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27:イライザ・ミュラーの弟子

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 端的に言うならば、イライザ・ミュラーは人の目があるところではジェレミーを可愛がるフリをして、裏では幼い彼に『お前のせいで全てが台無しだ』と言っていた。そして、その瞳の色が気に食わないとでも言うように、よく彼の目を手で覆っていたそうだ。
 本当に憎らしそうに自分を見つめるイライザの顔が今も脳裏に焼き付いていると、いつの日か、ジェレミーはキースにそう語った。
 イライザの鋭い眼光に含まれていたのは紛れもなく本気の殺意で、幼い少年に恐怖を植え付けるのには十分すぎたのだろう。あの怖いもの無しのジェレミーが今も恐怖を感じるのだと漏らしていたらしい。
 キースが皇帝には話したのかと聞くと、ジェレミーは『報告したが、皇室からの信頼が厚いイライザが誤解だと言えば皆がそれを信じたのだ』と返した。幼い子どもの話より、皇室に忠誠を誓った彼の方が信じられるのは仕方のない部分もあるのかもしれない。
 しかし、自分より彼を信じた父にジェレミーは心の底から落胆したそうだ。

(皇帝も第一皇子もわかっていない……)

    彼らはジェレミーを愛しているが、ジェレミーを理解してはいない。
 彼の苦しみを、悲しみを、本当の意味で理解していない。

 *

「はぁ……」

 キースは目の前の怪しい男、ベルンハルト・シュナイダーのキュトンとした顔を見上げ、大きなため息をこぼした。

「あのー。僕、何かやからしましたかね?」

    呼び出しておいて、ジロジロと顔を見てくるだけで何も語らない第二皇子の補佐官殿に、ベルンハルトは困ったように笑うしかない。

「やらかしたというか、確認したいことがあります」
「はい、何でしょう?」
「ハイネ嬢の侍女。ケイト・シュナイダー伯爵夫人は君の母君ですね?」
「はい。そうですが……」
「君に会いたいと言っています。なんでも首都に出てきた日以来、君と連絡が取れないと困っているそうですが」
「そ、それは……」
「騎士試験を受けた事も知らないらしいが、どういう事でしょう?」

 ベルンハルトの母ケイトの話によると、彼は首都に出てきたその日に家族に顔を見せて以来、ずっと消息がわからなかったらしい。
 大事な用事があるからしばらく留守にするとは言っていたそうだが、流石に3週間近くも連絡が取れないと心配にもなってくる。特にベルンハルトは引きこもりで首都にもなれていない。
 そこでケイトは帝都の警備隊に相談し、結果、息子が入団試験を受けていた事を知ったのだ。
    
「騎士試験を受けるのに親の同意は必要ないが、流石に親不孝すぎるかと。ハイネ嬢には何も言っていないみたいだが、夫人は警備隊の屯所で泣いていたらしいですよ?」
「……そうですか」
「今、応接室にいらっしゃるから、一度話をしてきなさい。騎士になることを認めてもらうは必要はないが、心配していらしたようだから」
「はい。わかりました。ちゃんと話します」 

 ベルンハルトはキースに頭を下げると、面倒くさそうにしつつも応接室へと向かった。キースは彼の背中を見送り、痛む頭を押さえた。
 
「怪しすぎるんだけどなぁ」

 調べた限りでは、ベルンハルトという男は騎士になりたがるような人柄ではないらしい。作物の研究を好み、人付き合いが苦手で、荒事や血が苦手。そんな男だった。
 故に彼が騎士になったこと、それもあのイライザの推薦で皇宮に来たことについては不自然でしかないとキースは思う。
 しかし、調査報告にあったような話し方や笑い方をしているし、容姿も間違いなくベルンハルトそのもの。リリアンから見ても違和感はなかったらしい。

「夫人との会話から、何かわかると良いんだけど」

   キースは忍足でベルンハルトの後を追った。


 *


   ベルンハルトが応接室に行くと、そこに待っていたのは母親のケイトとヨハネスの護衛のダニエル・ミュラーだった。
 ダニエルの存在に驚いたのか、ベルンハルトは一瞬だけ顔を歪めた。

「ベルン! 貴方今までどうしてっ!?」
「母上、ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃないのよ! 急に首都に出てきたと思ったら、突然騎士だなんて」
「ごめん。どうしても騎士になりたくて……」
「相談してくれても良かったじゃない……。たしかにお父様は貴方に領地を、首都のことをお兄様に任せようとしていたわ。でも、もし貴方が騎士になりたいと言うのなら、私もお父様もそれを反対しないわよ」
「……うん。ごめん」

 ベルンハルトは涙を浮かべる母を優しく抱きしめた。
 その姿は美しい親子の再会であり、特別違和感があるわけではない。
 しかし、ダニエル・ミュラーはベルンハルトの仕草に妙な違和感を感じていた。

「シュナイダー卿。少しお話を伺いたいのですが」
「ああ、ミュラー卿。すみません、無視したような状態になってしまって」
「いえ、夫人と貴方の席に割り込んだのは私の方ですから」

 ダニエルはベルンハルトとケイトに、向かいの席に座るよう促した。
 
「僕に何か御用でしょうか、ミュラー卿。僕とは初対面ですよね?」
「ええ、初対面です。けれど、貴方と全く関係がないというわけでもありません」
「それは私の師匠がイライザ・ミュラーだからですか?」
「はい。私共ミュラー家門の人間は皆、イライザを探しております。なのでもし彼の行方をご存知なら教えていただきたい」
「そうですか。ですが、僕が最後に彼と会ったのは半年ほど前です。今どこにいるのかはわかりませんよ?」
「それでも構いません。半年前、彼とどこで別れたのか。そもそも彼とどこで出会ったのかを教えていただきたい」 
「はあ……。わかりました。お話しましょう」

 ベルンハルトは少し苛立ったようにため息をつくと、イライザとの出会いを語り始めた。

 イライザとの出会いは1年半ほど前のこと。
 領地の酒場で偶然出会い、その時、酒の勢いで『本当は幼馴染のお嬢様を守れるくらいに強い男になりたかった』と話したところ、彼の気まぐれで剣術を教えてもらえることになったのだそうだ。
 それからは週に二、三度。ベルンハルトは夜に屋敷を抜け出して、近くの森で彼に稽古をつけてもらっていたらしい。
 そして一年後、皇城の騎士団への推薦状をもらい、首都に行く準備を始めたとのこと。

「師匠は僕に稽古をつけたのは予定外のことだったと言っていました。半年前に領地の酒場で酒を飲んだのを最後に彼は姿を消しています」
「そうですか。ありがとうございます」

    ダニエルはベルンハルトの話を聞き、『有力な情報に感謝する』と深々と頭を下げた。
 だが、本心では彼の話がどこか引っかかる。

(なんだろう、この違和感……)

 彼の話に矛盾はない。
 紹介状は筆跡鑑定でイライザ本人が書いたものと証明されているし、ミュラー家の独自調査でもイライザの足取りを最後に確認できたのはハイネ公爵領であると、先日報告が上がってきた。
 また、イライザは飄々としていて掴み所のない性格だ。気まぐれに弟子を取ってもおかしくはない。
 けれど、目の前の彼。ベルンハルト・シュナイダーと話しているとどうにも違和感がある。

(殿下はこの気まぐれを『叔父上らしい』とおっしゃっていたが、やはり気まぐれなのか?)

 ダニエルは怪訝に思いながらも、顔に笑顔を貼り付けて親子二人を残し、応接室を出た。
 

  
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