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45:空の青

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「……あのー。オリビア嬢?」
 
 キースが部屋の中を覗くと、これまた何故か俯いたままガタガタと震えているオリビアがいた。
 オリビアは声が聞こえる方へと顔を向ける。

「え…」 

 彼女の顔を見たキースはギョッとした。声をかけるタイミングを間違えたかもしれない。
 
(顔色悪っ!?)

 リリアンは彼女に何をしたのだろう。女性に対してきつく当たる人ではないはずだが。

「……あの」
「……」
「えーっと、もう帰られます?宮の外までご案内しましょうか?」
「は、はひっ……」
 
 オリビアの声が裏返る。恥ずかしかったのか、彼女は上げかけた顔をまた伏せてしまった。

「……」
「……」

 気まずい。今まで関わりがあったわけでもない分、特に詳しく知らないご令嬢の涙をみてしまったキースは、できることならこの場から立ち去りたかった。
 
「あの、大丈夫、ですか?」
「大丈夫よ」
「全然大丈夫そうには見えないくらいに震えていらっしゃいますが。あの、リリアン様と、喧嘩でもしましたか?」
「……いえ。喧嘩というか、怒らせてしまったというか」
「怒らせた?」
「私が、勝手に間違った噂を広めたから……」

 オリビアは、か細い声でポツリポツリと、自分の犯した過ちを懺悔するように語り始める。
 キースはそれを聞いて、呆れたような声色で思わず言ってしまった。

「それはまた、地雷を踏み抜きましたね……」
 
 オリビアはその声色に、馬鹿にされている気分になったのか、顔をあげてキッとキースを睨みつける。
 
「だって!だって……幸せになって欲しかったから!」

 その昔、オリビアは意地っ張りで強がりな性格が災いして、他の令嬢と揉めたことがあった。
 その時助けてくれたのが、当時オリビアが敵意剥き出しで突っかかっては嫌がらせをしていたリリアンだった。
 リリアンは揉めていた令嬢との間に入って揉め事を解決してくれ、そして自分をいじめていたオリビアに向かって『貴女のそういう、強がりで意地っ張りなところ、私は可愛くて好きよ』と笑ってくれた。 
 その時から、オリビアはずっとリリアンが好きだ。
 幸せになって欲しいと強く願うくらいに。

「ジェレミー殿下より、ヨハネス殿下の方が、絶対にリリアン様を幸せにできるわ!」
「……はあ、そうですか」

 悪戯がバレて叱られた子どものようにポロポロと涙を流すオリビア。
 とりあえずキースはポケットからハンカチを取り出して、彼女にそれを差し出した。
 清潔そうな、それでいて色気のない紺色のハンカチ。
 オリビアは素直に受け取った。

「ありがとう……」
「いえ、別に……」

 思っていたよりも、素直に礼が言える子らしい。意外だ。
 オリビア・グレイスは高飛車で生意気な小娘と聞いていたが、ただ背伸びをした子どものようだとキースはどこか拍子抜けだった。
 
(……しかし……、絶対、リリアン様は何にも考えないで手助けしたんだろうな)

 リリアンの性格を考えれば、彼女はオリビアの嫌がらせを何とも思っていなかっただろうし、令嬢同士の揉め事も『大事になったら面倒じゃない?』くらいの軽い動機で首を突っ込んだのだと予測できる。
 そしてきっと、オリビアがここまで自分を慕っていることにも気付いていない。

(完全な片思いだな……)
 
 オリビアが少しだけ哀れに思えてきたキースは妹を慰める兄のように、無意識に、不躾にも彼女の頭を撫でようと手を上げた。
 しかしその時。ふと、背後から冷たい視線を感じた。

「おい、こら、キース」
「……あ」
「キース・クライン。何をしている?」

 彼が振り返ると、ジェレミーが怪訝な表情でこちらを見ていた。
 その女など知ったことではないが、流石に自分の宮で自分の側近が、か弱い令嬢を泣かせている状況を看過することはできないらしい。
 キースは誤解だと、身振り手振りで慌てて弁明した。
 
「だから、そういうわけで、ね?誤解です」
「ふーん」
「あ、信じてないでしょ!」
「ああ」
「即答!ひどい!」

 明らかに遊ばれているのがわかりつつも、キースは必死に弁解を繰り返す。
 オリビアは二人のこの、いつものやり取りを横目で見つめていた。

(やはり、忌々しい)
 
 側近で遊ぶこの男のどこが良いのか。本当に、リリアンは騙されてなどいないのだろうか。オリビアはそんなことを思ってしまう。
 だってこいつは、忌々しい不義の証である黄金の瞳を持つ。
 母を苦しめ、父を苦しめ、兄を苦しめて平気で生活していられるほどに人の心を忘れた悪魔だ。
 リリアンは優しいから、彼を見捨てられないだけに違いない。

 オリビアはいつの間にか、ジェレミーを睨んでいた。
 そしてふと気がつき、驚いたように目を大きく見開く。
 ジェレミーは彼女の視線に眉を寄せた。

「オリビア嬢。何か?」
「……黄金が」
「ああ、瞳の色ですか?」
「黄金が、あの、忌々しい黄金が。黒猫の色のはずなのに」

 ぶつぶつと主人の瞳について呟くオリビア。
 キースは怪訝に思い、ジェレミーの顔をもう一度マジマジと眺めた。

「え……」

 いつから?いつからそうだった?

「何だよ、お前まで。何かおかしいか?」
「殿下。瞳の色が……、変わって……」
「は?」
「同じ、です……」

 キースから見たジェレミーの瞳の色は、何故か皇帝と同じだった。


 透き通るほどに美しい、深い、空の青----。

 
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