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38:俗に言う修羅場(2)
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「話とは、どんな話でしょう?何を言うつもりだったのでしょうか?」
「リリアンがお前とのことで悩んでいるようだったから、相談に乗ろうかと思っていただけだ」
「相談?俺とリリアンの婚約を破談にする相談ですか?兄上は俺と彼女の破談を望んでいるのですか?」
「リリアンがそれを望んでいるのなら協力するつもりだ」
「何故です?約束が違います。兄上は確かにリリアンは譲ってくれると約束したではありませんか」
「リリアンはものではない。そういう言い方はやめろ。それに、私は『リリアンが望むなら、求婚する権利を与える』と約束しただけだ。彼女が望まないのなら話は違ってくるだろう?」
目の前に来た弟からリリアンを守るように、ヨハネスは彼女を後ろに隠した。
まるで、悪者からお姫様を守る王子の様に。
リリアンは慌てて彼の後ろから顔を出す。
「ちょっと待ってください、ヨハン。どういうこと?私、別に破談なんて望んでない」
「だ、そうですよ?兄上?」
「リリアン。それは本心から言っていることか?」
「本心?どういう意味です?」
まるでその言葉が本心ではないと言っているようなヨハネスの口ぶりに、リリアンは不快そうに眉をひそめた。
そしてそれは、ジェレミーも同じだった。
彼はリリアンに手を伸ばし、強引に自分の方へと引き寄せると、彼女を背中に隠した。
「兄上、先程から何故かリリアンが俺との婚約解消を望んでいるかのような口ぶりですが、本当に望んでいるのは兄上の方ではないですか?」
「望んではいない。ただお前がリリアンを困らせているという話を聞いてな。真実を確かめたかったたけだ。他意はない」
「他意はない?他意があるからもう一度自分との婚約の話を持ちかけようとしていたのではないのですか?」
ジェレミーは未だかつて見たことがないほどに鋭い目つきで兄を睨みつけた。
地を這うような低い声色といい、明らかに怒っている。
普段、敬愛する兄に対してここまで怒りを露わにすることがないため、リリアンは助けを求めるようにキースへと視線を送った。
しかし、キースは無言で首を横に振るだけで何も言わない。それどころか、彼も主人と同じように怒っているように見えた。
(これは俗に言う修羅場というやつかしら…?ああ、どうしてこんなことに……)
まさに一触即発の雰囲気。
そこに不意に現れたのは、今はあまり会いたくない乳兄妹ベルンハルト・シュナイダーだった。
「これは、俗に言う修羅場というやつですか?」
ベルンハルトは苦笑いを浮かべながら、一同の元に近づくとヨハネスとジェレミーの間に入った。
そして仲裁するように、両手を上げる。
「無礼を承知で申し上げます。お二方とも周りをよくご覧になられた方が良ろしいかと」
彼がそういうと、木の影から令嬢が3人ほどひょっこりと顔を出した。
その中には社交界一口が軽い令嬢で有名なグレイス侯爵家オリビアもいた。
(よりによって、オリビア嬢……。最悪だわ)
オリビアの生家であるグレイス侯爵家は建国当時から続く由緒正しきお家柄。長く皇家の頭脳として宰相職を務めてきた家系だ。
その上、オリビアの母である侯爵夫人は皇后クレアが嫁いで来てすぐの頃から今までずっと、彼女付きの侍女をしている。
精神を病んだ主人にそっと寄り添い支え続けてきた母を見て育ったせいか、オリビアにとっても第二皇子ジェレミーは生まれてはいけなかった不義の子どもという認識だ。
つまり、この状況は非常によろしくない。
元々ジェレミーがヨハネスから婚約者を奪ったという噂が流れている今、この光景を見れば、彼女たちは確信してしまうだろう。
---ジェレミー殿下がヨハネス殿下とハイネ嬢の仲を引き裂いたのだ
、と。
リリアンはキースの方を見た。キースも同じことを思ったらしい。この状況をどうするか、険しい表情を浮かべて頭をフル回転させている。
(どうしよう。とりあえず、ヨハネスから離れた方がいいいわね……)
リリアンはヨハネスのそばを離れようと、足を後ろに引いた。すると、
「ヨハネス殿下。ハイネ嬢の顔色も良くないようですし、医務室にお連れして差し上げてはいかかでしょう?」
ダニエルがリリアンの方をチラリと見て、主人に進言した。ヨハネスはそうだなと頷いた。
「行こう、リリアン」
「ま、待ってよ。ヨハン。私は別に体調悪くなんて……」
「そんな青い顔をして何を言ってるんだ。普通じゃないほどに汗もかいてる」
ヨハネスはリリアンの肩を抱き、彼女の額の汗を袖で脱ぐってやった。
キースは、その光景を見ていた自分の主人の脳の毛細血管が、プツリと切れる音が聞こえた気がした。
「殿下、だめです!」
そう言ってジェレミーを止めようとしたが遅かった。
ジェレミーは立ちはだかるベルンハルトやダニエルをおしのけ、リリアンの手を掴んだ。
「いっ!いたいよ、ジェレミー……」
意識的にか、それとも無意識にか、リリアンの手首を掴むジェレミーの手には力が入る。
リリアンは痛みに顔を歪めた。だが彼は手を離さない。
「リリーが痛がっている。離しなさい、ジェレミー。医務室へは私が連れて行く」
「兄上。彼女は俺が招いた客です。医務室へは俺が連れて行きます」
「しかし……」
「彼女は俺の婚約者です。面倒を見るのも俺の仕事です。兄上は口出ししないでください」
ジェレミーは兄を鋭く睨みつけると、彼に背を向け、リリアンの手を引いて自分の宮の方へと歩き出した。
まるでファンタジー小説の冒頭。姫君が王子の目の前で魔王に攫われたような、そんな光景だ。
これが物語なら、ヨハネスはこの後、魔王を倒して姫を救い出しに行かねばならない。
「リリアン……」
ヨハネスは彼女の名を呟き、辛そうに顔を歪めた。
ダニエルはジェレミーへの憎悪をあからさまに表情に出し……、そして、ベルンハルトは薄く笑みを浮かべていた。
キースはそんな彼の横を通り、主人を追う。
(ベルンハルト・シュナイダーの仕業か?)
ベルンハルトの登場のタイミングに、場を去るときに見えたあの表情。決して無関係ではないだろう。
もしこの状況を作り出したのならその意図は何なのか、全く検討がつかない。
キースは苛立ちのあまりに舌を鳴らした。
「リリアンがお前とのことで悩んでいるようだったから、相談に乗ろうかと思っていただけだ」
「相談?俺とリリアンの婚約を破談にする相談ですか?兄上は俺と彼女の破談を望んでいるのですか?」
「リリアンがそれを望んでいるのなら協力するつもりだ」
「何故です?約束が違います。兄上は確かにリリアンは譲ってくれると約束したではありませんか」
「リリアンはものではない。そういう言い方はやめろ。それに、私は『リリアンが望むなら、求婚する権利を与える』と約束しただけだ。彼女が望まないのなら話は違ってくるだろう?」
目の前に来た弟からリリアンを守るように、ヨハネスは彼女を後ろに隠した。
まるで、悪者からお姫様を守る王子の様に。
リリアンは慌てて彼の後ろから顔を出す。
「ちょっと待ってください、ヨハン。どういうこと?私、別に破談なんて望んでない」
「だ、そうですよ?兄上?」
「リリアン。それは本心から言っていることか?」
「本心?どういう意味です?」
まるでその言葉が本心ではないと言っているようなヨハネスの口ぶりに、リリアンは不快そうに眉をひそめた。
そしてそれは、ジェレミーも同じだった。
彼はリリアンに手を伸ばし、強引に自分の方へと引き寄せると、彼女を背中に隠した。
「兄上、先程から何故かリリアンが俺との婚約解消を望んでいるかのような口ぶりですが、本当に望んでいるのは兄上の方ではないですか?」
「望んではいない。ただお前がリリアンを困らせているという話を聞いてな。真実を確かめたかったたけだ。他意はない」
「他意はない?他意があるからもう一度自分との婚約の話を持ちかけようとしていたのではないのですか?」
ジェレミーは未だかつて見たことがないほどに鋭い目つきで兄を睨みつけた。
地を這うような低い声色といい、明らかに怒っている。
普段、敬愛する兄に対してここまで怒りを露わにすることがないため、リリアンは助けを求めるようにキースへと視線を送った。
しかし、キースは無言で首を横に振るだけで何も言わない。それどころか、彼も主人と同じように怒っているように見えた。
(これは俗に言う修羅場というやつかしら…?ああ、どうしてこんなことに……)
まさに一触即発の雰囲気。
そこに不意に現れたのは、今はあまり会いたくない乳兄妹ベルンハルト・シュナイダーだった。
「これは、俗に言う修羅場というやつですか?」
ベルンハルトは苦笑いを浮かべながら、一同の元に近づくとヨハネスとジェレミーの間に入った。
そして仲裁するように、両手を上げる。
「無礼を承知で申し上げます。お二方とも周りをよくご覧になられた方が良ろしいかと」
彼がそういうと、木の影から令嬢が3人ほどひょっこりと顔を出した。
その中には社交界一口が軽い令嬢で有名なグレイス侯爵家オリビアもいた。
(よりによって、オリビア嬢……。最悪だわ)
オリビアの生家であるグレイス侯爵家は建国当時から続く由緒正しきお家柄。長く皇家の頭脳として宰相職を務めてきた家系だ。
その上、オリビアの母である侯爵夫人は皇后クレアが嫁いで来てすぐの頃から今までずっと、彼女付きの侍女をしている。
精神を病んだ主人にそっと寄り添い支え続けてきた母を見て育ったせいか、オリビアにとっても第二皇子ジェレミーは生まれてはいけなかった不義の子どもという認識だ。
つまり、この状況は非常によろしくない。
元々ジェレミーがヨハネスから婚約者を奪ったという噂が流れている今、この光景を見れば、彼女たちは確信してしまうだろう。
---ジェレミー殿下がヨハネス殿下とハイネ嬢の仲を引き裂いたのだ
、と。
リリアンはキースの方を見た。キースも同じことを思ったらしい。この状況をどうするか、険しい表情を浮かべて頭をフル回転させている。
(どうしよう。とりあえず、ヨハネスから離れた方がいいいわね……)
リリアンはヨハネスのそばを離れようと、足を後ろに引いた。すると、
「ヨハネス殿下。ハイネ嬢の顔色も良くないようですし、医務室にお連れして差し上げてはいかかでしょう?」
ダニエルがリリアンの方をチラリと見て、主人に進言した。ヨハネスはそうだなと頷いた。
「行こう、リリアン」
「ま、待ってよ。ヨハン。私は別に体調悪くなんて……」
「そんな青い顔をして何を言ってるんだ。普通じゃないほどに汗もかいてる」
ヨハネスはリリアンの肩を抱き、彼女の額の汗を袖で脱ぐってやった。
キースは、その光景を見ていた自分の主人の脳の毛細血管が、プツリと切れる音が聞こえた気がした。
「殿下、だめです!」
そう言ってジェレミーを止めようとしたが遅かった。
ジェレミーは立ちはだかるベルンハルトやダニエルをおしのけ、リリアンの手を掴んだ。
「いっ!いたいよ、ジェレミー……」
意識的にか、それとも無意識にか、リリアンの手首を掴むジェレミーの手には力が入る。
リリアンは痛みに顔を歪めた。だが彼は手を離さない。
「リリーが痛がっている。離しなさい、ジェレミー。医務室へは私が連れて行く」
「兄上。彼女は俺が招いた客です。医務室へは俺が連れて行きます」
「しかし……」
「彼女は俺の婚約者です。面倒を見るのも俺の仕事です。兄上は口出ししないでください」
ジェレミーは兄を鋭く睨みつけると、彼に背を向け、リリアンの手を引いて自分の宮の方へと歩き出した。
まるでファンタジー小説の冒頭。姫君が王子の目の前で魔王に攫われたような、そんな光景だ。
これが物語なら、ヨハネスはこの後、魔王を倒して姫を救い出しに行かねばならない。
「リリアン……」
ヨハネスは彼女の名を呟き、辛そうに顔を歪めた。
ダニエルはジェレミーへの憎悪をあからさまに表情に出し……、そして、ベルンハルトは薄く笑みを浮かべていた。
キースはそんな彼の横を通り、主人を追う。
(ベルンハルト・シュナイダーの仕業か?)
ベルンハルトの登場のタイミングに、場を去るときに見えたあの表情。決して無関係ではないだろう。
もしこの状況を作り出したのならその意図は何なのか、全く検討がつかない。
キースは苛立ちのあまりに舌を鳴らした。
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