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23:リリアンの策(1)

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 あれから色々あり、10日ほどが経ったある日。
 手続きを終えた皇室は、正式にリリアンとヨハネスの婚約解消、並びにリリアンとジェレミーの婚約を発表した。
 婚約者を兄から弟に変えたことで『弟に乗り換えた』や『弟が寝とった』などという下世話な噂が流れるかとも思ったが、リリアンが想定していたよりもずっと彼女に対する世間の反応は好意的だった。
 おそらく、6年という長い婚約期間の中でヨハネスと仲睦まじい姿を見せてきたことや、ヨハネスの新しい婚約者となる公国の姫ツェツィーリアがヨハネスと婚約したいと公言していたことなどが影響しているのだろう。
 リリアンはいつの間にか、『6年もの長い間、愛を育んできたヨハネス殿下と引き裂かれてしまった可哀想な令嬢』となっていた。

 *

「行きたくないぃ……」

 燦々と降り注ぐ太陽の光を遮るように馬車のカーテンを閉めたリリアンは、向かいに座る自身の侍女ケイトに涙目で訴えた。
 しかしケイトは呆れたようなため息をつくだけで慰めてはくれない。

「その発言、ジェレミー殿下に聞かれたら大変ですよ? 会いたくないとか言われて、可哀想な殿下」
「違うのぉ! ジェレミーに会いたくないんじゃなくて、お城の中で人とすれ違うのが嫌なのぉ!!」

 宮中ですれ違う人々の視線が痛い。その視線は、間違いなく哀れみの視線。
 確かに皇家の決定に振り回されていることは事実だが、ヨハネスと愛を確かめ合ったことはないし、ヨハネスとの婚約解消を惜しんだことなど一度もないのに、そんな視線を向けられることにリリアンは居心地の悪さを感じていた。
 
「なんでこう、週に何度もお城に行かなきゃならないのよぉ!」
「なんでって、お嬢様がジェレミー殿下と約束してきたからでしょう」
「それはそうだけど!!」 

 リリアンは優しくない侍女に、両手で顔を覆い泣く真似をした。
 あの日。ジェレミーに諦めなくても良いと言ってしまったあの日以来、彼女はほぼ毎日のように城へと足を運んでいる。
 理由は簡単。『ジェレミーを好きになるまで第二皇子妃の部屋は使わない』と言ったリリアンに対して、ジェレミーが『できる限り毎日、時間を共に過ごすこと』を要求してきたからだ。
 確かにリリアンが彼を好きになるにはともに過ごす時間が必要であるし、そのことは理解しているつもりだが。それでも城に行きたくないと思ってしまう。

「行きたくないのなら、来て貰えば良いじゃないですか。お嬢様が頼めば来てくれますよ。きっと」
「忙しいジェレミーにわざわざ公爵邸まで足を運んでもらうなんて、忍びないわ」
「変なところで真面目なんだから」

 なんだかんだと真面目で、思いやりの心を忘れないのがリリアンだ。きっと彼もそういうところが好きなのだろうと思いつつ、ケイトはフッと口元に孤を描いた。
 リリアンはそんな穏やかな顔をするケイトを前に、大きなため息をこぼして顔を伏せた。

(……まあ、行きたくない理由は周りの視線だけが原因じゃないけど)

 好きになる努力をすると言ったからには、努力せねばならない。つまり、ジェレミーに会いに行くのはリリアンの義務でもある。
 けれど、積極的すぎる彼のアプローチにリリアンの心臓は毎度爆発しそうになるのだ。
 
(心臓もたないよ……)

 会えば必ず抱きしめられ、耳元で愛を囁かれる。それだけじゃない。あの男は、たまに過激なスキンシップもしてくる。
 リリアンがそういうのに慣れていないのを理解しながら、過度なスキンシップをとってくるのは、今まで彼の思いに気づかなかったことに対する意趣返しだろうか。
 リリアンはいつの間にか、手の甲にキスされたり、頬を撫でられるだけでも赤面するようになっていた。

(手にキスなんて、ヨハンにもされていたことなのになぁ)

 ジェレミーがすると何故か恥ずかしくて体が熱る。
 リリアンは彼が自分の頬に触れ、愛を囁く場面を思い出し、カァッと顔を赤らめた。

「……もうすぐ着きますけど、そのお顔で殿下にお会いになるおつもりですか? お嬢様」
「私、今どんな顔してる?」
「目を潤ませて頬を紅潮させておられます。愛おしい恋人に会う時の顔というより、愛おしい恋人となんやかんやあった後という感じですね。謎の色気がございます」
「それ、事後ってことよね?」
「そうとも言います」
「そうとしか言わないじゃんっ!」

    リリアンは馬車の窓を開けると急いで外の風を呼び込んだ。
 そしてパタパタと手で仰ぎ、顔の火照りを何とかしようとする。
 だが結局、火照りが治らないまま皇城の西門に辿り着いてしまった。


 馬車の扉を開けると眩しいほどの日差しと、忙しいはずの第二皇子が出迎えてくれた。
 リリアンは差し出された手を取り、馬車のステップを降りる。

「出迎えなんていいのに」
「ちょうど仕事がひと段落ついたところだったからな」
「そんなこと言って。どうせ、細々としたことは全部クライン卿に投げてきたんでしょう?」
「主人として彼を使ってあげなければ、彼は給料泥棒になってしまうだろう? 俺の優しさだ」
「良いように言って、ただのサボりじゃない。そういうところ、お兄様に似てきたわね」
「そうか?」
「ええ、そっくりよ」

 リリアンは楽しそうに、つい数ヶ月前、自分とのお茶会のためにヨハネスがダニエルに仕事を押し付けていて、ダニエルが泣きそうな顔をしていたという話をした。
 ジェレミーはそんな彼女の手をぎゅっと握った。

「ジェレミー?」
「随分、楽しそうに話すんだな」
「え? 何が?」
「……いや、なんでもない。さあ、行こう。君が好きなお菓子を用意してあるんだ」

 そう言うと、ジェレミーはさりげなく指を絡めてリリアンの手を握り直し、彼女の手を引いて皇族専用の温室に連れて行った。
 
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