしゃわしゃっと乱暴に撫で回した。
「こら、撫で回すな!」
「なあ、ギルベルト」
「何だよ!」
「帝国の皇位継承規則は、帝国の初代皇帝が定めたものだそうだな」
「それがどうした」
「何故、初代皇帝が皇位の継承順位を定めなかったのか、わかるか?」
「さあな」
「長子が優秀とは限らないからだよ。初代皇帝は法を制定した当時、こう発言している。『最も相応しい者が玉座に座るべき』とな」
「…だから何なんだよ」
「まだわからないか?私は其方がその相応しい者だと言っているんだ」
そう言ってギルベルトを見下ろす彼女は自信に満ち溢れていた。
本当に彼が相応しいと信じているように。
「…お前は皇后になりたいのか?」
「いいや。皇后の座に興味はない」
「じゃあ、何故俺を皇帝にしたがる?」
「色々と理由はある。でも1番は皇帝の持つ宝物庫の鍵が欲しい」
「宝物庫?」
「そうだ。そこに昔、私たちから奪われた物があるらしい。私はそれを取り戻したい」
「奪われた?」
「まあ、帝国側は奪ったという認識はないだろうが、少なくとも私たちは奪われたと思っている」
過去にも帝国は、暗黙の了解を破り王国に略奪を仕掛けたことでもあるのだろうか。
まともな教育を受けていないギルベルトにはわからない。
だが、もし仮にそのような歴史があったとしても、帝国教育では教えられないだろう。都合の悪いところは見せないのが帝国だ。
「……お前の目的はヴァインライヒから奪われた何かを取り戻すこと。それはわかった。だがなぜ俺なんだ?他の皇子の方が玉座に近い」
特に、シャーロットの端正な顔立ちはアベルが好きそうな顔だ。
わざわざ不利な第二皇子を選ぶ理由などない。
すると、シャーロットは彼の質問の意図がわからないというように、キョトンと首を傾げた。
「…何故って、生ゴミを馬糞で煮たような性格の伴侶など私はいらない」
あれは生ゴミ以下だ。とシャーロットは真顔で言い切った。
あまりに清々しい姿に、ギルベルトは思わず吹き出してしまう。
「生ゴミを馬糞でって…。ククッ…」
「そんなに面白いことを言ったか?」
「ああ、その罵倒の言葉はとても気分がいい。ははっ。実に愉快だ」
ギルベルトはそれからしばらく、壊れた人形のように腹を抱えて笑った。
(…困ったな)
アベルの性格が悪いこともそうだが、この女は不自然に知りすぎている。
何故そんなにも色々なことを知ってるのかとか、何故自分に対してそこまでの信頼があるのかとか、怪しい部分は多々あるのに…。
-----こいつと共に散るのも悪くない
ギルベルトはそう思ってしまった。
皇位継承争いなんて起こせば、今までの空虚で平穏な生活は終わる。
それに、うまくいかなければ、その死に様はさぞ惨めなものになるだろう。
だが、どうせいつかは散る命だ。
このまま何ませずに怠惰に過ごすくらいならば、少しだけレクレツィアの面影を感じる彼女にこの命を預けてみるのも良いかもしれない。
ギルベルトはゆっくりと立ち上がると、シャーロットに右手を差し出した。
「お前の話に乗ってやるよ」
「決断の早い男は嫌いじゃないぞ?」
「ハッ。偉そうに」
「偉そうなのは仕方がない。何故なら私は偉いからな。父からもお前が一番玉座に相応しいかもしれないと言われたことがある女だ」
「ならばこの先もお前についていけば安泰だということか?」
「もちろん」
「それはありがたい。俺は極力リスクを取りたくないのでな」
「任せてくれ。其方は私が守ろう」
シャーロットは彼の手を取ると、手の甲にそっとキスを落とした。
「ギルベルト・ベーゼ・ベルトラン。其方の決断に敬意を」
炊事洗濯で荒れた手を、ひとまわり小さな可愛らしい手が掴む。
違和感しかないはずなのに、違和感を感じない程にスマートなシャーロット。
まるで騎士がレディに誓いを立てるような彼女の仕草に、ギルベルトは複雑な心境だ。
「…お前は男に生まれていたらさぞモテただろうな」
「男でなくともモテてるぞ?なんなら手始めに、この宮のメイドでも籠絡して見せようか?」
「やらんで良い。それにしても、アスランを退室させたのは正解だったな」
「それは彼が皇帝の犬だからか?」
「そこまでお見通しか…。お前、本当何なんだよ」
呆れたように笑うギルベルト。
シャーロットは爪先立ちになると、不意に彼の唇に噛みついた。
「私は其方の妻だ」
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